そこまでかな?
提案を受け入れた献帝と話し合った曹昂は一枚の紙を袖に入れて、宮中を後にした。
宮中を出た曹昂は丞相府に向かった。
丞相府の門前には典韋と共に直属の兵団である虎士達が警備に立っていた。
典韋は完全武装した状態で仁王立ちしていた。
「これは若君。丞相に御用で?」
曹昂を見つけた典韋が一礼して来た。
「ああ、父上は?」
「お部屋におります」
「そうか」
曹昂は乗って来た馬の手綱を門前を守ってる兵に預け護衛の兵と共に門を潜った。
丞相府内には重い空気が漂っていた。
別にそこら辺に血がこびり付いているという訳でもなく、何処からか悲鳴が聞こえてくる訳でも無かった。
なのだが、皆口を閉ざさなければならないという空気が漂っていた。
そんな空気を感じながら曹昂は廊下を歩いていた。
やがて、曹操が居る部屋へと辿り着いた。
部屋に入ると、上座に座る曹操は忌々しそうな顔をしながら酒を呷っていた。
「暗殺を防いだというのに、機嫌が悪いですね。父上」
「ふん。吉平が頑固で口を割らないのでな。危うく殺す所であったのだ」
「別に血詔と血判状の写しはあるのですから、殺した所で問題は無いと思いますが?」
「いや、これを機に私を敵に回した者がどうなるかを見せしめにするのだ」
「成程……」
人を集めて、吉平達がどうなるのか見せつけて、己の地位を上げると共に不穏分子を消すのだと分かった曹昂。
(残酷かも知れないが、そうする事でこれからの統治が上手くいくだろうからな)
曹昂もこれから、曹操が行う事に反対しなかった。
(そう言えば、前世で見たあるアニメの影響で読んだ本にもこう書かれていたな。『政体を保持する上手い残虐の方法とは、残虐行為を一挙に為し、その後は常用せず、可能な限り臣民の利益の擁護に方針を転換することである』って)
前世の曹昂は病室に居た時は三国志演義以外の本も読んでいた。
その読んだ本の中でその一文が一番印象が強かったからか、転生した今でも頭に残っていた。
「父上のお気持ちは分かります。それよりも、もっといい方法がございます」
「むぅ? どんな方法だ?」
曹昂の口から良い方法があると聞いて、曹操は眉を顰めた。
曹昂は袖の中に入れていた一枚の紙を取り出して、近くの使用人に渡した。
紙を渡された使用人はそのまま曹操の下まで持ってくると、曹操は紙を広げて中を改めた。
その紙にはこう書かれていた。
一 諸侯に対して詔を出す場合、まずは曹操にその旨を告げ、その詔を見せる事。
二 天子が己に忠節を尽くす者に恩賞や褒美を与えたい場合、曹操にその旨を告げて、万事任せる事。
三 今後、曹操の命令に絶対に従う事。
以上の事を守るのであれば、董椿の子の命は保証するものとする。
と書かれていた。
紙の隅には、天子の名前である『劉協』の名がしっかりと書かれていた。
「生まれて来る子を人質にして、天子に誓書を書かせるとは。お前も悪知恵が働く様になったな」
「褒め言葉として取っておきます」
曹操がそう言うのを聞いた曹昂は嬉しくなさそうな顔をしていた。
「私としては、父上が天子のお子を殺すかも知れないと思い提案しただけですので」
と言いつつも、天子がこの提案に本当に乗るとは曹昂は思わなかった。
「はっ、鋭いな。出産した後は、死産と偽って殺すつもりであったのだが、読まれていたか」
曹操が肩を竦めながら言うのを聞いて、冗談ではなく本当にするつもりだったなと察する曹昂。
これは提案して良かったかもなと内心安堵する曹昂。
「それで、見せしめは何時頃するのですか?」
子についてこのまま話を続けても意味が無いので、曹昂は話を切り替えた。
「そうよな。まぁ、明日か明後日にでも宴を開いて、其処で吉平を痛めつけるのを見せつけてから、董承達を捕まえる予定だが」
「でしたら、こうするのは如何でしょうか?」
「何だ?」
「董承が持っている血詔を盗んで、それを宴の席で見せつけて偽造だと言うのです。さすれば、董承達は詔を偽造した国賊という事となります。ならば、三族を全て処刑しても誰も文句は言わないでしょう」
「ふっ、お前は時々、私よりも残酷な事を平然な顔で提案するな」
「そうでしょうか?」
曹操は残酷と言うが、曹昂からしたら、市場で首を斬った罪人を晒したり、牛裂きの刑を公開して多くの人に見せている方が残酷だと思っていた。
「まぁ良い。それでいくとしようか。私を逆賊にしたい董承達が、まさか自分達が逆賊になるとは夢にも思わんだろうからな。その時のあ奴等がどんな顔をするのか見ものだな」
「では、今夜にでも董承の屋敷に誰かを忍び込ませて、血詔と血判状を盗むようにと命じます」
「任せたぞ」
「はっ」
曹操の命に応えた曹昂は一礼しその場を後にした。