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張繍降伏す

荊州南陽郡穣県。


 城内では丁度賈詡が曹操の派遣した劉曄と謁見していた。

「ご使者殿。本日はどの様な用件で参られた? 知っているかも知れんが、当方と曹操とは不倶戴天の敵。宣戦布告の使者は来る事はあっても、貴殿の様な特使が来られた事など無いのですが」

 賈詡は相手の腹を探る為にか、劉曄の少しの挙動も見逃さないとばかりにジッと見てきた。

 探るような視線を浴びながら劉曄は不敵に笑った。

「それは承知しております。ですが、我が主である曹丞相はそちらの張繍殿の事を高く評価しております」

 劉曄が張繍の事を称えるのを聞いて、賈詡は黙って聞きながら目で話の続きを促した。

「このまま、丞相と張繍殿が戦えばどちらが勝っても天下の損失となりましょう。そんな事をしても、喜ぶのは劉表や袁紹といった者達ですぞ。正に目も当てられないでしょう」

「確かにそうですな」

 賈詡は劉曄の言葉に同意する様に頷いた。

「其処でどうでしょう。此処は和睦をし、朝廷に帰順されるのは如何でしょう。さすれば、丞相も喜んで御二人を厚遇いたしますぞ。丞相は徳、仁、勇、どれをとっても漢の高祖の様な御方ですぞ」

「・・・・・・」

 劉曄の話を聞き終えた賈詡は黙り込んだ。

 今の朝廷は曹操が掌握している。

 即ち、朝廷に帰順するという事は曹操の部下になるという事と同意であった。

 賈詡としては何の問題も無かったが、張繍にその事を告げれば烈火の如く怒る姿が容易に想像できた。

(とは言え、このままでは立ち行かなくなるのは目に見えている。此処は説得するしかないな)

