死人に口なし
穣県で事件が起きている頃。
曹昂は李通から趙儼と陳到の二人を借り、劉辟、劉巴の二人を加え兵三千を率い、南下し魯陽県に辿り着いていた。
曹の字の旗を掲げているのを見るなり、城に居た城壁に居る兵達は声を上げて喜んでいた。
直ぐに城門が開けられ、曹昂達は城内に入城した。
曹昂は城に入ると、そのまま大広間に向かい報告を訊く事にした。
曹昂が上座に座ると、率いて来た将達も席に座った。
趙儼と陳到は対面の席に劉辟が居るので、目を光らせてた。
(思う所があるようだが、口に出さないだけマシか)
趙儼達の態度を見て、思っていたよりも根深いかもなと思う曹昂。
「あの、報告をしても良いでしょうか?」
「ああ、いいぞ」
曹昂の前に居る部将で場の空気はピリピリしているので、おどおどしながら訊ねて来るので曹昂は始めて良いと手を振る。
「はっ。蔡将軍率いる我が軍は劉備が籠もり城を攻撃しましたが、敵の守りは固く攻めあぐねておりました所を、敵将の廖化、龔都の二名の後方への奇襲により陣形が乱れた所に、城門が開けられ張飛率いる精鋭部隊の攻撃を受けました。その部隊には張飛もおり、張飛の猛攻を防いでいる間に、劉備が自ら率いる部隊で将軍の本隊に突入し一騎討ちとなりましたが、武運拙く・・・」
「討たれたか。どれ程の兵が討たれた?」
「城に戻って来たのは三千五百程になります。残りは討たれたか捕まったか、または逃げ出したままのどちらかです」
「そうか……」
部将の報告を訊いた曹昂は息を吐いた。
この魯陽県に向かっている途中で、蔡陽が討たれたという報告を訊いて、やはり討たれたかと思い驚かなかった。
蔡陽の配下にはめぼしい将は居ないが、劉備の方は張飛、簡雍、孫乾、麋竺、糜芳の五人に加えて、廖化と龔都の二人も加わったのだ。
部隊を指揮する部将がこれだけ居る以上、曹昂は蔡陽は敗れるだろうと予想していた。
そう思いながらも魯陽県に来た理由は、敗残兵を出来るだけ回収する為であった。
「秦琪の姿が見えないが、どうかしたのか?」
伯父の死の悲しみで、軍議に参加する事が出来ないのかと思いながら曹昂は部将に訊ねた。
「いえ、その……秦琪様は、蔡将軍の戦死した報を聞くなり、その場で泣き崩れましたが翌日には騎兵十数騎を率いて何処かに行かれました」
「うん? 何処に行ったのか分かるか?」
「申し訳ありません。探したのですか、見つかっておりません」
「ふぅむ。まぁ、何かする為に城を出たのだろう。その内、戻って来るか」
大した事は出来ないだろうと思い、曹昂は秦琪の事は放っておくことにした。
「それよりも、軍の再編を急がせよ。勝利した劉備は気を大きくして、この城に攻め込んで来るやもしれんからな」
「「「はっ。仰せのままに」」」
曹昂の命に配下の者達は答えた。
数日後。
秦琪が率いて来た部隊の者達と共に城へと戻って来た。
城に入る時は終始嬉しそうに笑っていた秦琪。
余程良い事があったのだなと、その顔を見た者達は思った。
そして、秦琪は兵と少し話した。
兵の話で曹昂がこの城に来ている事を知り、慌てて曹昂の元に走った。
曹昂に面会を求め、部屋に入ると平身低頭で謝る秦琪。
曹昂は秦琪に怒りはせずに、どうして城に居なかった理由を訊ねた
訊ねられた秦琪は胸を張りながら深く息を吸い報告した。
「劉備に矢を射かけて当てた⁉」
「はいっ。この目でしかと見ました。私と部下が放った矢が劉備の胸と腕と右肩に当たるのをっ」
秦琪は伯父を殺された恨みを晴らそうと、部下と共に穣県を見張っていた。
其処に関羽が現れて座り込みを始めた。
