同じ頃の袁紹陣営はというと
冀州魏郡鄴県。
県内にある城の一室で袁紹と田豊、沮授、郭図、許攸の四人がいた。
「許昌に居る密偵からの報告で、劉備の義弟の関羽が曹操の下に居る事が分かった。加えて、かなり厚遇されているそうだ」
袁紹が報告書として挙げられた竹簡を読みながら、四人に告げた。
話を聞いた四人は動揺していた。
「殿。これは困った事になりましたな」
「関羽と言えば、虎牢関の戦いで劉備、張飛と共に呂布と互角に渡り合い、我が軍の将である文醜を討ち取った豪傑ですぞ。その様な者が曹操の下に居るとなれば、我が軍の苦戦は必至です」
田豊と沮授の二人は苦々しい顔付きで告げた。
「その通りだ。曹操めは、我が軍の顔良を討ち取った事で意気も盛んだ。其処に関羽程の豪傑が加わるとなれば、我等が曹操に勝つのは難しいやもしれん」
袁紹も事態の重さに肩をこわばらせていた。
「しかし、殿。曹操の事ですから、関羽が行方不明な事を利用して、関羽に似た者を用意しただけやもしれませんぞ?」
許攸がそういう可能性もあるかもしれないと抑制の無い声で尋ねた。
許攸は袁紹と共に曹操と親しくしていたので、どんな性格なのか知っていた。
なので、そういう事も考えられると思い進言した。
「ぬうっ、曹操であれば有り得るな。すると、これは曹操の策か?」
「その可能性もあります。しかし、そうでない場合もあり得るかと」
許攸が曖昧な事を言うが、袁紹も関羽が曹操の下に居るのか分からず唸るしか出来なかった。
「ならば、いっその事、許昌に居る関羽に劉備に手紙を書かせればよいのでは? 義兄の劉備の手紙が届けば、関羽も我が方に参り、顔良と文醜と同様、いえ、それ以上の活躍をしてくれるでしょう」
田豊が許昌に居る関羽が偽物か本物なのか分からないのであれば、劉備の手紙を読ませれば良いと言うと、袁紹も名案とばかりに手を叩いた。
「それは良いな。では、早速、劉備を呼んで」
「お待ちを」
袁紹が話している最中に、食い気味で止める郭図。
「どうした。郭図?」
「関羽が参れば、我が軍の戦力は増すでしょう。しかし、同時に劉備の戦力が増すと言う事になります」
「郭図よ。何が言いたいのだ?」
劉備は袁紹の配下ではないので、関羽が袁紹の下に来たとしても、袁紹の部下になると言う事ではない。
だが、劉備が袁紹の下にいる以上、袁紹の為に働くだろうと予想できた。
「劉備は腹黒い梟雄にございます。関羽を自分の下に呼び寄せると、今度は自分の配下の者達を呼び寄せ自分の戦力を整え、独立を果たすかもしれません」
「独立だと? はははは、あやつは何処で独立を果たすと言うのだ?」
袁紹は郭図のあまりにも事が飛躍した話を聞いて、馬鹿げているとばかりに大笑いしだした。
「お忘れですか? 劉備は幽州出身です。加えて、公孫瓚と劉虞とも親しくしておりました。幽州に居る豪族達は未だに劉虞と公孫瓚を慕っている者はおります。もし、劉備が独立しようと思えば、簡単に出来ますぞ」
郭図の指摘に、笑っていた袁紹がスッと真顔になった。
「有り得ないとは言い切れんな・・・・・・」
現在幽州には次男の袁煕が赴いていた。袁紹は朝廷に奏上せず、勝手に刺史の職を与えて治めさせていた。
その袁煕が、多くの豪族達が自分の命に従わず困っているという報告が袁紹の下に齎されていた。
「ならば、此処は禍根を断つか?」
袁紹が暗に劉備を殺そうかと言うと、田豊達四人は首を振った。
「殿の下に参ってから、それなりの月日が経ちますが、劉備はこれと言って問題は起こしておりません」
「天子が系譜にて調べて直々に皇叔と呼ぶ者です。何の罪も犯していない者を殺したとなれば、民は不審に思います」
「加えて、劉備を殺したとなれば、関羽と張飛を含めた劉備の配下達が黙っておりません。もし、劉備を殺せば、列火の如く怒り、殿の首を必ず取ろうと思い、何を仕出かすか分かりません」
「自分達の手で敵討ちをすると言うのであれば、まだ良い方です。これで、もし曹操の配下に加われば目も当てられませんぞ」
「ええいっ、これでは何も出来ぬではないか⁉」
呼び寄せる事も駄目。劉備を殺せば敵になるかもしれないので駄目。
どちらも駄目だと分かり、袁紹は顔を赤くして言った。
「其処で、此処は関羽が戦場に出て来れば、劉備を処刑するという事にしましょう」
「うん?」
「曹操の事です。我等との戦いで関羽を戦場に出す事もあるでしょう。もし、出して来れば、敵と内通していたという罪で処刑するのです。さすれば、明確な罪を犯したという事で、民も不審に思う事も無いでしょう」
「ふむ。それは名案だな。それならば、問題無いな。くれぐれも、劉備に関羽が曹操の下に居る事を話すでないぞ。また、劉備の耳に入らない様にもするのだ」
「「「はっ」」」
袁紹の決断に四人は従った。
数刻後。
全ての仕事を終えた沮授は自分の屋敷に帰って来た。
酒でも飲んで疲れを取ろうと思っている所に、使用人が駆け寄って来た。
「ご主人様。御主人様宛に文が届きました」
「文? 誰からだ?」
使用人が持っている封に入った文を受け取ると、沮授はそのまま自分の部屋に向かい封を破き中に入っている文を取り出し広げた。
「・・・・・・これは⁉」
沮授はその文を広げると、書かれている内容を二度見した。
「・・・・・・何故、この様な文が届くのだ?」
文を読み終えた沮授は呆然と立ち尽くした。
文の最後の行には『曹操』と名が書かれていた。