そろそろ来るか
許昌の城内にある曹昂の屋敷。
屋敷内の一室で曹昂はある報告を受けていた。
「そうか。袁譚と袁尚の仲が悪くなっただけではなく、袁紹も袁譚と距離を取ったのか」
「はっ。可愛がっていた子を呪い殺したという噂を聞いて、袁譚の事が信用できなくなったようです。今は同母弟の袁尚を可愛がっていると、現地に居る間者からの報告です」
兵の報告を聞いた曹昂は計算通りと言わんばかりに笑った。
(まぁ、そうなる様に噂を流したんだけどね)
曹操が許昌に帰還する少し前に、袁買が病気で亡くなったという報告を受けていたので、曹昂は丁度良いとばかりに袁紹陣営の内側を崩す為の謀略に使わせて貰った。
袁譚が袁買を呪い殺したと噂で流したら、冀州に瞬く間に広がっていった。
「ふっ、子供を亡くしたばかりとは言え、世間の噂を信じるとは。よっぽど、その袁買を可愛がっていたんだな」
袁紹の子供達の中で利発で末頼もしいと袁紹に言われていたので、余程出来が良かったのだろうと思う曹昂。
曹昂の呟きを聞いた兵が、何か思い出したのかこうも報告してきた。
「実は、その袁買が亡くなった際に、ある噂が流れたそうです。袁紹の妻の劉氏が袁買を呪いで殺したと」
「ふ~ん。袁買は劉氏が産んだ子ではないんだ」
「調べました所、妾が産んだ子だそうです」
「……自分の腹を痛めて生んだ子ではないからと言って呪い殺すとは、人間的に問題があるな」
うちの母上とはえらい違いだと思う曹昂。
そう考えると、丁薔に感謝しないといけないなとも思った。
「報告は以上か? 下がれ」
「はっ」
曹昂が兵に下がる様に命じると、兵は一礼し部屋を出て行った。
「……今日は屋敷に来ていると言っていたな。顔を出すか」
曹昂がそう呟くと、部屋を出て離れへと向かった。
廊下を歩いていると、離れの方から姦しい声が聞こえて来た。
その声を聞いて曹昂はまだ居るかと思いつつ離れへと向かった。
離れに入り、少し歩くとある部屋の前に着いた。
部屋の前には呂布の娘である呂綺羅と呂玲月を含めた侍女達が居た。
呂綺羅達は直ぐに曹昂に気付き一礼すると、曹昂は手を振りながら部屋に近付き、そっと中を覗き込んだ。
「ふふふ、この子も元気ね」
「そうですね」
「義母上が来てくれた事で、この子達も喜んでいます」
「ええ、子供達も笑っております」
四人の女性達が楽しそうに会話をしていた。
其処に居るのは、董白、劉吉、袁玉そして丁薔の四人であった。
丁薔と劉吉と袁玉の腕の中には小さな赤ん坊が居た。
この子達は董白達が産んだ子達であった。
ちなみに、全員女の子であった。
一部の者達は残念そうな顔をしていたが、曹昂は母子共に健康であれば女子だろうと男子だろうと構わなかった。
四人が仲良くしているのを見て微笑んだ後、曹昂は部屋に入っていた。
「母上。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「ああ、子脩。ようやく来たのね」
曹昂が一礼しつつ、今まで仕事をしていたので顔を出す事が遅れた事を詫びた。
丁薔はようやく来た曹昂を見るなり、怒るよりも呆れていた。
「屋敷に戻ってまで仕事をする事もないでしょうに」
「申し訳ありません」
丁薔が仕事のし過ぎだと言うが、曹昂からしたらあまり人に知られたくない仕事をしているので、屋敷でする方が誰かに聞かれる事も無くなるので安全なのだが、丁薔からしたらそんな事は関係無かった。
丁薔が文句をつけてくるので、曹昂は謝っていた。其処に劉吉達が助け舟を出した。
「まぁ、義母上。その辺で」
「旦那様も抱いてみますか?」
袁玉は手の中に居る子供を見せながら言うので、曹昂はその子を受け取った。
腹違いの弟達を何度も抱いた事があった曹昂は慣れている為か、問題無く赤ん坊を優しく抱き締めながら、その子の顔を見た。
「・・・・・・温かいな」
手の中に居る小さな命の温かさを感じながら曹昂はしみじみと呟いた。
前世では味わう事が出来なかった、自分の子を抱く事が出来る幸福で目に嬉し涙が流れていた。
数日後。
張繍が麾下の兵を連れて許昌にやって来るという報告が曹操の下に齎された。
「思っていたよりも早かったな」
そう呟いた後、宴の準備をする様に命じた。
あまりに淡々と命じるので、家臣達は自分の甥を殺した者の為に宴を開く心境が分からなかった。
それは、曹操の息子で曹昂と共に従軍した曹丕も同じ気持ちであった。