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黄河の戦い 後

訂正 感想欄にも書かれていますが、生石灰は水で燃える性質を持っているという一文は誤りでした。

   ちょっと書き直します。

 港を出港した蔣義渠率いる袁紹軍二万は向かい風の中、河を上がっていく。

 袁紹軍の前方は斥候船を配置して、その後に続くように先登船が務め、側面を闘艦が置かれた。その後方には楼船が置かれ、周りを露橈船が固めていた。その後方には赤馬が控えていた。

 これは魚麗の陣と言い、古代中国の水戦ではよく見られる艦隊陣形であった。

 河を上がっていくが、何時まで経っても曹操軍の水軍は姿を見せなかった。

「将軍。敵は出てきませんね」

「我等の艦数を見て、胆を潰して何処かで震えているのかも知れんな」

 蔣義渠が傍にいる側近と笑いながら話をしていた。

「まぁ、このまま敵が来ないのであれば、各船に積んだ兵糧を殿の元に届けるだけだ」

 蔣義渠は最初から、敵の水軍を壊滅させた後は、その足で船に積んである兵糧を袁紹の元に届けるつもりであった。

 仮に、水軍と会敵しなければ、このまま袁紹に兵糧を届けるだけであった。

「それなりに積んでいますので届けば、殿は喜ぶでしょう」

「であろうな。向かい風に加えて、兵糧を多く積んでいる為、時間は掛かったが。このまま、何事も無く進めば・・・むっ」

 蔣義渠が側近と話をしていると、前方にいる斥候船の一隻がこちらに戻ってくるのが見えた。

 ある程度近付くと、斥候船に立てられている櫓に乗っている兵が旗を振り始めた。

「わ、れ、て、き、を、み、つ、け、た、り。将軍‼」

「全艦に攻撃準備を命じろ!」

 蔣義渠が大声で命じると、部下の一人が鉦を鳴らしだした。

 その音を聞いて袁紹軍の兵達は矢の準備をするか、梯子や投げ縄の準備をしだした。

 暫く進むと、残りの斥候船と合流し、旗を振って敵の船数と船種を伝えた。

 それが終わると、後方へと下がって行った。

 斥候船はその名の通り、主に敵の数や陣形などを窺う斥候役だけではなく戦闘時には戦局を見て、味方に正確な状況と指示を伝える伝令役を担っている為、戦闘には参加させる事は無い。

