開戦
一月程すると、両軍は戦への準備が整いだした。
許昌に居る曹操軍の兵達は準備の為に、都中を駆け回った。
そんな中で、関羽が一人で丞相府に居る曹操の下を尋ねる。
門番の兵が関羽が訪ねて来たと言うので、曹操は通すように命じた。
「丞相。お忙しい中でお会いする時間を作って頂き感謝します」
「よいよい。君と私の仲ではないか。それで、何用で参った?」
「はっ。袁紹との戦が始まると耳にしました」
「うむ。袁紹は軍を率いて、南下しているそうだ」
「許昌に来てから、数多くの御恩を受けて参りました。その恩返しに戦に参加したいと思います」
関羽が参戦したいと言うのを聞いて、曹操は困るという顔をしていた。
関羽の元に張遼を何度か送った所、その張遼が劉備の生存を知っても、恩を返してから去るという事を仄めかした事を言っていたと報告して来た。
なので、曹操としては関羽が功績を立てれば、恩を返し終わったと思い劉備の下に行ってしまうと思った。
それは困ると思い、曹操は関羽の出陣を断ろうとしたが、そっと袖が引かれた。
曹操は袖が引かれたので、顔を向けると曹昂が曹操の袖を引っ張っていた。
そして、曹昂がそっと近付いた。
「連れて行っても良いと思います」
「だが」
「関羽が功を立てるという事は、その分劉備を危険に晒すという事となります。上手くいけば、袁紹の手で劉備を殺すかもしれません」
曹昂の話を聞いて、曹操も成程なと頷いた。
「・・・・・・そうだな。折角関羽が付いて来ると言うのだ。此処はその意に応えるとしようか」
「感謝します」
関羽が一礼すると、曹操は手を振った。
そして、関羽は屋敷に戻ると戦支度を整え、劉備の夫人達に一言言ってから屋敷を後にした。
曹操は関羽も来る事になったので、愛馬の絶影だけではなく、爪黄飛電も連れて行く事にした。
そして、関羽と合流した曹操軍は曹昂達に見送られながら、許昌を発った。
やがて、袁紹軍は陽武(原武とも言われているが、本作では陽武とする)に曹操軍は官渡の地に布陣した。
布陣した両軍は直ぐに戦を始める事はせず、陣地を築いていった。
曹操軍は官渡の地の周辺に陣を布いたが、袁紹軍は東西に渡って数十里に渡る陣を布いた。
袁紹軍が長く広く陣を布いているのを見た曹操軍の兵達は、改めて自分達よりも兵の数が多い事に気付き怯えだした。
袁紹軍が陣を布いている中、袁紹は自分用に天幕の中で地図を見ながら、どう攻めるべきか考えていた。
ひとまず、自分で考えた後に、参謀や配下の意見を聞いてから作戦を決めようと思っている様であった。
考え込んでいる袁紹に見張りの兵が天幕の中に入り「沮将軍が面会したいと申しております」と告げて来た。
袁紹は兵に通すように命じた。
兵は一礼した後、天幕の外に居た沮授を連れて来た。
兵が下がると、沮授は一礼し袁紹に語った。
「殿。此度の戦は決して逸ってはなりませんぞ」
「どういう意味だ?」
「我が軍は数こそ多いですが、敵は曹操。どの様な手段で攻め込んで来るか分かりません。此処は守りを固め、敵の挑発に乗らず、相手が疲れるのを待つか兵糧が尽きるのを待つべきです。さすれば、我等は一戦にて曹操を打ち破る事が出来るでしょう」
沮授は速戦はしないで、持久戦に持ち込むべきと進言した。
沮授の言う通り、曹操軍は兵糧が多いとは言えなかった為、持久戦をされれば苦戦は必至であった。
逆に袁紹軍は肥沃な大地を持つ冀州のお陰で多くの兵糧を確保する事が出来た。
「貴様、戦場に来たと言うのに、戦わないとは何事か⁉」
