閑話 手紙
豫洲で起きた反乱の後始末も後少しで終わろうとしていた時。
陽安県にいる曹昂の元にある者が訪ねて来ていた。
その報告を訊いた曹昂はその者が居る部屋へと向かった。
部屋に入ると、室内にいた者が曹昂を見るなり席から立ち上がり、拝礼しだした。
「子脩殿。お久しぶりです」
そう言って頭を下げた者を見て、曹昂は手を振る。
「従兄殿。公の場ではないのだから、そう畏まらないで結構」
曹昂はそう言って拝礼している者の側に近付き、手を取り立たせた。
「はっ。そういう事ならば」
立たされた者は顔を上げると、笑みを浮かべた。
「元気そうで何よりだ。子脩。お主の活躍ぶりは私の元にも届いているぞ」
「従兄にそう言われると、少々気恥ずかしい思いだな」
苦笑いする曹昂。
そして、立ち上がった者を良く見た。
年齢は二十代後半であった。
整った顔立ちなのだが片目が小さかった。
「しかし、正礼。何の用で来たんだ? 君はまだ喪中では?」
曹昂は気になったので訊ねた。
今、目の前にいる人物は義理の従兄にあたる丁儀であった。
本来であれば、父の丁沖の喪に服する為に、故郷である沛国譙県にある屋敷に居る必要がある筈であった。
「私が居ない間は弟の敬礼に役目を変わって貰った。まぁ、あまり長く居られないがな」
「そうか。丁廙は元気にしているのかい?」
曹昂よりも五歳年下の丁廙とは幼い頃は何度も会っており、よく遊んだ事もあった。
丁廙も兄の丁儀にも劣らない才知を持っていた。
「ああ、元気にしているぞ」
「それは良かった」
其処まで話していた曹昂が席に着くと、丁儀も対面にある席に腰を下ろした。
部屋の外には使用人が居るので、茶の用意でもしようと声を掛けようとしたが、丁儀が手で止めた。
「長い話をするつもりはない。これを渡しに来ただけなのでな」
丁儀はそう言って懐に手を入れると、其処から折り畳まれた一枚の紙を取り出した。
「それは?」
「父が役職を降りるまで続けた成果だ」
そう言った丁儀はその紙を曹昂に渡した。
渡された曹昂はその紙を広げて中を見た。
紙には「袁紹を討ち破った後、鄴の地を奪い、拠点とし力を蓄え天下を狙うべし」と書かれていた。
「伯父上は父が袁紹に勝つ事を予期していたのか?」
「はい。父は家の関係で袁紹とも交流がありましたので、その人となりを知っていたそうです。袁紹と丞相が戦うと決まった時などは『必ず曹操が勝つ』と断言していましたからね」
「其処まで見込まれるとは、父も嬉しいと思うだろうね」
「そうであれば嬉しく思います」
「しかし、伯父上はどうして鄴の地に拠点にするべきだと書いたのだろうか?」
「父から聞いた所、丞相の支配下に入っている豫州や兗州と徐州と司隷は交通の要衝で人の流れは良いが、あまり農業に適した土地ではない。兗州に至っては蝗害からようやく回復した為、豊かとは言えない。かたや冀州は非常に豊かで農業も盛んな土地なので、兵を育てるにはうってつけの土地だから、許昌に近くそれでいて冀州内で州治を行うのに適した県が鄴だと申しておりました」
「成程。許昌に帰ったら父上にも相談するとしよう」
「ありがとうございます」
丁儀はそれで話す事は終わりなのか、席を立ち始めた。
「ではこれで。喪に服する必要がありますので」
そう言い一礼した後、丁儀は部屋を出て行った。
一人残った曹昂は息を吐いた。
(史実でも、父上は鄴に拠点を置くけど、その理由が袁家残党に睨みを利かす為とか、軍事的に非常に重要な土地だったとか色々と言われているが、本当の所は如何だったのだろうな?)
もしかして、丁沖の意見を参考にしたのかもなと何となくだがそう思う曹昂。