 そして、ようやく敵の水軍を見つけた。

 船には曹の字の旗か甘の字の旗を掲げていた。

「あれが、曹操軍の水軍か。ふん、どうやら、船まで用意できなかったようだな」

 蔣義渠は斥候船の旗振り信号で、曹操軍の船数と船種は知っていたが実際に見て鼻で笑ってしまった。

 三日月を描くように布かれた陣形で、前方には走舸が置かれ、その後ろには艨衝がその後方には先登を配置されていた。

 更にその後方には楼船が側面に露橈が配置されていた。その後方には赤馬が置かれていた。

「三日月陣か。敵は随分と攻撃的だな」

「ええっと、走舸が百隻。艨衝が百隻。先登が五十隻。赤馬は二百隻。露橈は十隻。楼船一隻ですね」

「全部で四百隻程か。ふん、我が軍の半分の船ではないか。しかも、その半分の走舸は艨衝ばかりではないか」

 蔣義渠は馬鹿にしたように叫んだ。

 走舸は艇とも言われる小型の船で、一切余計なものを船上に備えていないが、その分足が速く斥候船の代わりに使われる事もあり、奇襲作戦などにも使われていた。

 艨衝は頑丈な船首を持つ細長く先鋒を担う船だ。

 船体ごと敵に突撃して、敵の船を攻撃し破壊するいわば体当たりをする船であった。

 その船の為か、この船が破壊された場合も考えて乗っている人数は多くない上に、かなりの操舵技術が要求されていた。

 蔣義渠が自軍にこの艨衝を編制しなかったのは、自軍の兵の操舵技術が未熟な事に加えて船に大量の兵糧を積む事が出来ぬからであった。

「将軍。どの様に攻めますか?」

「数はこちらの方が多いのだ。今の陣形のまま攻めるだけで十分だ」

「それもそうですね」

 蔣義渠がこのまま攻めると言っても、側近の者も反対しなかった。

 この蔣義渠は船の動かし方や陣形などは分かっていても、水上戦に関する知識はそれほど豊富ではなかった。

 なので、数の多さを活かして攻めれば十分だろうと簡単に思っていた。

 蔣義渠の命に従い、鉦が鳴り響いた。

 その音に合わせて先鋒の先登船と側面を固める闘艦達が進む。

 水を切りながら上がっていく船に乗る袁紹軍の兵達は矢を番え、梯子や投げ縄の投げれる準備をしていた。

 後数海里程で甘寧軍の船を射程に収める事が出来る所まで来た瞬間。

 ドシャーン‼

 水面から水柱が立った。

 一つではなく幾つも上がる水柱。

 その水柱が上がった所には袁紹軍の船が居た。そして、袁紹軍の船の船底が破壊されていた。

 それにより足が止まってしまい、後続の船に激突し船が壊れ、袁紹軍の兵達は河に投げ出されていた。

「船底部分が破壊されました。浸水してます!」

「馬鹿な⁉ 一体、何事だ!」

 水柱が立った理由が分からず混乱しているところに、船が浸水しているという報告を受けた船の船長達は訳が分からないでいた。

 そう混乱している間も浸水が続き、船を沈めていく。船に取り残された者達は殆どは水面に上がる事が出来ず溺死していった。

 河に投げ出された袁紹軍の兵達は水練などしていないのか、泳ぐ事が出来ず溺死していった。

「何だ⁉ 一体、何が起こっている⁉」

 後方にいた蔣義渠は何が起こったのか分からず、怯えた声で叫んでいた。

「将軍。呆けている場合ではありません。河に投げ出された者達を救援しませんと」

「……そうであったな。後方の赤馬と本隊を前進させよ。河に居る仲間の救援に向かわせろ。それと、被害に遭っていない船には前進を命じろ!」

 側近の言葉を聞いて、混乱していた蔣義渠は気を取り戻して指揮を取った。

 その命令に従い蔣義渠が乗る楼船は前進し護衛艦の役である露橈もその後に続いた。

 赤馬の一団も続くように前進して、河に落ちた者達の救助に向かったが、先鋒で被害に遭わなかった先登船と側面を固める闘艦達は、命令に従わなかった。

 何が起こって僚艦の船底が破壊されたか分からないので、迂闊に攻め込めば自分達もその二の舞になると思い進軍を躊躇していた。


 敵の先鋒が進軍を躊躇しているのを、甘寧は指揮を取っている楼船から見て分かった。

「敵はどうやら動けない様だな」

「それはそうでしょう、何が起こったのか分からないのに、船底が破壊されているのですから」

 甘寧が腕を組みながら敵軍の混乱を見て痛快だと言わんばかりに笑っていた。

 側にいた部下も同じ思いなのか口元が緩んでいた。

「しかし、あの兵器は凄いですね」

「流石は若君という事だろうな」

 部下が何かを称えると、甘寧も頷いていた。

 袁紹軍の船底を破壊したのは河の中に焙烙玉を改良して作られた水中爆弾所謂機雷が設置されていた。

 機雷の歴史は十四世紀の明の時代から、既に原型が存在していた。

