人材は使いよう
曹操が都に帰還し、暫く経ったある日。
都にある曹昂が屋敷にある一室にて、曹昂は『三毒』のある報告を聞いていた。
「袁紹は最近、田豊と沮授の二人を疎み始めたとの事です」
「ふふふ、先の戦で大将の審配の命令に従わなかった二人に怒っている様だな」
これは何かに使えるかな?と思いながら、曹昂は他に報告は無いかと手で促した。
「・・・・・・最近、軍部の一部の将軍が不満を募らせているそうです」
すると、何か言い辛そうな顔をしながら報告する『三毒』の者。
「不満?」
曹昂は座っている椅子の肘掛けを指でトントンと叩きながら訊ねた。
「はっ。最近、丞相が関羽を偉く寵愛している事に不満を零しております」
「・・・・・・その不満を零しているのは誰か分かるか?」
「はっ。調べました所、猿臂将軍の蔡陽殿という事が分かりました」
「あの将軍か・・・・・・」
曹昂は溜め息を吐いた。
蔡陽は曹操が兗州の州牧になった頃から仕えている。
これといった功績も無いが、それなりに長く仕えているので曹操は温情で猿臂将軍の職を与えていた。
頑迷な性格なので、軍部内でもあまり人望が無かった。
「多分、降将が自分よりも寵愛されている事が気に食わないんだろうな」
「その通りです。また、丞相の関羽の寵愛も凄まじいです」
曹昂が恐らくこう思っているのだろうと言うと『三毒』の部下も肯定し、曹操が関羽の寵愛ぶりを例に挙げた。
「酒宴に招けば、金銀財宝といった贈り物を送る。朝廷に奏上し偏将軍の職を与え、ある時では着ている服がボロボロなのを見て、絹で作った着物を送るなど、食べた料理が美味しいので、酒と一緒に送るなど色々としておりますからね」
「まぁ、偏将軍の職を与えるのは良いけど、他はちょっと行き過ぎだな」
偏将軍は五品官に属する職で、独自に軍を指揮するというものではなく、他の指揮官の下で指揮をする将軍の一人というような役割なのだが、前漢の時代からある伝統的な将軍職であった。
将軍に昇進する際に多くの人物がまず最初に任命される職と言われている。
「あれ? そう言えば猿臂将軍って雑号将軍の一つだよな。品官はどの位であった?」
「確か五品官と聞いております」
雑号将軍は三品官から五品官までの多くの将軍職を総じて呼ぶ称号だ。
その為か、将軍に任命される際に称号が付けられる事があった。
「・・・・・・自分と同位の品官なのが気に入らなくて不満を零しているのかもしれないな」
曹昂がもしかしてと思い呟いたが『三毒』の者は何も言えなかった。
「まぁ良いか。ご苦労、下がれ」
流石にそれは無いかと思いながら曹昂は『三毒』の者を下がらせた。
一礼し部屋を出て行く『三毒』の者を見送ると、曹昂は背凭れに凭れながら考えた。
(まぁ、関羽を寵愛するのは良いんだ。それよりも、今は先の事を考えないとな)
曹昂からしたら、曹操が誰を寵愛しようと構わなかった。
それで戦に勝てるのであれば、好きなだけ寵愛して下さいと思う。
曹昂からしたら、そんな事よりも袁紹をどう対処するかの方が大事であった。
「……冬に入るから、戦をするよりも外交を行うべきか」
曹昂は進言しようと席を立った。
馬に跨り、父曹操が居る丞相府へと向かった。
相府の門前に着くと、見張の兵が曹昂に一礼した。
「若君。今日は何用で?」
「父上に話があり参った。おられるか?」
「はい。おられます」
見張りの兵の報告を聞いた曹昂は馬から降りて、手綱を預け相府の門を潜って行った。
門を潜り廊下を少し歩くと、曹操がある部屋に居るのを見つけた。
誰も側に置かず、中庭を見ながら手酌で酒を飲んでいた。
「御寛ぎ中、失礼いたします。父上」
部屋に入った曹昂は頭を下げつつ述べた。
「うん? 何か用か。子脩」
声を掛けられた事で曹操は酒を飲む手を止めずに、曹昂の方を見た。
「はっ。お伝えしたき事があり参りました」