 幸い張繍は自分の意見を聞き入れてくれるので、何とかなるだろうと思う賈詡。

 其処に兵がやって来た。

「申し上げます。袁紹殿の使者が参りました」

 兵がそう告げるのを聞いた劉曄は顔を顰めた。

 まさか、同じ日に来ると思わなかったからだ。

「あの、賈詡殿。ご返事を」

 今の内に返事を聞いた方が良いと思った劉曄は訊ねると、賈詡は手で制した。

「まぁ悪い様にはしません。私めの屋敷でお待ちを」

 賈詡は手を叩いて、使用人を呼び劉曄を屋敷に連れて行くように命じた。

 劉曄は一礼し使用人の後に付いて行き部屋を出ていった。

 内心、不安で一杯であったが、いざとなれば自力で逃げ出そうと決めていた。


 賈詡は袁紹の使者を出迎えた後、張繍に取り次がせた。

 使者は張繍の勇猛さを称えながら、陣営に加わって曹操を打倒しようと持ち掛けてきた。

 話を聞いていた張繍は名門袁家に付いて行けば、将来は安堵できるだろうと思い、使者の話に乗ろうとしたが、賈詡が小声で話し掛けてきた。

「殿。曹操の使者も参りました」

「なにっ? その使者は何と?」

「朝廷に帰順すれば、厚遇すると申しております」

「ふんっ。曹操の使者の言葉など信じられるか。私は曹操の甥御を殺したのだぞ。一族の者を殺された曹操が許すと思うのか?」

「許すから、使者を送って来たのでしょう。さもなければ、使者など送ってきません」

「ふ~む」

 賈詡の推察を聞いた張繍は眉間に皺を寄せた。

 張繍が迷っていると見た賈詡は言葉を続けた。

「袁紹に付けば一~二年は安泰でしょうが、曹操に付けば栄耀栄華を極められますぞ」

「お主が其処まで言うとは……」

 信頼する参謀が力強く言うのを聞いて、張繍は袁紹よりも曹操に着いた方が良いと気持ちが傾いて来た。

「それに、袁紹は劉表と親しくしております。我等は劉表と敵対しております。同じ陣営に入ったとしても、親しい劉表と新参の我等。どちらの言葉に信を置きます?」

 賈詡の言葉を聞いて張繍は困った顔をしていた。

 現在、張繍が居る南陽郡は豊かとは言い難い土地であった。

 張繍が来る前、南陽郡は袁術が支配していた。

 袁術は自分の贅沢の為に重税を掛けていた。

 それにより、土地は荒れ果て多くの人が逃げ出していた。

 袁術が劉表との戦いに敗れ、逃亡した事で南陽郡がようやく劉表の支配下に入ったかと思われた所に、張繍の叔父張済が攻め込んで来た。

 その攻め込んで来た張済が流れ矢で戦死してしまい、後を継いだ張繍は勢力を纏めていた。

 最初、劉表は張繍の勢力を取り込もうと恩義を与える事にした。

 暫くすると、曹操が南陽郡に攻め込んで来た。

 張繍は撃退され、南陽郡北部は曹操の支配下に治まった。

 その後、張繍が曹操と戦い、支配下に治まっていた北部を奪い返した。

 一郡を支配下に治めた事で張繍は劉表から独立したが、劉表は激怒して兵を整えて戦を仕掛けた。

 張繍も持てる才と賈詡の智謀を全て使い撃退する事は出来たが、南陽郡が領地の広さに比べて税収が少なかった。

 今日まで何とかやりくりして来たがいずれは限界を迎えるのは自明の理であった。

 張繍は最初袁紹の家が名門なので、援助を見込んで陣営に入ろうとしたのだが、賈詡の話を聞いていると無理かも知れないと思った。

「・・・・・・曹操は我等を援助してくれるだろうか?」

「大丈夫でしょう。曹操は天子を擁しておりますし、時代の機運に添っております。加えて大きな志を持ち、良い政治を行っていますから。朝廷に帰順すれば悪い様にはしません。逆に袁紹は逆賊になったとは言え一族の袁術に左程力にならなかったのですぞ。親族に対して、その様な非情な事をするのです。援助など期待できません」

「・・・・・・お主が其処まで言うのであれば、そうかも知れんな」

 賈詡の話を聞いた張繍はもう曹操に降る事を決めた。

 其処で袁紹の使者を見た。

 張繍は目で、こやつはどうするべきか?と目で賈詡に訊ねた。

 賈詡は無言で頷いた後、手で合図を送る。

 すると、部屋に潜んでいた兵達が姿を見せて袁紹の使者を取り押さえた。

「な、何をなさる⁉」

「申し訳ない。我等は曹操に与する事に決めました。その為に曹操に手土産が欲しいのです」

 賈詡がそう言って、兵の一人を見た。

 その兵は腰に佩いている剣を抜いた。

 光に当たり輝く刀身を振りかぶる。

 使者が逃げない様に他の兵達はガッチリと取り押さえた。

「わ、わたしに、なにかあれば、わがあるじが、だまっておりませんぞっ」

「やれ」

「まっ」

 使者が怯えつつも張繍達を見たが、賈詡は冷徹な声で兵に命じた。

 兵は剣を振り下ろすと、使者の首を斬り落とした。

 

 翌日。

 賈詡は劉曄を伴い、張繍が居る部屋へ向かった。

 張繍の足元には、壺の様な物が置かれていた。

 劉曄はその壺を不審に思いながら、一礼する。

「劉曄。字を子揚と申します」

「おお、よくぞ来られた。使者殿」

 張繍が機嫌良さそうに挨拶してくるのを見て、劉曄はこれは賈詡が上手くやった様だなと推察した。

「張繍殿。袁紹の使者が来たと聞きました。どの様な返事をしたのでしょうか?」

「ああ、その者であれば」

 張繍は足元を見た。

「此処に居るぞ」

「・・・・・・はっ?」

 張繍の言葉を聞いて、劉曄は言葉の意味が分からず首を傾げた。

「我等は曹操殿の配下に加わると決めたのでな。忠誠を示す為に使者殿には手土産となって頂いた」

「・・・・・・我が殿はお喜びでしょう」

 張繍の話を聞いて、劉曄は壺に何が入っているのか分かり、曹操の命を全うする事が出来て安堵していた。

「では、私はその手土産を持って丞相の下に向かい、張繍殿が配下に加わる事を伝えに参ります」

「助かる。後日、曹丞相の下に向かうと伝えておいてくれ」

「承知しました」

 劉曄が一礼すると、賈詡は張繍の足元にある壺を持つと、劉曄の下まで持って来た。

 劉曄はその壺を受け取ると、一礼し部屋を出て行った。

 そして、劉曄はそのまま城を後にし、許昌への帰還の途に着いた。

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