流石にそれは可哀そうなので
夜の内に、曹昂の屋敷に駆け込んで来た秦吐は塀を飛び越えて、そのまま曹昂の部屋へと向かった。
自分の部屋に居た曹昂は各地に居る間者からの報告に目を通していた。
後少し報告書を見た後は寝ようと思っていた所に、秦吐が静かに入って来た。
「急報をご報告申し上げます」
「何かあったか?」
部屋に入って来た秦吐が跪き一礼した。
曹昂は報告書を丸めて、秦吐を見た。
「董承を治療していた吉平が董承の計画に加わりました。更に、丞相に毒を盛る模様です」
「…………」
秦吐の報告を聞いた曹昂は呆れたように溜め息を吐いた。
(はぁ、忠告はしたんだけどな……)
献帝を脅し、計画を中止する様に申したのに、どうして行うのか曹昂には分からなかった。
(部下の統率も出来ないのか。あの天子様は)
これは流石に見過ごせないなと思い、曹昂は秦吐を見る。
「明日。父上の屋敷に向かう。お前も付いて来い」
「はっ」
返事をした秦吐を下がらせ、曹昂はそのまま眠りについた。
翌日。
丞相府に向かう曹昂達。
門番に曹昂が会いに来た事を告げると、すんなりと通された。
廊下を歩き、曹操が居る部屋に辿り着いた。
「父上。おはようございます」
上座に座る曹操に曹昂は一礼した。
後ろに控えていた秦吐も深く頭を下げた。
「子脩か。何用か?」
曹操は息子が訪ねて来た理由が分からず、顎を撫でつつ訊ねた。
曹昂は答えなかったが、代わりとばかりに後ろに控えている秦吐を見た。
秦吐を見ながら頷くと、秦吐も頷き返すと袖の中に入れている二枚の紙を取り出した。
その二枚の紙を掲げたので、曹操は近くに居る使用人を顎でしゃくる。
使用人は秦吐の傍まで行くと、その二枚の紙を受け取り少し歩き曹操の下まで来ると、二枚の紙を曹操に渡した。
紙を渡された曹操は広げて、中を改めた。
「…………ぬっ」
中を一読した曹操は険しい顔をした。
そして、もう一枚の紙を改めた。
「……おのれっ⁉」
読み終えた曹操は持っている紙を床に叩き付けた。
「長安から逃げて来た所をお救いし、今日まで平穏に暮らす事が出来たのは誰のお陰だと思っているのだ! その恩を忘れるとはっ」
曹操の怒声が部屋中に響き渡った。
その大きな怒声に部屋に居る者達は身体を震わせた。
「それだけではありません。董承は吉平と結託し、父上を暗殺するつもりの様です」
「それは捨て置けんな。急ぎ、吉平を呼び捕らえねばならんな。そして、吉平の仲間達も捕まえるとしよう」
曹操は早速適当な理由で吉平を呼ぼうと手配しようとしたが、曹昂が止めた。
「お待ち下さい。父上。董承達を処刑する事には反対はしません。ですが、董椿が問題です」
「何が問題だ? 私を暗殺しようという者達の娘だぞ。如何に天子の子を孕んでいても、捨て置けば一族の仇を取ろうとするやもしれんぞ」
曹操は流石にそれは無理だと言うが、曹昂としてはまだ見ぬ姪か甥を殺されるのは見過ごす事が出来なかった。
「まだ、生まれても居ない子を殺すのはあまりに惨すぎます」
「愚か者っ!」
曹昂があまりに甘い事を言うので、曹操は一喝した。
「お前にとっては姪か甥かも知れんが、私にとっては将来一族の仇を取ろうとする者なのだぞ。そんな者を生かす必要など無いっ」
「・・・・・・どうかお願いです。別に董椿を処刑するなとは言いません。ですが、子供を産んでからでも良いと思います。どうか、お聞き届けをっ」
曹昂がその場で膝を着き、額が床に突かんばかりに下げた。
息子が懇願するのを見て曹操は唸った。
「……子を産んだ後は、母親は処刑する。それであれば、董椿の処刑は待ってやる」
「ありがとうございます・・・・・・」
曹操の妥協案に曹昂もそれが落とし所だなと思い頭を下げるだけであった。
「では、吉平を呼ぶとしようか」
曹操は使用人に吉平を呼ぶ様に命じた。
使用人は一礼しその場を後にした。
そして、曹操は準備をしだした。
曹昂も兵を動かす為に、その場を離れた。
部屋を後にした曹昂は廊下を歩きつつ、ある事を思い出した。
(・・・・・・そう言えば、生まれた子はどうするか言っていなかったな)
生まれた子をどうしようか考える曹昂。