されど、兵力差は大きい
袁紹が戦の準備を始めた事と、出陣を止める様に諫めた田豊が牢に入れられた事が曹操の耳に入った。
報告を聞いた曹操は上手くいったとばかりに笑っていた。
「袁紹め。こちらの策に掛かりおったわ」
丞相府の大広間の上座に座る曹操だが、室内に居る曹昂は報告を続けた。
「密偵からの報告によりますと、袁紹軍は騎兵、歩兵全て合わせて四十万の大軍との事です」
袁紹軍が四十万と聞いて、室内に居る家臣達はざわめいた。
「ふむ。四十万か。荀攸。どう思う?」
曹操は兵力を聞いて尚、余裕そうな顔をしていた。
訊ねられた荀攸は考える事も無く、考えを述べた。
「兵の数が多ければ戦に勝つとは限りません。かつて、昆陽の戦いで光武帝は一万の兵を指揮して新軍四十万を壊滅させる事が出来たのです。丞相は光武帝に引けを取らぬ御方。袁紹如き勝てぬ訳がありません」
荀攸は事実を述べているのだが、曹操からしたら少々持ち上げ過ぎではと思い苦笑いしていた。
尚、この『昆陽の戦い』後、王莽が建国した新王朝は勢力が激減し、その年の内に新王朝は滅亡するのであった。
「袁紹軍がどれだけ率いて来るのかは分かった。では、我が軍はどれだけの兵を動員できるのだ?」
曹操がそう訊ねると、荀攸がチラリと荀彧を見た。
これは自分が答えても良いのか? と目で言っている様であった。
荀彧は言っても良いという意味を込めて頷いた。
荀攸はそれを見て口を開いた。
「七万になります」
「なに、七万だと⁉」
「少なすぎる」
「流石に無理があるのでは?」
荀攸の口から出た兵の数を聞いて、曹操よりも他の家臣達が驚きを隠す事が出来なかった。
曹操軍は二十万の兵を擁するとは言え、領地を守るのも兵が必要であった。
その為、戦に兵を動員するにも限度があった。
ちなみに、袁紹の方も本来は百万近くの兵を動員できるのだが、国境の守りと反乱の鎮圧の為に多くの兵を割いて、四十万の兵しか動員する事が出来なかった。
曹操も七万の兵と聞いて、どう戦うか考えていると荀彧が口を挟んだ。
「もし、許昌を含めた豫洲の守りを薄くしても良いと言うのであれば、兵を三万程追加できます」
「だとすると、十万か。それだけあれば、何をするにしても大丈夫か。荀攸。直ぐにそのように手配せよ!」
「はっ」
曹操に命じられ、荀攸は一礼した。
「許昌は曹昂と荀彧に任せる。私が居ない間はしっかりと守るように」
「承知しました」
「お任せ下さい」
荀彧と曹昂の返事を聞いた曹操は上座から立ち上がる。
「我等の興亡はこの一戦にあり。皆の者! 奮起せよ!」
曹操の檄に家臣達は歓声で応じた。
軍議を終えた後、曹昂は各地に居る間者からの報告を聞いていた。
「申し上げます。荊州は未だに南部の反乱が鎮圧する事が出来ずいる所に、揚州の孫策が江夏郡に侵攻してきました。安陸県から東の殆どの県が攻撃されて陥落しているとの事です」
「そうか。流石に黄祖では、孫策には敵わないか」
予想通りだなと思いつつも、曹昂は黄祖の名前を聞いてある事を思い出した
「荊州と言えば、禰衡はどうなった?」
一応曹操が送った使者なので、どうなったのか気になり訊ねる曹昂。
「あの者でしたら、まだ劉表の元で文才を発揮して用いられているそうです。尤も、配下の者達には毛嫌いされている様ですが」
「まぁ、あの性格じゃあ仕方がない。益州は?」
「益州では、益州牧の劉璋が張魯と領地について交渉したのですが決裂してしまい、怒った劉璋は交渉の使者として来た張魯の弟を殺したそうです。使者の付き添いとして張魯の母親も付いて来たそうですが、何とか逃げる事が出来たそうです」
「・・・・・・そうか。助かったのか」
一応警告はしたのだが、助かるかどうかは分からなかった。
(まぁ、これで義理は果たしたな)
そう思い次の報告を訊いた。
「涼州の方はどうなっている?」
「はっ。新しく司隷校尉となった鍾繇殿が馬騰、韓遂を説得させる事に成功しました。それにより、涼州産の良馬二千頭を集める事が出来、許昌に送るとの事です」
「そうか。父上も喜ぶだろう」
涼州の報告を訊いて、一つ思い出した事があった。
「そう言えば、沖伯父上はどうなったのかな?」
丁沖は司隷校尉であったのだが、身体が強くないのに酒好きであった為、職務に支障をきたす程に飲み過ぎて身体を壊してしまった。
それにより、故郷の沛国譙県にて療養する事となり、後任に鍾繇が抜擢された。
「はっ。今だに治る見込みが無いとの事です」
「それは困ったな。誰か良い医者を紹介しないと駄目かな?」
曹昂は名医と名高い張機でも派遣して貰おうかと考えていた。
その後、報告する事は無いのか間者は一礼し部屋を後にし、曹昂はふと思った。
(・・・孫策はこちらに攻め込んでくるかな?)
史実では袁紹と曹操が戦っている時に、孫策は許昌へ攻め込む計画を立てていたと言われている。
(これは、そろそろ手配した暗殺者を動かす時が来たかもな)
出来れば、来ないで欲しいなと思いつつも曹昂は『三毒』の隊長を務める麻山を呼ぶ様に、使用人に命じた。