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其処まで言うのであれば

 丞相府を後にした曹昂は護衛の者達と共に許宮へと向かった。

 宮中の門に着くと、門を守る兵達は曹昂の顔を見るなり「どうぞ、お通り下さい」と何の用事で来たのか訊ねる事もせず、宮中へ入れてくれた。

 門を守る兵にも父の威光が届いているなと思いつつ、曹昂は兵の一人に大長秋を呼んで来る様に命じた。

 命じられた兵は一礼しその場を離れていくのを見届けると、曹昂は門を潜った。

 門を潜り、暫し待つ曹昂。

 やがて、兵がそれなりの年齢の官吏を速足で伴って来るのが見えた。

「…………お、お待たせいたしました」

 兵と共に一礼する官吏。

「貴方が大長秋か?」

「はい。左様にございます」

 官吏の返事を聞いた曹昂は連れて来た兵を見て顎でしゃくる。

 それを見て兵は自分の持ち場に戻って行った。

「急な呼び出しをして申し訳ない」

「いえ、それで陳留侯は本日は何用で参ったのですか?」

「暴室の準備と宦官を何人か貸して欲しい」

「はっ? 誰か問題でも?」

 暴室とは罪を犯した宮女が入る独房の事で、処分が決まるまで入る事もあれば、暴室で処刑される事もある。

 後宮の管理を取り仕切る宦官の最高位の職に就いている大長秋である自分の耳にそのような話は聞いていないので、意味が分からず訊ね返していた。

「ああ、これから董椿を其処に入れる」

「なっ⁉ その方は天子の貴人ではありませんか」

 貴人とは天子の側室でその地位は皇后に次ぐものであった。

 その地位の為か、貴妃と呼ばれる事もある。

「何故、董貴妃を暴室へ⁉」

「それはいずれ分かる。それよりも、早く準備を」

「……承知しました」

 曹昂が何も言わないのを見て、大長秋は問答しても無駄だと判断し曹昂の命令に従う事にした。

 大長秋は一礼し、その場を離れて暫くすると、数十人の宦官を連れて戻って来た。

「暴室の準備はもう少しで整います」

「ご苦労。では此処に董椿を連れて来るように」

 曹昂はそう告げた後、大長秋は一礼し、振り返り宦官達を見て付いて来る様に手で合図を送った。

 大長秋は宦官達を連れて宮中へと向かった。


 曹昂が献帝が居る部屋へと向かっている最中。

 当の献帝は後宮にある董椿の宮に伏皇后を伴ってやって来た。

 董椿のお腹はまだ目立つ程ではないが、少々お腹が大きくなっていた。

 後は子が産まれるのを待つだけであった。

 だが、今日の董椿は何処か落ち着かない様子であった。

「貴妃よ。今日は随分と落ち着かない様だな?」

 献帝が落ち着きを見せない董椿を心配そうに声を掛けた。

 伏皇后もそんな董椿の事を心配そうに見ていた。

「申し訳ありません。昨日、父の夢を見たのです」

 そう言った董椿は憂いを帯びた顔で顔を横に振った。

 董椿の言葉を聞いて、献帝は眉を曇らせた。

 董椿の父は董承なので、色々な意味でその身が案じられているからだ。

 其処に董椿お付きの侍女が声を掛けようとしたが、それを押しのけて誰かが部屋に入って来た。

 部屋に入って来たのは宦官達であった。

「無礼者⁉ 貴様等は誰の命令で入って来たのだ!」

 部屋に入って来た宦官達を一喝する献帝。

 だが、献帝が睨みつけても宦官達は怯える様子も、怖気づいている様子も無かった。

 そんな宦官達の後ろから、大長秋が出て来た。

「陛下。突然の来訪をお許しを」

「お前はっ、何故此処に来たのだ!」

「……ある方が董椿様を御呼びで、お連れする様に言われて参りました」

「妃をっ⁉ 何故だ⁉」

「私にも分かりません。ですが、逆らう事は出来ません。どうか、ご容赦を」

 そう言った大長秋は一礼した後、手を振って宦官達に命じた。

 宦官達は董椿の傍まで来ると、両腕を掴み無理矢理立たせて連れて行こうとした。

「あっ、ああっっっ、陛下、陛下。御助けをっ⁉」

「待て⁉ 誰の命令で連れて行くように言われたのだ⁉」

 董椿は哭きながら、献帝に助けを乞うた。

 献帝も誰の命令なのかと、怒りながら大長秋に訊ねた。

「……陛下の義兄上様にございます」

「なっ⁉」

 大長秋が誰の命令なのか告げると、献帝は言葉を詰まらせるしかなかった。 

 同時に、何の目的で董椿を連れて行くのか分かり、言葉を失っていた。

 献帝の反応から、これは大事だと分かった大長秋は献帝に何も尋ねずそのまま董椿を連れて行った。

 暫し、呆けていた献帝であったが、少しすると気を取り戻し慌てて大長秋達の後を付いて行った。

 伏皇后もその後を追い駆けた。


 董椿が来るまでの間、曹昂は無言で立ちながら待っていた。

 そうして、待っていると宦官に挟まれる様に連れて来られた董椿達が来た。

 それを見て曹昂はそちらに身体を向けた。

 やがて、曹昂の前に董椿が引き立てられ、地面に降ろされた。

