最悪の再会
許昌を出た関羽は賜った衣を身に纏い、南下し続けた。
途中で関を見つけると、迂回して険しいが別の道を通る事にしていた。
関所を破る事をすれば余計に、劉備との合流に時間が掛かると思ったからだ。
加えて、関羽は一騎だけなので険しい道だろうと問題無く通る事が出来た。
どれだけの労苦も厭わない。全ては義兄弟と再会する為。
関羽はそう心に誓いながら道無き道を進んで行った。
蔡陽と劉備との戦いが終わってから数十日が経った。
今回の戦の戦果を報告する為に、劉備達は城の大広間に集まった。
「討ち取った敵兵は二千余り、捕まえた兵は全部で千人程にございます」
龔都の報告を訊いた劉備は喜んでいた。
「素晴らしい。大戦果ではないか」
「文句無しの大勝利だ」
「そうだな」
孫乾と麋竺は勝利した事が嬉しいのか、笑顔で勝利を称えていた。
「殿。これから季節は冬に入ります。春になるまでは戦を控えた方が良いと思います」
簡雍がそう述べると、劉備も頷いた。
「そうよな。冬になれば兵糧の確保も難しくなる。我等の勢力の拡大は来年の春になってから行うという事とする。皆もそれでよいな?」
劉備が家臣の皆にそう訊ねると、異論ないのか皆頷いた。
其処で会議は終わりで解散するだけという所で、城壁に居る兵が広間に駆け込んで来た。
「も、申し上げます。今、城門前に、か、関羽様が……」
兵の報告を訊いて、劉備達は困惑しだした。
劉備達が困惑している頃。
関羽は城門近くで膝をついて頭を垂れていた。
関羽の目の前には青龍偃月刀が鞘に収まった状態で地面に置かれていた。
「…………」
城壁から兵達の視線を感じながら、関羽は目を瞑っていた。
微動だにせず、何かを待っている様子であった。
其処に城壁から張飛が姿を見せた。
「関羽‼ 何しに来やがった‼」
張飛は顔を赤くしながら、関羽を睨みつけていた。
張飛の怒声を聞いて、目を開ける関羽。
「翼徳。済まぬが、兄者に取り次いでくれ。一時とはいえ曹操に降った事へ謝りたい」
「何をっ! 兄者がお前に会う訳が無いだろうがっ」
「では、会うまでこうして待たせて貰う」
関羽は再び目を瞑った。
張飛はそんな関羽を見て、劉備に報告すべきだと思い劉備の下に向かった。
「そうか。関羽は私に謝りたいと申していたか……」
上座に座る劉備は嘆息していた。
「流石は関羽殿ですな」
「曹操の下を離れてまで、殿の元に来るとは」
「忠臣ですな」
孫乾と麋竺と簡雍の三人は関羽の忠誠心を称えた。
「何を言っていやがるっ。あれは絶対に兄者を外に出す為の罠に決まっているだろうっ」
張飛が頭から、関羽はもう味方ではないと言い切った。
「張飛。確かに、不幸な行き違いでお前と関羽は刃を交える事になった。だが、これも私の夫人達を守る為に行った事なのだぞ」
「兄者は人が良すぎる。もし、そうであれば、どうして今頃来るのだ? 奥方様達が許昌に出て、何ヶ月経ったのだ⁉」
張飛はもう関羽は敵だと言わんばかりに叫んだ。
癇癪を起したなと思う劉備は張飛を宥め諭しだした。
数刻後。
相変わらず、関羽は膝をついていた。
微動だにしていなかったので、まるで石像が其処にある様であった。
(兄者。どうか、この愚かな弟をお許し下され)
関羽は心の中で劉備に謝り続けていた。
劉備が姿を見せるまで、何が起ころうとこの場を動かないと決めていた関羽。
そして、その願いが届いたのか、城門が開き始めた。
城門が開く音を聞いて、関羽は目を開けた。
その関羽の目に城門から劉備と張飛が出て来るのがしっかりと見えた。
「お、おおお、兄者っっっ」
関羽は無事な義兄の姿を見るなり涙を流した。
涙を流す関羽であったが、長時間座り込んでいた為、足が痺れたのか直ぐに立ち上がる事が出来なかった。
「関羽よ……」
劉備は涙を流す関羽を見て、嬉しそうな顔をしていた。
側にいる張飛は嘘泣きでは?と思いながら、周囲を警戒していた。
本当ならば、張飛の説得が終わった後、劉備が一人で関羽の元に行き城内に入るつもりであった。
だが、張飛が「敵の罠があるかも知れないから。俺も付いて行く」と言って聞かなかった。
強情なと思いつつも、張飛も連れて行けば関羽も安堵するだろうと思い、劉備は張飛を伴った。
「兄者。この関羽雲長。兄者の生死を確かめもせずに、曹操殿の元に降りました。如何か、我が身の不忠を罰して下されっ」
関羽は頭を下げた。
そんな、関羽を見て劉備は手を振る。
「関羽よ。事情は妻達と孫乾から聞いている。私はお主を責めるつもりは無い」
「兄者……」
劉備の温かい言葉に関羽は嬉しそうに申し訳なさそうな顔をしていた。
「さぁ、城に入り、久しぶりに張飛と共に酒を酌み交わそうぞ」
劉備は関羽に近付き、優しく微笑み手を伸ばした。
関羽は袖で涙を拭い、劉備の手を取り立ち上がった。その時。
「・・・うん? 何か来ますっ」
城壁に居る兵が、関羽の後方から砂塵を舞い上がるのを見て、注意喚起の声を上げた。
他の兵達もその声を聞いて、砂塵を舞い上がらせている者達に注視した。
それにより、砂塵を上げさせているのは騎馬の一団だと分かった。
劉備達は思わず、何事だと思いながらそちらを見た。
その騎馬の一団は旗を掲げていた。
旗には蔡と秦の字が書かれていた。
「劉備っ、伯父上の仇、この矢を受けよ‼」
駆ける馬上で秦琪率いる騎兵部隊は矢を番えて放った。
放たれた矢の殆どは地面に突き刺さるだけであったが、その内の何本かは劉備の身体に突き刺さった。
肩、左腕、胸の計三本。
矢が突き刺さった劉備は訳が分からないまま、地面に倒れた。
「「……あ、兄者ああああ⁉⁉⁉」」
「良し、劉備を討ち取ったぞ‼」
関羽と張飛が叫ぶのと、秦琪が喜びの声はほぼ同時に響いた。
秦琪は劉備の首を取るかと思われたが、馬首を返して来た道を引き返して行った。
「く、くそっ、てめえを信じたのが間違いだったんだっ」
張飛が関羽を睨みつけた後、劉備を抱えて城内へと駆け出した。
張飛達が城内に入ると、城門は閉じられていった。
「ま、待てっ。張飛」
「裏切者‼ いつか、その首を刎ねてやるからなっ」
城門が閉じられる中、張飛は関羽にそう宣言した。
城門が完全に閉じられると、城壁に居る兵達は弓矢を構えて関羽に狙いをつけ始めた。
これは、まずいと思ったのか関羽は偃月刀を持って、乗って来た馬に跨りその場を離れて行った。