これは、もしかして、劉備を討つ機会が訪れるのでは?と思い関羽を注視していると、城門が開けられ其処から劉備が出て来た。
劉備の姿を見るなり、秦琪は部下と共に馬を駆けて矢を射かけたと報告した。
その報告を訊いた曹昂は心底驚いていた。
(信じられないな。まさか、劉備に矢を当てるとか)
物凄い強運の持ち主なのか、こいつは?と思いながら秦琪を見る曹昂。
「それで、秦琪殿。首は?」
側にいた趙儼が秦琪にそう訊ねて来た。
「は?」
「だから、首はどうしたのです? 劉備に矢を射ったのでしょう。ならば、首を持ち帰る事が出来たのでは?」
趙儼は不思議そうな顔をしながら、秦琪にそう訊ねた。
訊ねられた秦琪は顔を青くしていた。
「まさか、首を持ち帰る事が出来なかったのか?」
同じく側にいた劉巴が信じられないという顔をしながら聞いて来た。
「いえ、その、あの時は、側に張飛が居たので、首を持ち帰る事は無理だと思い……」
言葉が段々と小さくなっていく秦琪。
(そうなると、劉備はまだ生きている可能性があるのか。相変わらずしぶといな)
秦琪の話を聞いた曹昂は悪運が強いから有り得るなと思った。
「殿。この者は勝手に持ち場を離れ、その上、有りもしない功を立てたと偽っているかも知れません」
「此処は軍法に基づき処罰するべきです」
趙儼と劉巴の二人が秦琪を処罰を求めて来た。
「た、たしかに、持ち場を勝手に離れましたが、誓って劉備に矢を射かけたのは本当です。嘘ではありません!」
「射かけたというが、その証拠が無いのではな」
「せめて、劉備の身体の一部でも持ち帰ってくれれば、処罰はしなかったのですが」
秦琪は嘘ではないと言うが、趙儼達は、はなから秦琪の言葉を信じていなかった。
二人の意見を聞きながら考える曹昂。
(持ち場を離れたのは流石に問題ではあるな。劉備を射かけたというし、罪の帳消しをしても良いか……むっ)
曹昂は秦琪を許そうかと思ったが、その時にふと思った。
(関羽が現れて座り込んだと言っていたな。すると、劉備に矢が当たる所を見たという事になるな)
劉備の下に来たのは、帰順する為だと予想する曹昂。
そうなると、劉備に矢が突き刺さった所を見た関羽がする事は一つしかなかった。
(義兄を傷付けた奴を追い駆けて、自分は関係ないと潔白を証明する為に連れて行くという事になるな)
関羽の性格なら、こうなるだろうと簡単に予想できた曹昂。
(…………この件、上手く事が運べば、関羽が劉備から離れて行くかも知れないな)
そう思い立った曹昂は直ぐにするべき事を決めた。
「そうだな。二人の言う通りだ。蔡陽が戦死した以上、残った部隊を指揮するのは、貴殿の役目。それを放棄して持ち場を離れたというのは重罪だ。加えて、その罪を逃れる為に、有りもしない功を偽るなど、不届きである。よって、其方と其方と行動を共にした者達は職務怠慢の罪で、斬首とし暫くの間、晒し首とする」
「はっ。承知しました。誰か、こやつとこやつと共に行動した者達を処刑場に連れて行き、首を刎ねよっ」
曹昂の命令に劉巴は一礼した後、部屋の外に居る護衛の兵にそう命じた。
命じられた兵は秦琪の両腕を掴んで、部屋の外に連れだした。
「わ、私は本当に劉備を射かけたのです。何卒、どうか、信じて下さい、子脩様、子脩様あああああぁぁぁぁぁっっっ」
引き摺られて行った秦琪は悲鳴を上げつつ信じて欲しいと叫んだが、誰も聞く事は無かった。
即日。秦琪と行動を共にした兵達は持ち場を勝手に離れたという罪で斬首された。
そして、秦琪達の首は暫くの間、城内の一角で晒し首にされた。
それから、更に数日が経った頃。
関羽が城を訪ねて来た。