「ほぅ? 何か報告すべき事があると?」
曹操は盃を置く事なく訊ねた。
「はい。父上が最近一部の将を寵愛し過ぎているので、一部の将軍が不満を零しているそうです」
「はっ、くだらん」
曹昂の報告を聞くなり、一笑に付す曹操。
「大方、関羽を目に掛けている事が気に入らない者達が言っているのだろう。捨てて置け」
「私はまだ一部の将としか申しておりませんが?」
相変わらず鋭いなと思いつつ、曹昂が述べた。
「私が最近、目を掛けているのは関羽しかおらんだろうが」
「まぁ、そうなんですけどね。一応そういう話が出たので、報告に参りました」
「そうか。お前は関羽を寵愛する事に不満は無いのか?」
一部とは言え、関羽を寵愛している事に不満を持っている者が居たので、息子の曹昂はどう思っているのだろうと思い訊ねる曹操。
「どうぞ。存分に目を掛けてやって下さい。さすれば、劉備の立場が厳しくなるでしょうから?」
曹操の問いに曹昂はもっと寵愛しろと言うと、曹操は首を傾げた。
「どういう意味だ? 今劉備は袁紹の下に居ると報告は聞いているが、関羽が居ると知れば、すぐにでも文を送って来るのではないのか?」
「文を送るにしても、袁紹に一言言わないといけません。勝手に送れば何か良からぬ事をするのでは?と思われますから。また、仮に申し出たとしても袁紹は許さないでしょう」
「何故だ?」
曹昂がそう言うのを聞いて、曹操は眉を寄せて険しい顔をする。
「袁紹からしたら、劉備は扱いに困る者だからです。袁紹が倒した公孫瓚と劉虞とも親しくしており、幽州にも顔が利く。下手な役職を与えれば、幽州の劉虞と親しくしていた豪族達が何をするか分かりません。かと言って殺せば、今度は劉備の家臣、特に義弟達である関羽と張飛が激怒して敵になります。今の袁紹の陣営には二人を相手に出来る豪傑は居ません。ですので、敵にする事はないでしょう」
「ふ~む。だが、袁紹が劉備に頼んで関羽を自分の下に来るように頼めばどうなる?」
「仮に呼んだとしても、劉備の戦力が増すだけであって、袁紹の戦力が増す訳ではありません」
此処が重要とばかりに強調して言う曹昂。
「? どういう意味だ?」
「関羽の義理堅さは天下広しと言えど、比肩出来る者は居ないでしょう。それ程義理堅い男が父上の恩義を忘れて戦う事が出来るでしょうか?」
「むぅ、あれ程の男であれば、手を抜くであろうな」
まだ部下にして日が浅いが、関羽がどんな性格なのかは分かっている曹操。
恐らく、手を抜くだろうと予想する曹操。
「しかし、袁紹からしたら、そんな戦い方をしたらこう思うでしょうね。『敵と内通しているのでは?』と」
「袁紹ならばそう思うかも知れんな。あいつは猜疑心が強いから」
「でしょうね。そういう訳で、関羽にたっぷりと恩義を掛けて下さい。そうすれば、袁紹の下に行く事になっても、戦意が落ちるでしょう」
「成程。それで目を掛けろと言うのだな」
曹昂の考えている事が分かり、曹操は納得したのか頷いた。
「はい。それに上手くいけば、袁紹が劉備を疑って殺すかも知れませんよ」
都には様々な勢力の密偵が居る。
その中には袁紹の密偵も存在する。
曹操と関羽が共に都に入ったと言う報告が袁紹の下に届けられてもおかしくはなかった。
「借刀殺人の計か。流石に袁紹も其処まで短気では・・・無いと思うがな」
長年友人であったので袁紹の性格を知っている曹操は有り得ないと言い切れなかった。
「まぁ、そうなれば良いか。それで、話は終わりか?」
「いえ、もう一つ。この冬の時期を使って勢力拡大を図りたいと思います」
「勢力拡大だと? 何処かに攻め込むのか?」
「いえ、此処は敵対勢力を取り込むのです」
「勢力を取り込む?」
曹操はどういう意味なのか曹昂に訊ねると、曹昂は策を語りだした。
それを聞いた曹操はその献策を採用し行動した。