「いえ、別に戦わないとは申しておりません。ですが、戦わずに勝つ事が出来るのであれば、そうするのが良いと思い述べました」
「馬鹿者が! それでは兵の士気が落ちるであろう! 我が軍の士気を削ぐ事を言うでない!」
沮授はそう述べた理由を言うが、袁紹からしたら士気が削がれるとしか思えなかった。
「貴様は田豊と親しかったな? そうか、田豊の策を用いて勝てば、田豊を助けられると思い述べたのだな?」
「いえ、その様な事は」
「言い訳は沢山だ。もう、お前の話など聞きたくもない。誰か、沮授を牢に入れよ!」
袁紹は見張りの兵に大声で告げると、控えていた兵達が天幕の中に入って行き、沮授を拘束する。
「と、殿」
「連れて行け。牢に入れておけば頭も冷えるであろう」
沮授は何か述べようとしたが、袁紹は顔を背け、追い払うように手を振った。
兵に引きずられ、沮授は連れていかれた。
袁紹は一人で暫く考えたが、いい考えが浮かばなかったので、配下の者達を集めた。
そして、どう攻めるべきか訊ねると郭図が答えた。
「兵数では我が方は多いのです。此処は下手な小細工などせず、数の多さに任せて攻め込むべきです。兵法にもあります。自軍が敵の十倍の時は囲み、五倍の時は攻撃し、二倍の時は挟み撃ちにし、互角の兵数であれば戦い、少ないのであれば逃げると書いております。我が軍は曹操軍の四倍にございます。此処は攻撃するだけで良いでしょう」
郭図の進言に誰も反対の意見は述べなかった。
「宜しい。では、郭図の意見に従い、明日我が軍は曹操軍に攻撃を仕掛ける‼」
「「「はっ」」」
袁紹の命令により、配下の者達は直ぐに準備に取り掛かった。
その中に劉備の姿もあった。
同じ頃、曹操軍が籠もる官渡の城内では、袁紹軍内に居る密偵の報告を訊いていた。
「申し上げます。郭図の進言により、袁紹軍は明日攻撃を仕掛ける模様です」
密偵の報告を訊き、曹操は目を瞑り考えた。
「四十万の兵で攻め込んでくるか。さて、どう防ぐべきか」
曹操がそう呟いた後、荀攸を見た。
「荀攸。どうするべきだ?」
「丞相。まずは一戦し、敵の先鋒を打ち破り、城に籠もり守りを固め、打って出る時を見計らうべきです」
「そうか。では」
曹操は四十万の先鋒を打ち破るとなれば、生半可な武将を先鋒にしては無理だと判断する。
そんな中で曹操はある者を指名しようとしたが、其処に典韋が一礼した後、述べた。
「丞相。私を先鋒にして下され。必ずや敵の先鋒を打ち倒してご覧に入れます」
信頼する猛将が力強く進言してくるのを聞いた曹操はその意気に答えようとした所で、すると、家臣の列の中に居た許褚が前に出た。
「丞相。私を先鋒に。私であれば一万の兵で敵を叩き潰してご覧にいれます!」
許褚がそう強く言うのを聞いて、曹操は嬉しそうに笑った。
「ははは、私の身を守るお主達が、私の為に功を競うとは嬉しく思うぞ」
曹操は典韋達の忠誠心に感服しながら称えた。
「だが、既に先鋒は誰にするのか決まっているのだ」
曹操が既に決まっていると聞き、皆は誰なのだろうと思い互いの顔を見ていた。
「・・・・・・関羽よ」
「はっ」
ざわめく中で、曹操は関羽を呼んだ。
呼ばれた関羽は家臣の列から前に出て膝をついた。
「お主に先鋒を任せる。私の期待に答えてくれ」
「承知しました」
「そうだ。お主が乗って来た馬では此度の戦は力不足であろう。私の愛馬である爪黄飛電を貸し与えよう」
「重ね重ねのお礼に感謝いたします」
名馬を貸して貰った関羽は深くを頭を下げた。
家臣達は丞相の寵愛ぶりを見て、内心歯噛みしていた。