それはそれ。これはこれ
翌日。
曹昂は曹丕を伴い、曹操の下を訪れた。
「昨日の宴に出席できず、申し訳ありませんでした」
曹操の前に来ると、曹丕は頭を下げて謝罪した。
「調子が悪かったのであろう。無理をして出なくても問題は無い。だから、気にするな」
曹操も本当は曹丕が仮病で宴に参加しなかった事を知ってはいたが、従兄を殺されてまだ恨みが晴れていない曹丕の気持ちが分かっているのか、特に怒る事はなかった。
話すべき事は終えたので、そのまま辞そうとした所で使用人がやって来た。
「申し上げます、張繍将軍が面会を求めております」
「張繍が?」
曹操は何の用で来たのか分からず、曹昂を見た。
曹昂も張繍が何の用で来たのか分からないので、首を振った。
「・・・まぁ、話したい事があるのであろう。通せ」
曹操が使用人にそう命じると、使用人は一礼しその場を離れて行った。
使用人に連れられ、張繍がやって来た。
「突然訪ねて来た無礼をお許しを」
張繍は部屋に入って来るなり一礼した。
曹昂と曹丕の二人にも一礼して、張繍は咳払いをした。
「本日参ったのは、お頼みしたき事があり参りました」
「頼みたい事とな。何を頼みたいのだ?」
曹操が尋ねると、張繍は落ち着いた調子の声で語りだした。
「手前共は丞相と不幸な行き違いにより争う事となりましたが、丞相の温情により和解する事となりました」
張繍が本題に入らず前置きを語りだした。
その勿体ぶった話し方を聞いて、曹丕は聞いているだけで忌々しいという顔をしていた。
感情が顔に出てるぞという意味を込めて曹昂は曹丕の肩を叩いた。
曹丕が顔を曹昂の方に向けると、曹昂は小声で「冷静になれ」と囁いた。
それを聞いた曹丕は感情が顔に出ていると分かり、軽く頬をはたいた。
曹昂達のやり取りが見えていないのか、張繍はそのまま語り続けた。
「今日まで丞相と劉表と争ってまいりました。その所為で、戦で財を使い果たしてしまいました。其処でお願いいたします。どうか、この卑賎の身を援助をして頂きたく思い、伏してお願い申し上げます」
美辞麗句の言葉を並べていたが、結局の所金を貸してくれと言っていた。
張繍の言葉を聞いて、曹丕はカチンときていた。
「・・・・・・」
話を聞いた曹操は顎髭を撫でていた。
曹操としては別段、金を貸す事に特に問題は無いと思っていた。
張繍は部下なので特に問題無いと考えているからだ。
なので、貸してやろうと言おうと思いはするのだが。
曹昂と曹丕が凄い目力で張繍を睨んでいたからだ。
二人の視線を浴びて、張繍は全身から汗を噴き出していた。
「お前は私の従兄を殺したのに、どうして平気な顔で金を借りれるのだ?」
曹丕がそう言うと、曹昂もその言葉に続いた。
「少々、自分の立場と言うのが分かってない様だな」
「い、いえ、そういう訳では」
「我が配下の呂布は父と長年争っていましたが、最後には降伏したが、私にも父上にも金を借りるような事はしなかったぞ」
「兄上。この様な小物と呂布を一緒にしては呂布が可哀そうです」
曹昂が一例をあげると、曹丕は比較対象に差があり過ぎると言うと、曹昂は笑った。
「それもそうだな」
頷いた曹昂は張繍を見た。
「と言う訳で、暫くは自分の才覚で耐えて下さい。大丈夫です。父上に長く反抗して来たのですから、それぐらいは出来るでしょう?」
「あ、その・・・・・・」
「まぁ、出来ないと言うのであれば、その時は父上か誰かに金を借りれば良いでしょう。その時は張繍殿は領地を治める事が出来ない無能だという事を天下に知られるだけの事だ」
まがりなりにも南陽郡を治めていたと言うのに、財を貯える事が出来なかったという事は内政が下手であると言っている様なものであった。
無能とはっきりと言われた張繍は何も言えなかったのか黙り込んだ。
「し、失礼いたしました。この話は聞かなかった事にして頂きたく思います」
張繍はそう謝り、頭を下げて脱兎の如く部屋から出て行った。
張繍の背を見送ると、曹操は曹昂を見た。
「子脩。お前、曹浩の件は水に流したのではないのか?」
「ええ、父上。それは水に流しました。ですが、降伏するなり金を借りに来るという厚顔さに頭に来たので、少々身の程を分からせました」
「・・・・・・子脩よ。折角部下になった張繍を曹浩の件で嬲るでない」
曹操は曹昂の言動を窘めるが、曹昂は何とも思わない顔で述べた。
「良いではないですか。この件で奮起して功績を立てれば良し。もし、また父上を裏切る様な事をすれば、その時は容赦無く討ち取れば良いのです。賈詡が居ない張繍など簡単に討ち取れますよ」
「・・・・・・お前は時々、残酷な事を平然と言うな」
曹操は背筋を震わせながら言うと、曹昂は笑みを浮かべるだけであった。