 水底竜王砲と言われる物で、火薬を金属性の球に牛、羊、山羊の膀胱や腸を詰めて、吸気用に動物の腸で作った管を繋いでその中に導火線として線香を立てるという物であった。

 理論上で言えば、時間が来たら爆発するという爆弾であった。

 河に浮かぶ事は出来たが、時間が来たら爆発するので、船が停泊している港へ流して使われていた。

 この水底竜王砲を改良した物も存在して、その名は混江竜という物であった。

 構造は火薬を金属性の球に詰めて防水用に漆を塗り紐を通し水漏れしない様に油灰(石灰石の粉末を桐油などで練り合わせたもの)で固めて、木の箱に入れて河に浮かばせる。

 紐を引っ張るか、船舶が接触する事で爆発するという仕組みになっている。

 起爆する仕組みは紐が通されている部分がホイールロック式になっており、紐が引っ張られる事で歯車が回転して火打石を発火させるという仕組みになっていた。

 尤も、明代の産業技術書『天工開物(てんこうかいぶつ)』の著者である宋応星はこれら二つは役立たずと記していた。

 水底竜王砲は爆発する時間がまちまちであった事に加えて、線香の火が消えるという事があった為だ。

 混江竜は紐が引っ張られる際、火が付かない事があった為だ。

 其処で曹昂は少し改良を加えた。

 金属製の球に火薬を詰めて、その周りを生石灰で覆った。

 生石灰は水を吸うと高温を発生する性質を持っているので、これならば、水の中でも火薬にも火が付くのではと思ったからだ。

 試みは成功し、水の中でも爆発する事が出来た。

「ええっと、何でしたっけ? 確か・・・爆雷でしたっけ?」

「ああ、そんな名前だったな。水の中でも雷の様に大きな音を立てて爆発するからと言っていたな。・・・・・・うん?」

 甘寧の目に敵軍の後方に居る赤馬の一団が河に投げ出された兵達を救うために前線に出てくるのが見えた。

「敵の陣形は乱れたな。よし、攻撃開始だ」

 甘寧は先鋒に攻撃を命じた。

 鉦の音が鳴ると、走舸と艨衝の一団が前進を始めた。その後に先登船の一団が続いた。

 爆雷は大量に設置していないので、問題無く進む事が出来た。

 そして、走舸と艨衝の一団が袁紹軍の船を矢の射程ギリギリの所まで来ると、走舸に乗っている兵達の一人が手に紐の様な物を持ち出した。

 その紐の先には、土器が縛られており紐が付けられていた。

 兵の一人が手に松明を持っており、その紐に火を付けた。

 紐に火がつくと、紐を持っている兵は土器を頭の上で回した。袁紹軍の兵達は矢を番えはしたが、距離的に届くかどうか分からない所であった為、誰も矢を放とうとしなかった。

 その間も、甘寧軍の兵は土器を回し続けた。走舸に乗っている兵は誰か一人はそうしていた。

 十分に回したと思われたと同時に紐から手を離した。甘寧軍の兵全員。

 すると、遠心力により土器は弧を描くように袁紹軍の船に落ちていく。

 土器が割れる音と爆発する音が同時に響き、炎が船体に走った。

「ぎゃああああっっっ⁉」

「熱いいいいっっっ⁉」

「火が、火がっ、ひぎいいいいいっっっ⁉」

 船に乗っていた袁紹軍の兵達は船体に火が回った事で、自分の身体に付くか火の恐怖で混乱状態となった。

 袁紹軍の兵達が混乱している間も、火が付いた土器は投げ放たれていた。

 この兵器は後に焙烙玉と名付けられるのであった。

「敵の攻撃を止めろ!」

「矢を放つのだ!」

 袁紹軍も黙ってやられている訳ではなく、土器の攻撃を受けなかった船が前進を始め、走舸に攻撃をしようとした。

 だが、走舸と共に来た艨衝の一団から何隻かの船が、前進してくる袁紹軍の船に向かって突撃を始めた。

 風は袁紹軍にとっては向かい風であったが、甘寧軍にとっては追い風であった。

 風に乗り櫂で漕いでいき、袁紹軍の船に向かって突撃を敢行した。

 袁紹軍の船も向かって来る艨衝に矢を浴びせるが、船足は停まる事は無かった。

 やがて、突撃した艨衝は船首部分にある杭の様な物でぶち当たった。

 体当たりを喰らった袁紹軍の船は、その衝撃で揺れてしまい船に乗っている袁紹軍の兵達はその揺れで体勢を崩した。

 中には河に落ちる者まで居た。

「やってくれるっ。相手の船に乗り込めっ。皆殺しにしろ‼」

 体当たりされた船の船長は兵達にそう命じた。

 兵達も梯子と投げ縄と剣を準備して、乗り込もうとしたが、既に艨衝に乗っていた甘寧軍の兵達が河に飛び込んで自軍の方へと泳いでいた。

「逃がすか!!」

 袁紹軍の兵は矢を番えて、泳ぐ甘寧軍の兵に狙いを付けようとしたが、艨衝から煙が上がっている事に気付いた。

 袁紹軍の兵達は何事かと思い見た瞬間、艨衝が爆発した。

