劉表の対処
数日後。
許昌の丞相府。
夏候惇、荀彧と言った曹操配下の文武百官が朝議を行う為に集まっていた。
上座には曹操がおり、その曹操の前には着飾った宮臣が膝をついていた。
「そうか。劉表は我等と同盟を結ぶつもりはないか・・・」
「はっ。調べました所、袁紹の方と同盟を結ぶ事に決めたそうです」
宮臣の報告を聞いた曹操は無言で手を振り、宮臣を下がらせた。
宮臣が一礼し下がり、その場を離れて行くのを見送ると曹操は家臣達を見回した。
「皆の者。劉表は袁紹と同盟を結ぶ事となった。これは由々しき事ぞ」
曹操が告げると、荀彧が一礼し前に出た。
「丞相。申す通りです。袁紹と劉表が手を結ぶという事は、我等は前門の袁紹。後門に劉表という敵に挟まれるという事になります」
荀彧が困った事になったと言わんばかりに言うのを聞いて、他の家臣達はざわつきだした。
「しかし、荊州の南部四郡を支配している張羨は未だに劉表の統治を拒み反抗しているそうです。劉表も自分の足元で反抗している者が居れば、こちらに兵を向けるのは無理なのでは?」
程昱が今の劉表の状況を考えて意見を述べた。
それを聞くと、皆はそれもそうだなと頷いたが、荀攸が異議を唱えた。
「如何に交州州牧の士燮の支援を受けているとは言え、何時までも抵抗できるか分からない。そうなっても大丈夫な様に対策を練るべきだと思います」
荀攸の何が起こっても良い様に備えるべきという意見に、曹操も頷いた。
「そうだな。我等は南陽郡を手に入れはしたが、その分守る所が増えたという事だ。早急に南陽郡を治める者を用意するべきだな」
「それであれば、張繍をそのまま南陽郡の太守にするのが良いと思います」
郭嘉が誰も居ないのであれば、張繍を太守にするべきだと述べると、曹操は直ぐに返答せず考えた。
「いえ、張繍を南陽郡の太守にするのは反対です」
曹操が考えている所に、曹昂が口を挟んだ。
「張繍は我等に降伏したばかりです。其処にまがりなりにも治めていた南陽郡の太守になれば、増長し我等に反旗を翻すかもしれません」
「成程。若君は張繍はこのまま許昌で将軍として留めておくのが良いと?」
「そうです。南陽郡を治めるのは別の者でも良いでしょう」
曹昂がそう言った後、家臣の列の端に居る張繍をチラリと見た。
曹昂の視線を浴びて、張繍は身体を震わせた。
(この前、金を借りようとして指摘した事を根には持っていなさそうだな)
青い顔で震えている張繍を見て、曹昂はそう判断して、次に賈詡を見た。
口をきつく結び、何にも思っていない顔をしていた。
特に何の反応も示さないので、怒っているのか文句があるのか分からなかった。
「では、南陽郡の統治は誰かに任せるとしよう。問題の劉表だが」
「丞相。私めに提案がございますっ」
曹操がどうしようかと話そうとした所に、食い気味で声を上げる者が居た。
その声を聞いて曹操は一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、直ぐに真顔に戻った。
「何か案があるのか? 孔大夫よ」
声を上げた孔融に曹操が訊ねた。
この時期の孔融は太中大夫の職に就いていたので、大夫と呼ばれても問題無かった。
太中大夫は光禄勲に属する官吏で、顧問や応対を掌り、有事ではないときは詔令の使者を職務としている職であった。
「はい。一度断られたからといって、そのまま敵対するなど愚かな事です。もう一度使者を送り、我等と手を結ぶ事の利を説くべきです」
「ふむ。確かにそうだな」
偶にはまともな事を言うのだなと思いつつ頷く曹操。
「だが、一度断られたのだ。よほど弁舌に優れた者でなければその役は務まらぬな。お主は誰か心当たりがあるのか?」
「はい」
曹操の問い掛けに孔融は目をキラリと光らせた。
「私の友人で禰衡。字を正平と言い、才学高く博覧強記ですが、狷介な性格です。ですが、劉表とは長い付き合いだそうです」
「弁は立つのか?」
「巧妙にして、その舌峰は人を刺すが如く鋭いです」
「ふ~む。面白そうだ。此処に連れて参れ」
「はっ」
曹操は会う事を決めると、孔融は命令に応えた。
その後も、別の事で評議していた。そんな中で曹昂は。
(そろそろ来るか。さて、どんな才能を持っているのやら)
史実では人並外れた才能を持っていると言われているが、どれ程の者なのか知りたかったので、曹昂は禰衡に会える事をワクワクしていた。
本作では禰衡の事はねいこうと表記します