悩む袁紹
曹操が軍の準備をしている頃。
冀州の袁紹はと言うと。
鄴県の城内の大広間にて各州から上がっている報告に目を通していた。
「・・・・・・・ぬぐぐぐっ」
持っている竹簡を広げ、書かれている内容を読み終えると唸り声を上げていた袁紹。
室内に居る家臣達は袁紹の怒りをぶつけられたくないのか黙っていた。
「おのれ、曹操めっ。小癪な事をっ⁉」
袁紹は怒鳴り声を挙げながら、持っている竹簡を床に叩き付けた。
それでも、まだ怒りが収まらないのか袁紹は荒い息を吐いていた。
「青州は徐州の臧覇が攻め込んできて防備の為に兵を送る事はできぬ。幽州では、豪族達が反乱を起こして、その鎮圧の為に兵が必要なので兵を送る事が出来ぬ。冀州では黒山賊の孫軽が配下の賊共を集めて暴れ回り鎮圧が必要ときて、并州では南匈奴共が暴れだしたと来た‼」
檄文を天下に布告したので、支配下に治めた四州から兵を集めて、後は曹操軍と戦うだけであった。
そんな所で、四州から反乱や攻撃してくる為、兵を送る事が出来ぬという返事を聞いて袁紹は顔を斑に赤くしていた。
「今まで、反乱など起こらなかったと言うのに、此処に来て各州で起こるとは」
「幽州は征服したばかり故分かる。青州も曹操の領地に接しているので攻め込まれる可能性はあったが・・・・・・」
「まさか、一度壊滅させた黒山賊がまた発生して暴れ回るとは」
「加えて南匈奴も暴れているそうだ」
許攸と郭図の二人はこんな事が起こるとは予想も出来ていなかったという顔をしていた。
許攸達がそう思うのも無理はなかった。
黒山賊は以前、袁紹の元に居た時に呂布と戦い敗れた後、活動がピタリと止まったので壊滅したのだろうと思い、南匈奴に至っては、反乱する程の余裕が無いと思っていた。
南匈奴は匈奴が分裂して出来た遊牧民族であった。
漢王朝に服属して辺境の守備に当たっていたが、それにより漢王朝の命令に叛く事が出来なくなった。結果単于の権威が弱くなっていき、配下の統制が利かなくなった。
現単于である呼廚泉の父である羌渠は漢王朝の命令に従ったが、度重なる出兵に耐えかねた南匈奴を構成する十九種族の多くの氏族達が、命に叛き羌渠を殺した。
羌渠の後は子の於夫羅が単于となったのだが、羌渠を殺した氏族達はこれに背いて、南匈奴の四大貴族の一つである須卜氏から須卜骨都侯を単于と立てた。
以来、南匈奴内では氏族同士で争う内乱に突入した。
そのまま、内乱が続くかと思われたが、反乱軍が立てた須卜骨都侯単于は中平六年即位一年で亡くなった。
あまりに早い死なので、暗殺されたと言われている。
その証拠に反乱した氏族達は単于を立てる事はせず、単于を支えていた氏族達の族長達が老王と名乗り反乱した氏族達を纏めた。
於夫羅は自ら洛陽にまで来てこの事を訴えたのだが、ちょうど霊帝崩御の混乱時期であり、その願いは叶わなかった。
仕方が無く於夫羅は南匈奴の領土に戻り、老王と戦いに明け暮れた。
長く闘い続けたが、建安元年西暦百九十五年に没した。弟の呼廚泉が後を継いで単于となった。
そして、今だに呼廚泉率いる単于軍と老王軍の争いは続いていた。
袁紹が并州を征服したが、南匈奴達の内情を知るなり面倒に思ったのか干渉せず放置して、并州刺史である高幹に任せていた。
任された高幹は并州で暮らしているのだから税は納めろ。払わなければ兵を出して滅ぼすと両軍に命じていた。
呼廚泉と老王達は滅ぼされては敵わないのか税を納めていた。
税を納めているので、両軍は袁紹に対する気は無いと思っていたのだが、呼廚泉軍の右賢王去卑が老王軍と和睦し、袁紹軍を攻撃すべきだと
進言した。
その進言を聞き入れた呼廚泉は老王達と和睦し、袁紹軍に攻撃を仕掛けたのであった。
「ぬううっ、これはどうするべきか・・・・・・・」
袁紹は頭を抱えていた。
其処に田豊が家臣の列から前に出た。
「殿。此処は州境の守りを固め、その後で各州の反乱を鎮圧するべきです。その後は時勢を見極めるのです」
「時勢を見極める?」
田豊の言葉の意味がよく分からないのか、袁紹は目を細めながら田豊を見る。
「はい。反乱を鎮圧したとしても、多くの兵糧と兵を失うでしょう。失った戦力を立て直す為には、三年程待つべきです」