 爆発の衝撃と爆炎が袁紹軍の兵と船を襲い、船体は火に包まれた。

 加えて、風向きにより火は袁紹軍の船に襲い掛かった。勿論、後方に居る蔣義渠が率いる本隊も同様であった。

「馬鹿な⁉ 敵はどうやって火を放ったと言うのだ!?」

 火矢など放たれていないのに、自軍の船が燃えているのを見て愕然とする蔣義渠。

「将軍。早く撤退を!」

 側近は蔣義渠に撤退を進言した。

 その返事をしようと横を向こうとしたが、其処に甘寧軍から放たれた火が付いた土器が蔣義渠の船まで飛んで来た。

 蔣義渠はそれを見て何か言っていたが、次の瞬間爆発した為、その轟音で誰も聞いている者は居なかった。

 その爆発により、蔣義渠は全身に火が回り火傷により死亡。楼船に乗っていた側近と兵達も多くは火に捲かれて死ぬか、河に落ちて溺死していた。

 水軍を率いる蔣義渠が死んだ事で、袁紹軍の船は混乱に拍車が掛かった。

 その間も甘寧軍の焙烙玉の攻撃は続き、敵が混乱しているのを見て、艨衝に乗っていた兵達を回収した先登船の一団も火矢を放った。

 混乱に混乱を極める袁紹軍。

 ようやく、撤退を決めた頃には、袁紹軍の船は数十隻となっていた。

 袁紹軍の船が撤退するのを見て、甘寧は勝鬨を挙げると、兵達もそれに続いた。

 

 

 黄河の戦いで袁紹軍の船が惨敗したという話は、直ぐに陽武に居る袁紹の元にも届けられた。

「水軍は壊滅状態! 率いていた蔣義渠は戦死‼ 加えて多くの兵糧を失っただと‼」

 報告として齎された竹簡を見てわなわなと震える袁紹。

 そして、怒りに任せて竹簡を地面に叩き付けた。

「おのれっ‼ 曹操の分際で、私を此処まで苦しめるとは‼」

 竹簡を何度も踏みつけて怒りをぶつける袁紹。

 怒る袁紹に郭図は語り掛ける。

「殿。御怒りは御尤もです。ですが、落ち着いて下さい」

「何を言っている‼ 我等の兵站路が封鎖されたのだぞっ。これで怒らないで何時怒るのだ‼」

 宥めようとした郭図に袁紹は怒声をぶつけた。

「落ち着いて下さい。本陣にはまだ数ヶ月分の兵糧があります。これだけあれば、兵は飢える事はありません。此処は後方の攪乱が済むまで持久戦と致しましょう」

「持久戦だと?」

「はい。敵も後方を攪乱されれば、撤退するかも知れません。その時に攻め込めば我等の勝ちとなりましょう」

「…………そうだな。よし、此処はじっくり敵を攻めるとしようか」

 郭図の進言を聞いて、袁紹は落ち着きを取り戻した。

「兵糧も本陣においては、敵に察知された際、攻撃を受けるやもしれません。此処は別の地に移すのが良いかと思います」

「別の地か。何処が良い?」

 袁紹が郭図に訊ねると、郭図は一枚の紙を袖から取り出した。

 その紙には陽武一帯の地図が書かれていた。

「本陣から少し離れた地に烏巣という土地があります。其処に淳于瓊に副将を何名かつけて一万の兵と共に守らせましょう。敵は本陣に兵糧があると思っているでしょうから、攻められる事は無いでしょう」

「そうか。良し、直ぐに取り掛かれ」

 郭図の進言に袁紹は即断でそう決めた。


 数日後。

 袁紹の元に竹簡が届いた。

「誰が書いた物だ?」

 袁紹は竹簡を届けた兵に訊ねた。

「はっ。沮授様から殿に届けてほしいと」

「なにっ?」

 袁紹は竹簡を広げて中を見た。

 てっきり、心を改めて自分の為に書かれているだろうと思っていたが、袁紹の予想とは違う事が書かれていた。

『烏巣に食糧庫を置くのは結構ですが、其処を守る淳于瓊率いる一万だけでは足りません。蒋奇に一万の兵を与えて烏巣近辺を守らせれば万全な備えとなりましょう』

 袁紹が決めた事に沮授は意見を述べだした。

 読み終えた竹簡を引き千切る袁紹。

「これだけ広い土地だと言うのに、曹操が食糧庫である烏巣を見つけられる訳がなかろう‼ それに兵を送れば余計に見つかりやすくなるであろうが!!」

 袁紹は怒声を上げた後、沮授が何か書いても取り次ぐなと兵に命じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 烏巣に淳于瓊。もう自動兵糧庫奇襲モードや… 甘寧お頭、ほんま水軍で活き活きですわ。袁紹軍、兵糧はともかく、兵と船の大量喪失はやばそう
[気になる点] >生石灰は水で燃える性質を持っている そのような性質はありません。水に反応して高熱を発し、その温度が周囲にある物の発火点に達した場合に、物が燃えるだけです。100gほどの生石灰が一度に…
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