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厄介者を追い払う事が出来た

 禰衡が太鼓を打つ吏員に選ばれてから数日程すると宴が開かれた。

 その宴に参加している楽寮の伶人や鼓手が列となり舞楽を演じた。

 多くの伶人、鼓手の中で禰衡が一番目立っていた。

 禰衡が鼓を打つと、その音節の妙と撥律の変動に宴に集まった人々の耳を楽しませ、感動させていた。

 その打法は『漁陽參撾』というものであった。

 禰衡が暫く鼓を打っていると、鼓の担当の役人が禰衡に打ち間違いを指摘した。

 太鼓打ちには間違えると退室して別室で服を着替えるという規定があった。

 宴に参加している者達は禰衡の噂を聞いているのか、どんな事をするのか興味津々で見ていた。

 好奇の視線を浴びている中で禰衡は平然とした顔で着ている服に手を掛けたが。

 何処からか強い視線を感じた。

 禰衡はその視線を辿って行くと、張昭が見ている事に気付いた。

 張昭が居るので、禰衡はその場で立ち上がり別室へと向かって行った。

 それを見て、皆規定に従っているのだと分かり、笑い出した。

 曹操も出て行く禰衡を見て、これならばこちらの言う事に従うだろうと思い、酒を飲みながら舞楽を楽しんでいた。


 宴が終わり、参加している者達の殆どが帰る中、曹操は上座に座りながら目の前にいる禰衡を見た。

「話との事で参りました」

「お主、劉表と交わりがあるそうだな?」

 曹操が尋ねると、禰衡が頷いた。

「如何にも多年の交わりがありますが・・・」

「では、荊州に赴き私の使いをしろ」

 曹操がそう命じると、禰衡は嫌そうな顔をしていた。

「御断りいたす」

「何故だ?」

「用向きを聞かずとも分かる。劉表に会い口説いて、丞相への降伏を誓わせろと言うのでしょう。何故、長年の友人を丞相の風下に立たせろと言うのです?」

「その方が其方と劉表の為になるからだ」

「左様ですか」

「もし、劉表を私の門に繋がせる事が出来たら、汝を公卿にしてやろう」

 曹操はそう言いつつも、内心で失敗したら死ぬだけだし、成功しても適当な閑職を与えて朝廷から遠ざけようと決めていた。

「それは面白き事ですな」

「では、直ぐに出立せよ。断ると言うのであれば」

 曹操は自分の側にいる張昭を見た。

 張昭は禰衡を睨みつけていた。

 まさか、断ると言わないだろうなと言ってるようであった。

 師である張昭の強い視線を浴びて、禰衡は断る事も出来ずその命令を引き受けた。

「良馬を与える。それに乗り荊州に行き、劉表に私に降伏する事の利得を説いて参れ」

「・・・・・・承知しました」

 曹操が命じると、禰衡は渋々という感じで返事をした。

 禰衡の返事を聞いた張昭は禰衡をじろりと睨みつけた。

 その視線を浴びて身体を震わせて頭を下げる禰衡。

 あれだけ、傍若無人な奴も師の前では大人しいのだなと思いながら曹操は二人を見ていた。

 

 翌日。

 曹操は禰衡が許昌の東門から出て行くので、百官は見送りの為に整列する様にと命じた。

 文武百官は整列する様に命じられたが、禰衡の言動で憤っており誰一人として真面目に見送ろうという者は居なかった。

 特に荀彧などは禰衡に言われた事を根に持っているのか、部下にある事を命じていた。

「皆の者。あの奇舌儒者が出て来ても、立つ事はない。あぐらを組んで座っているが良い」

 荀子の子孫である自分が弔問の使者に遣らせるのが良いと言われた事に怒っている様であった。

 荀彧の命令により、荀彧の部下達はあぐらをかいていた。

 朝早くから並んでいた為か、部下達は船を漕ぎ始めていた。

 暫くすると、馬に跨った禰衡はようやく東門から姿を見せた。

 門を潜り出て来る禰衡がのこのこと出てくると、百官達は皆あぐらをかいていた。

 百官達があぐらをかいているのを見た張昭は気持ちは分かるのか、溜め息を吐いた後口を閉ざし何も言わなかった。

 中には目を瞑っている者も居た。目を瞑っているが、皆本当に眠っている訳ではなかった。

 見送りに来た自分達が眠っているのを見た禰衡の反応を見ようと目を細めながら起きていた。

 百官の全員が狸寝入りしているのを見た禰衡は突如泣き始めた。

 見送る自分達が眠っているのを見て悲しんでいるのかと思い、皆笑っていた。

 荀彧も口元に笑みを浮かべつつ、禰衡に訊ねた。

「先生。何故、泣くのですか? 多くの者達が見送りに来たと言うのに」

「座している者は皆死人だ。だから、立つ事も出来ないのだ。そんな死人の中を行くのだ。どうして、悲しまずにいられようか・・・・・・」

 眠ったフリをしている皆に皮肉を言う禰衡。

 禰衡の言葉が聞こえたのか、皆は身体を震わせていた。

「ふん。これから、貴様が向かう場所を考えれば、死ぬかも知れぬのだ。説得に失敗して首を斬られるか、何の成果も無く帰って来て大恥を曝すか。どちらであろうな?」

 荀彧は禰衡は命を果たす事が出来ないだろうと言うが、禰衡は何も言わず馬を進ませていった。

 やがて、禰衡の姿が見えなくなると、皆憤りながら都の門を潜り抜けて行った。

 張昭だけは暫くの間、禰衡が進んでいった方向を見ていた。

 曹操は用心してか、何人かの兵に禰衡の後を追わせた。

 暫くすると、禰衡が荊州の州境を越えて襄陽に辿り着き、門を潜るのを確認したと報告が来た。

 その報告を聞いて曹操は安堵の息を吐いた。

 そして、気を紛らわせる為に宴を開こうとした。

「ああ、そうだ。ついでに関羽を呼ぶか」

 此処の所、酒を飲んでいない事を思い出した曹操は久しぶりに盃を交わそうと思い、人を遣り関羽を呼ぶ事にした。

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