不審と言う事で
捕虜の処刑を終えた曹操は許昌へ凱旋すると告げた。
その前に城内で将兵達に慰労の宴が開かれた。
勝利の余韻と酒を飲める事に喜ぶ将兵達。
夜遅くまで宴は続いた。
翌日には、帰還の準備が行われた。
十数日後。
曹操は許昌に辿り着いた。
許昌の門前には、荀彧を始めとした家臣達が出迎えの為に待っていた。
曹操軍を見るなり楽隊が音楽を鳴らし、待っている家臣達が勝利を称えてる声をあげていた。
曹操は留守居役をしてもらった荀彧に会うなり、許昌を守ってくれた事への感謝を述べた。
それを聞いた荀彧は恐縮していた。
一頻り話した曹操は軍と共に城内へと入って行った。
城内に入ると、曹操は献帝に戦果を報告し、その勝利を称賛された。
その称賛に曹操は頭を下げるだけであった。
そして、丞相府に戻ると、曹操は直ぐに門番に告げた。
「避客牌を掛けよ」
と告げたので、門番は首を傾げていた。
勝利に沸き立っているので、多くの客が曹操に挨拶に来ると思われるのに、どうしてその様な物を掛けるか分からなかったからだ。
「良いから言う通りにしろっ」
「はっ」
曹操が声を荒げながらそう命じるので、門番はその命令に従い、丞相府の門を閉じ避客牌を掛けた。
同じ頃。許昌にある関羽邸。
関羽は屋敷に戻るなり、出迎えた従者達に奥方様方は元気かと訊ねた。
従者達は顔を暗くさせながら、奥方様方は屋敷に居ない事を告げた。
関羽はその理由を訊ねると、従者は理由を話す前に文を持って来た。
その文を広げ中を見た関羽はその場で膝をついた。
「おおおっ、兄者。よくぞ、御無事で・・・」
文を読みながら男泣きする関羽。
生きていると思っていたが、本当に生きていると分かり関羽はあの時降伏した屈辱が晴れた気分であった。
袖で涙を拭った関羽は武具を置いて、急いで曹操が居る丞相府へと向かった。
(曹操殿への恩義は返したが、このまま黙って去るのは無礼の極み。一言言ってから去るのが礼儀というものだ)
そう思い関羽は丞相府に向かった。
ちなみに、曹操から借りた爪黄飛雷は既に曹操に返していた。
やがて、丞相府の前まで来たが、門前には避客牌が掛けられていた。
「ぬぅ・・・・・・」
それを見た関羽は困った顔をしていた。
門にこの避客牌が掛かっている時は、如何なる用事があったとしても帰るのが礼儀とされていた。
礼儀にこだわる関羽は仕方が無く踵を返した。
翌日の朝早くに関羽は丞相府を訪ねたが、門には避客牌が掛けられたままであった。
同じ頃。荊州南陽郡魯陽県。
其処では曹昂の命令で穣県に籠もる張飛を監視している蔡陽率いる軍が駐屯していた。
穣県を監視している兵からは、穣県には続々と劉備に従っていた兵や先の反乱軍の残党が駆け込んで来るという報告が蔡陽の元に届いていた。
蔡陽としては一刻も早く張飛を討伐したいので、許昌と曹昂に援軍を乞う使者を送っていた。
曹昂からは豫洲の治安が改善されたら合流するという返事が来たが、蔡陽は心の中でそれは何時頃になるのだと叫んでいた。
流石に主筋の子なので、そう訊ねる訳にも行かず承知したと返事をするだけであった。
少しすると、許昌に送った使者は吉報を持って戻って来た。
「丞相は官渡の地で行われた袁紹との戦いで勝利しました‼ 多くの戦利品と共に帰還。将軍の要請にも応えるとの事。軍の編成が終わり次第向かうので、それまでその地で待機しろとの事です」
「おお、丞相は勝利されたか‼」
めでたい報告を訊いて蔡陽は顔を緩めていた。
其処に周囲の土地を巡回していた兵が蔡陽に報告に来た。
「申し上げます。不審な馬車の一団を発見しました」
「不審な馬車の一団だと?」
「はっ。どうされますか?」
兵の報告を訊いた蔡陽は少し考えた後、別の兵を見た。
「誰か、秦琪を呼んで参れ」
「はっ」
蔡陽に従い、兵は秦琪という者を呼びに行った。
暫くすると、その兵は男を連れて来た。
「将軍。お呼びとの事で参りました」
男は一礼しつつ蔡陽に訊ねた。
「秦琪。お主は私が居ない間、この城を預ける」
「預けるですか? 何処かに行かれるので?」
「うむ。不審な馬車の一団を見つけたと報告に来たのでな。私がその馬車の一団の元に向かう」
蔡陽がそう述べるのを聞いて、男こと秦琪は慌てた。
「何も将軍が行かずとも、私か別の者に行かせても良いと思います」
「そうかも知れんが。不審な馬車の一団というからな、何の目的でこの地に来たのか聞かねばならぬ。どの様な者が乗っているか分からぬ故に、無礼が無いように私が出向き用向きを尋ねる」
「それでしたら、私でも良いと思いますが」
「私が居ない間、この城を任せる者がお前しか居ない。だから、頼んだぞ」
「・・・・・・将軍がそう言うのであれば」
「うむ。甥っ子のお前であれば、安心して任せられるぞ」
「将軍。今は公務の最中ですので、その呼び方は」
「そう固い事を言うでない。私とお主とは伯父甥の間柄だと軍内で知らぬ者はおらんのだぞ」
蔡陽がそう言って笑った。
この秦琪は蔡陽の妹の子供であった。
妹夫婦は暮らしていた兗州の蝗害により亡くなった為、子がおらず肉親という事で蔡陽が引き取り育てていた。
真面目な性格だが、蔡陽の目から見ても部将としてはまだまだであった。
(近い内に夏侯惇将軍に預けて鍛えてもらおうか)
軍部で人望があまり無い蔡陽に夏候惇はそれなりに親しくしていた。
その為、蔡陽は夏候惇に対して厚く信頼していた。
「伯父上?」
「何でもない。では、任せたぞ」
蔡陽はそう言って準備の為、その場を離れて行った。
本作では蔡陽は秦琪の伯父とします。