「お初にお目に掛かる。私は曹昂。字を子脩と言い、陛下より陳留侯の爵位を賜った者です」

「・・・・・・」

 曹昂が一礼し名乗り上げたが、董椿は何も言わなかった。

 唇は震わせて、青ざめた顔をしているので、自分が呼び出された理由が分かったのか、何も答えられないと言うのが正しいとも言えた。

「突然此処に呼び出した理由はお分かりか?」

「・・・・・・(コクリ)」

 曹昂の問い掛けに、董椿は無言で頷いた。

 分かっているのであれば良いと判断し、曹昂は直ぐに大長秋に董椿を暴室に送る様に命じようとしたが。

「待て、待って下され。義兄上⁉」

 其処に駆けて来た献帝がやって来て、曹昂の元まで来るとその場で膝を付いて頼み込みだした。

 如何に名ばかりの存在とは言え、帝である献帝が臣下である曹昂に膝を付いて頼む姿に、その場に居た者達は言葉を失った。

 少し遅れて、伏皇后も着いたが、献帝が膝を着いて頼みこむ姿を見て絶句していた。

「義兄上。何故、貴妃を処罰するのだ。あの件が丞相に露見したのか?」

 例の件とは曹操暗殺の計画の事だ。

 だが、その件は曹昂が献帝に中止する様に脅した事で、献帝は董椿を通じて中止する様に命じた。

 理由は計画が曹操に近しい者に知られたので中止する様に伝えた。

 だが、この時、献帝は董承の元に連絡が届く前までに曹操の耳に入るかもしれないと思い、計画を知っているのは誰なのか伝えなかった。

 なので、董承達はその曹操の近しい者は誰なのか分からないが、曹操を殺せば何とかなると思い毒殺を計画したのであった。

「いえ、そうではありません。ですが、董承達が陛下の言葉に逆らい行動しました。故にこれは謀反にございます」

「な、なんと……」

 曹昂の口から出た言葉に、献帝は信じられないという顔をしていた。

 其処で、曹昂は微笑んだ。

「ですが、ご安心を。私が父を説得しまして、此度の謀反に係わった者達の一族と董承達の一族の者達は処刑ですが、董椿だけは子が生まれるまで暴室送りとなりました」

「そ、そうか・・・・・・」

 取り敢えず、董椿は子が生まれるまでは無事だと分かり安堵する献帝。

 そんな献帝に曹昂は近付き語り掛けた。

「ですが、子が生まれた後は母子共にどうなるか分かりませんので、其処はお覚悟を」

「なにっ⁉」

「母親は子が生まれた後は処刑は確実です。生まれた子は、正直な話どうなるか分かりません」

 奴隷として売られるのか又は密かに殺されて死産と偽るのか、それとも出産時にわざと治療の手順を誤らせて母子共に死亡させるのかは曹昂も分からなかった。

 曹操の事なので、禍根を断つ為であればこのぐらいはしてもおかしくないと予想できた。

 だが、これで生かしたままにすれば曹操の懸念通り、一族の仇を取ろうとすると思われた。

 とは言え、曹昂は流石に赤子を殺すのは気が引けた。

 なので、死産ではなくちゃんと生まれた場合、寺に預けて僧侶にしようと思っていた。

 そう告げないのは、もし献帝が生きている事を知れば権力を使って還俗させるかもしれないと思ったからだ。

 なので、最初から生まれても一目も見る事無いと言う事にしたのだ。

 献帝が黙り込んだので、曹昂は大長秋を見た。

 曹昂の視線を受けて、大長秋は頷いて宦官達に手で合図をすると、宦官達は董椿を連れて行った。

 大長秋と宦官達が後に付いて行くのを見送った曹昂は礼儀で献帝に一礼した後、その場を離れようとした。

 すると、曹昂の袖が何かに捕まれた。

 曹昂は足を止めると、献帝が袖を掴んでいた。

「……陛下。私も出来る限りの事はしました。ですが、これ以上は」

 曹昂は申し訳なさそうな顔で告げる。

「頼む。義兄上。どうか、子の命だけは助けてくれまいか。この通りだっ」

 献帝は目に涙を浮かべ懇願して来た。

「・・・・・・」

 献帝の顔を見て、これはどれだけ断っても聞き入れられないなと思う曹昂。

 何か体よく断る方法は無いかと考えた。

「・・・・・・では、私の提案を聞いて、受けるかどうか決めて下さい」

「提案とな」

「はい。…………」

 曹昂は誰にも訊かれない様に献帝にだけ聞こえる声量で話した。

「いや、それは・・・・・・」

「出来ないのであれば、諦めて下さい」

「・・・・・・分かった。その提案を受け入れよう」

 献帝が提案を受け入れると聞いた曹昂の方が慄いた。

 本当は体よく断るつもりであったからだ。

 とは言え、言ってしまった以上、そうするしかないなと曹昂は決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] さて、どんな提案なんだろう。 流れとしては生まれた子供をどう生かすか、そして献帝が了承すると思えなかった方法。 ふと思いついたのは生まれてすぐもしくは生まれる前に譲位していきなり赤子の皇帝…
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