とりあえず、様子見
潁川郡に向かった曹昂は数日程臨潁県に留まり情報収集を行った。
結果、潁川郡には親袁紹派の者達が来ていない事が分かった。
その代わりとばかりに、軍を率いていた劉辟が白旗を掲げて城まで来た。
報告を訊いた曹昂は直ぐに通すように命じた。
少しすると、城にある部屋にて曹昂と劉辟は対面した。
椅子に座る曹昂。側には劉巴が居た。
その二人の前で劉辟は床に額を突きそうな程に頭を下げていた。
「劉辟。ただいま戻りました」
劉辟の物言いがまるで、誰かの命令に従って行動していた様であった。
劉巴は気になり、曹昂を見た。
「ご苦労。私の命令によく従い反乱を起こしてくれた。お蔭で親袁紹派の者達を駆逐する事が出来た。感謝する」
「はっ。黄巾党に属していた我等を受け入れてくれた恩義を少しでも返せると思えば安いものです」
曹昂が礼を述べると、劉辟は頭を下げるだけであった。
「……殿、此度の反乱はもしかして」
「劉巴の考えている通りだ。此度の反乱は私が主導したものだ」
「豫洲汝南郡は袁紹の故郷。袁紹の影響が強い土地ですからね。袁紹が大殿と争っている間に背後を脅かす事は十分に考えられましたね」
「その通り。其処で、私主導で反乱を起こして親袁紹派の者達を炙り出したのだ。お蔭で、誰が袁紹派なのか分かり駆逐が簡単だった」
種明かしをした曹昂は策が上手くいったので嬉しそうに笑っていた。
「左様でしたか。流石は殿にございます」
劉巴は曹昂の智謀にただ脱帽していた。
「さて、劉辟。今お主が率いている軍はどの程度いる?」
「はっ。歩兵騎兵合わせて三千です」
「我が軍に組み込むが問題無いな?」
「問題ありません。どうぞ、好きに使って下され」
「よし。劉巴、直ぐに軍の再編成を行え」
「承知しました」
劉巴が一礼し部屋を出て行った。
劉巴が出て行くのを見送った劉辟が申し訳なさそうな顔で曹昂に話しかけた。
「殿、実は報告すべき事があります」
「何かあったか?」
「はっ。実は、私と共に行動をしていた龔都が反乱が起きた事で気を良くしたのか、そのまま賊となりました」
「つまり、野盗になったと言う事か?」
「はい。今は何処に居るのやら・・・」
劉辟は困った顔をしながら、曹昂を見た。
「此度の反乱は私が主導している事を話したのか?」
「いえ、あいつは少々口が軽いので話す事が出来ませんでした」
「……賊になった以上、討ち取るしかないな。龔都はお主とは親しかったのか?」
「それなりにという所です。しかし、主命とあれば討ち取る事に反対はありません」
「まぁ、何処にいるのか分かってから、討伐か降伏を促すかするとしよう」
「はっ」
もう話す事は無いのか劉辟は一礼し部屋を出て行った。
そして、直ぐに三毒の者が姿を見せた。
「報告です。袁紹が劉備の暗殺を命じました」
「おっ、良い所に来たな。そろそろ、そうなるだろうなと思っていたぞ。それで、どうなった?」
「劉備は逃亡しました。今は行方が分かりません」
「っち、悪運が強いな」
思わず舌打ちする曹昂。
本来であれば三毒の者で暗殺を考えたのだが、前世の記憶で劉備が自分に送られてきた刺客を客として手厚くもてなした。
そのもてなしにより刺客は殺す事が出来ず、自分の任務を告げて帰ったという逸話があった事を思い出した。
かなり眉唾ではあるが、有り得ないとは言い切れなかったので曹昂は三毒の者を刺客として送るのは止めたのだ。
その代わりとばかりに謀略で殺すように仕向けたのだ。
「……よし、生きている可能性もあるからな。南陽郡に張飛が居るという噂を世間に流せ」
「劉備がそちらに向かったところを討ち取るのですね? ですが、その場合ですと、大殿と関羽が交わした約束は」
「そちらはどうなるか分からないが、劉備が何処にいるのか分からないより良い。だから、噂で良いから流せ」
「承知しました」
三毒の者が下がると、曹昂は息を吐いた。
数日後。
新たに劉辟軍を加えた曹昂の軍は汝南郡の陽安県へと向かった。
曹昂達が陽安県に着くと、蔡陽を除いた他の諸将は既に残党の鎮圧を終えて戻っていた。
曹昂が上座に座ると、劉辟が降伏したという事を皆に伝えた。
李通を含めた多くの者達は劉辟に苦しめられたので、処刑したいと言ったが。
「窮鳥入懐という言葉があるであろう。今の劉辟がそれだ」
曹昂が暗に処刑はしないと言うと、主筋の子の命令という事で李通達は諦めた。
話が其処で終わりとなると、今度は蔡陽が話をしてきた。
自分が出向いた県に張飛が居た。
討ち取るには兵が足りないので一時撤退して来たと述べた。
「何と、穣県に張飛が居るだとっ⁉」
曹昂は初めて知ったとばかりに驚いた顔をしていた。
既に知っているのにだ。
「……これは困ったな。張飛が相手か、張飛が籠もる城では、此処に居る全軍を上げて攻撃せねば、まず討ち取る事は難しいだろう。だが、残党の鎮圧を終えたばかりの地を疎かにするのもな…………」
曹昂が言う通り、残党の鎮圧を終えた豫洲全域は治安が良いとは言えなかった。
そんな土地を放置すれば、盗賊が発生する事も考えられた。
そうなっては目も当てられないと思う曹昂。
「……取り敢えず、今は監視に留めるとしようか。蔡将軍」
「はっ」
「将軍は魯陽県に入り、張飛の監視をお願いする。張飛に何か動きがあれば報告して下され」
「承知しました」
「次に関将軍」
「はっ」
「貴殿は父上の元に戻って貰おうか」
「なっ」
関羽は曹昂に戻れと言われ、口を大きく開けた。
「どうか、私も蔡将軍と共に魯陽県へ」
「貴方と張飛は義兄弟の間柄。その様な者が居れば、兵達は不安に陥るかもしれないので、どうかお聞き入れを」
関羽は請願するが、曹昂は無理だと言うと関羽も自分の立場が分かっている事と、張飛が自分の説得に耳を貸さないので居ても無駄だと思い引き下がった。
「分かりました。では、曹丞相の元へ戻らせて頂きます」
関羽が素直に聞き入れてくれたので、曹昂は安堵した。
「張飛に何かしらの動きがあるまで、残った者達で豫洲の治安改善に取り掛かるぞっ」
「「「はっ」」」
曹昂が命に従い、皆は一礼しその場を後にした。