最悪の展開
冀州魏郡鄴県。
城内にある一室で留守を預かる審配に袁紹からの使者が来ていた。
「殿はそうはっきりと命じたのだな? もしかして、誰かがそう殿に進言したのか?」
審配は使者が持って来た剣を持ちながら訊ねて来た。
その問い掛けは確認の意味だけではなく、郭図か誰かが唆したのではと思い訊ねている様であった。
「いえ、間違いなく殿が決めた事です。この命令を下した時には、誰も側におりませんでしたので」
「そうか。下がって良いぞ」
審配は使者を下がらせ、命を果たす為に兵を集め劉備が居る館へと向かった。
城を出た審配が兵と共に暫く進むと、劉備が居る館に辿り着いた。
門は閉まっているので、審配は兵に手で合図を送った。
すると、連れて来た兵の一人が門まで近付くと力一杯に叩きだした。
「開けよ! 審将軍が皇叔を訪ねに参ったぞっ」
門を叩きながら良く聞こえる様に叫ぶ兵。
少しすると、門が開かれた。
「お待たせいたしました。私は簡雍と」
「お前の名など、どうでもよい。皇叔はおられるか?」
留守を預かっていた簡雍が名乗っている最中、食い気味で審配は劉備が居るかどうか訊ねて来た。
話している最中に遮られた事に簡雍は怒る様子を見せず、聞かれた事に答えた。
「殿ですか? 殿でしたら、狩猟に出ております」
「何時から出ている⁉」
「昨日から、今日の昼にはお戻りになると思います」
「そうか。どうやら、気取られてはいない様だな」
簡雍の答えを聞いた審配は逃げられた訳ではないと判断した。
「はいっ?」
「何でもない。皇叔が戻られるまで、待たせて貰うぞ」
そう言って返事を待たずに審配は引き連れて来た兵と共に館に入って行き、そのまま奥にある部屋に座り込んだ。
今迄一度たりとも訪ねに来なかった審配が来た事を不審に思う簡雍。
気になった簡雍は兵士の一人に小金を握らせて、訪ねて来た理由を教えて貰った。
それを聞いた簡雍はすぐさま一筆認めて、館に居る信頼できる使用人にその文を持たせて密かに館を発たせた。
簡雍は劉備が何処で狩猟をしているのかを知っていたのだが、それを審配が訊ねなかったのは、その内戻って来るだろうと軽く考えており聞かなかったのだ。
館を出た使用人は劉備が狩猟を行っている場へと向かった。
そして、使用人は持たされた文を劉備に渡した。
「……な、なんということだ…………」
文を読んだ劉備は衝撃を受けていた。
書かれている内容は『義弟の関羽が袁紹の策を潰した事で、袁紹は激怒し、審配に剣を持たせて処刑の命を下した。今戻れば必死。逃げるべし』とあった。
「な、何故、関羽がまた…………」
劉備はまた関羽の所為で命の危機に遭い、憤りよりも悲しみを感じていた。
「義弟よ。何故、私をそうまで苦しめるのだ?」
劉備は思わず恨み言を呟いた。
憤りは抑えきれず、手に持っている文を思わず握り潰していた。
暫くの間、憤っていたが直ぐに気を取り戻した劉備はそのまま逃亡した。
夜になっても、劉備は館に戻らなかった。
審配は其処でようやく、捜索隊を組織した。
劉備を見つけ次第殺せという命を下した後、捜索隊を四方に放った。
審配が劉備に構っている間に簡雍は持てるだけの金と財を持って館を逃げだした。
同じ頃。
豫洲汝南郡陽安県。
城内では勝利の宴が開かれていた。
関羽が一戦にて、劉辟の軍勢を破った事を祝っての宴であった。
とりわけ、李通とその家臣達からしたら目の上のたん瘤ともいうべき存在であった劉辟が敗れた事に溜飲が下げる事が出来たので、喜びも一入であった。
逆に援軍の将である蔡陽は終始ムスっとした顔をしていた。
将である自分よりも副将の関羽が功績を立てた事が不満であったからだ。
とは言え、勝利は勝利なので、取り敢えず喜びはするが祝う気分になる様子を見せなかった。
関羽は思いの外簡単に勝てたので、気持ち良く酒を呷り、他の者達の称賛を浴びていた。
曹昂もその席に参加していた。
翌日。
城内の大広間に曹昂は諸将を集めた。
「劉辟を破りはしたが、まだ我等に敵対する者達が多い。故に、諸将には袁紹に与する者達の討伐又は捕縛を命ずる」
「「はっ」」
曹昂の命に従い、諸将は各地に向かい劉辟軍の残党と親袁紹派の者達の討伐又は捕縛を行った。
「李将軍は汝南郡を」
「承知しました」
「一応、南陽郡にも劉辟軍の残党と親袁紹派の者達が逃げている可能性もあるので、蔡将軍は南陽郡をお願いする」
「はっ」
「私は汝南郡に接する他の郡を担当します。では、各々、出陣の準備を」
曹昂がそう命じると、諸将は出撃の準備に取り掛かった。
大広間には曹昂と劉巴が残っていた。
「沛国には呂布と高順。陳国には趙雲と刑螂に二千の兵を率いて向かわせろ」
「承知しました。残りの一千は潁川郡に向かうという事で?」
「そうだ。まぁ、残党だからそこまで多い兵は居ないだろうが」
曹昂は何処に兵を送るか話し合っていると、其処に兵が入って来た。
「申し上げます。南陽郡の穣県にて、山賊が暴れているとの事です」
「山賊が?」
「この時期にか。劉辟軍の残党と親袁紹派の者達が集まって出来たのか?」
「いえ、先日、張飛と名乗る者が城を攻め込み城を奪い取りましたっ。近隣の村から兵を集めているとの事です」
張飛という名を聞いた曹昂と劉巴は目を見開いた。
「あの猪も存外しぶとい」
「・・・・・・これはどうなる事やら」
先程、蔡陽率いる軍を南陽郡に向かわせる様に命じていた。
その軍には関羽が居た。
張飛が居るという事を知れば、関羽の性格から考えて恐らく接触するだろうと予想できた。
それによって、どんな事が起こるのか曹昂には分からなかった。