田豊は曹操との戦いを避けて、内政に勤めるべきと進言した。
「ふ~む。確かにそうかも知れんな」
袁紹も各州で反乱が起きている以上、此処は守りを固めるべきだと思った。
袁紹の顔を見た許攸はこのままでは曹操との決戦が遠のくと思い、列から前に出た。
「我が君。各州で反乱こそ起きておりますが、今まで反乱の予兆などありませんでした。しかし、今こうして反乱が起こっているのは何故でしょうか?」
「それは、偶然ではないのか?」
「いえ、それは違います。これは曹操が反乱を起こさせたのでしょう」
「何だと⁉」
許攸が確信があるのかハッキリとそう告げた。
「・・・・・・・確かに、曹操であればこれぐらいの事をしてもおかしくないか」
暫し考えた袁紹は有り得るなと思い出した。
「はい。ですので、曹操の狙いはこうでしょう。殿が各地の反乱を鎮圧させる為に、各地に兵を送るのでしょう。守りが手薄になった所で、曹操は北上し我等を討とうとするでしょう」
「おのれ、曹操っ。腹黒い奴だっ⁉」
許攸の推察を聞いた袁紹は怒りを新たにした。
「ですので、此処は敵の策に乗らず、今いる兵だけ率いて南下し曹操と戦うのです。そして、曹操を討つのです!」
許攸が曹操と戦うべきだと進言すると、郭図も続くように進言した。
「左様です。反乱した者達など、州を守る兵だけで十分に防ぐ事が出来ます。それに、我等が曹操を討てば、反乱を起こした者達も士気が落ちて逃げるか降伏するでしょう」
「加えて、曹操軍には疫病が流行っている様です。間者からの報告によりますと、多くの人馬が病に倒れているそうです。その様な軍など、我等の敵ではありません」
許攸が自分が知っている情報を語りだしたが、それを聞いた田豊は鼻で笑った。
「はっ。曹操は二十万近くの兵を率いているのだぞ。疫病で倒れる事もあるであろう。それに、曹操は腹黒い奸雄だぞ。その情報も嘘という事もあり得るだろう」
田豊の言葉を聞いて許攸はムッとして、田豊を睨む。
田豊も許攸を睨み返した。
二人が睨み合う中、沮授が前に出て来た。
「殿。今は戦をするべきではありません。此処は州境の守りを固め、反乱を鎮圧するべきです」
沮授も曹操との戦いを避けるべきだと述べた。
「何を言う。そんな事をすれば、曹操が攻め込んで来るではないか⁉」
「州境の守りを固めれば、曹操とて迂闊に攻め込む事は出来ぬだろう」
「曹操軍は二十万だぞっ。州境に多くの兵を置いたとしても、打ち破られるであろうっ」
「二十万と言うが、曹操とて領土を守る為に兵を置かねばならぬ。なので、兵を出せたとしても、多くて十万ぐらいであろう。州境には二十万以上で守らせればよいであろう」
「それで守り切れると断言できるとお思いか⁉ 曹操が絶対に突破出来ないと断言できますか⁉」
「それは分からんが、戦をするよりも被害は出ぬであろう」
許攸と郭図は曹操との戦をすべきだと言い、田豊と沮授は戦を避けるべきだと言う。
四人の口論は他の者達にも波及した。
許攸達の意見に賛同する者もいれば、田豊達の意見に賛同する者達も居た。
二つの意見に分かれた配下達を見て袁紹はどうするべきか迷った。
別段、袁紹は無能ではなく、曹操に勝るとも劣らない優秀な才人であった。
曹操が自分の家と親戚である夏候家の権力と勢力を借りて旗揚げしていたのだが、袁紹は豫洲汝南郡で出身で、河北一帯は名門袁家の力の及ばぬ土地であった。
そんな土地の中で、殆ど配下はおらず頼る親戚も殆ど居なかった。袁紹は己の知恵と才覚だけで、豪族を手懐けていき領土を広げていった末に河北四州を支配下に治める事が出来た。
だが、その過程で豪族達を滅ぼすのではなく手懐けてしまった事で、名士の影響力が強くなってしまい、君主基盤が強いとは言えなかった。
その為か袁紹の発言力は強いとは言い難く、冀州出身の田豊、沮授といった名士達の発言を無下に扱う事が出来なかった。
家臣達が言い争うのを聞きながら、どちらの意見を取るか考えた。
(家臣達の意見だけではなく、他の者の意見を聞くべきか・・・・・・)
そう考えた袁紹は軍議を止めて、曹操の下に居た事がある人物の元に向かった。