これ以上の侵攻は無理か
黎陽陥落の知らせは直ぐに濮陽に居る曹操の下に届いた。
「はっはは、袁紹め。私を今まで舐めていた報いだ」
予想通り陥落出来た事が痛快なのか、曹操は豪快に笑っていた。
「良し、このまま北上し袁紹が居る鄴まで攻め込むとするか」
曹操は黎陽陥落の勢いに乗り、侵攻しようと言うが程昱が止めた。
「お待ち下さい。これより季節は冬になります。冬の行軍となれば、寒さにより兵の士気が落ちます。加えて、北上するとなると兵站の確保が難しくなります」
「うぅむ。北上は無理か」
「はい」
曹操が尋ねると、程昱は無理と言わんばかりに断言した。
「……仕方がない。許昌に帰還するしかないか」
「賢明な判断かと」
曹操が帰還すると聞いて程昱も同意した。
「黎陽に居る甘寧には黎陽を完全に破壊してから帰還しろと伝えておけ」
「御意」
「・・・・・・ふむ。しかし、河を渡らないで攻撃出来るというのは凄い事だな」
「ですな。流石は若君が作った物と言えますな」
曹操が『飛鳳』の性能を褒めると、程昱も同意する様に頷いた。
「まぁ、甘寧の部下に船に長けている者達が多かったのもあるだろうがな」
「ええ、夜半で明かりを灯さずに、対岸に渡るなど、船を熟知していない我等には到底無理ですな」
松明で大軍が攻め込んできたように見せたが、実際は千程度の兵しか居なかった。
それだけの兵に明かりも無く河を渡らせるなど、如何に曹操でも出来なかった。
曹操は陸での戦いには誰にも引けを取らないと断言できたが、船を使った戦に関しては知識すら無かった。
なので、明かりも無く河を渡るなど、まず出来なかった。
「益州の侠客と聞いていたが、思っていたよりも優秀だったようだな」
「何でも、若君が益州に赴いた時に部下に勧誘したとか。素晴らしい御仁ですな」
甘寧を部下に迎えた時、程昱はまだ曹操に仕えていなかったので、仕えた経緯を人伝でしか聞いていなかった。黎陽陥落の手腕を見て評価を改めた。
「うむ。水軍を作る事があったら、あやつに大都督を任せても良いかも知れんな」
「それは良き判断かと」
曹操が何となくそう言うと、程昱も特に反対する事無く良いのではと言う。
そんな事を話していると、二人の下に兵が参った。
「申し上げます。許昌より伝令が参りました」
「ふむ。通せ」
許昌から来た伝令と聞いた曹操は、伝令を通すように命じると、兵は一礼しその場を離れた。
少しすると兵は伝令を連れて戻って来た。
二人は曹操達に前に出ると一礼した。
「ご苦労。下がって良いぞ」
「はっ」
曹操が労うと兵は下がって行った。
「許昌より伝令と聞いたが、何の用だ?」
「詳しくはこちらに」
伝令はそう言って、懐から封に入った文を取り出して掲げた。
曹操は程昱を顎でしゃくると、程昱がその文を受け取り封を解き、中に入っている文を出して、曹操に渡した。
その文を受け取った曹操は広げて内容に目を通した。
「ほぅ、子脩は徐州を完全に掌握したか。関羽を連れて許昌へ先に帰還するそうだ」
「それは重畳ですな」
程昱は徐州をまた手に入れる事が出来た事と、義理の息子が手柄を立てた事に喜んでいた。
「関羽を配下に加える事が出来たか。うむうむ、良く私の命に応えたな」
流石は我が息子と言わんばかりに顔を緩ませる曹操。
「丞相は随分と関羽にご執心ですな」
程昱は気になっているのか訊ねた。
「ははは、あやつの武勇は呂布にも勝るとも劣らないからな。虎牢関での戦いを見た時から、部下にしたいと思っていたのだ」
「長年の思いが叶って良かったですな」
「うむ。河の警戒に少し兵を残して許昌に帰還するぞ」
「はっ」
もう、これ以上の侵攻も無理だと分かったので曹操は許昌に帰還すると告げた。
程昱は一礼しのその準備に取り掛かった。
曹操が許昌に帰還準備をしている頃。
曹昂は許昌近くまで来ていた。
もう見える所まで来たので、安心したのか曹昂は息を吐いていた。
徐州の事は取り敢えず陳登に任せ、関羽を連れて許昌に帰還する事にした。
跨った馬に揺られながら曹昂は少し後ろに居る関羽を肩越しに見た。
関羽の後ろには傘が付けられた馬車が付いて来ていた。
関羽はその馬車にピッタリと張り付き、周囲を警戒していた。
「劉備の奥方達を守る様に命じられているとはいえ、あそこまでピッタリと張り付くとか、余程私達を警戒しているのか。それとも、劉備の命令に忠実に従っている律儀者のどちらなのだろうか?」
曹昂が傍にいる劉巴に訊ねると、劉巴も少し関羽を観察した後、恐らくだろうと前置きしてから私見を述べ出した。
「我らの警戒半分、劉備の命令に従っている半分だと思います」
「降伏したと言うのに、其処まで警戒しなくても良いと思うが」
「関羽からしたら、我等は敵だったのです。警戒するなと言われても無理だと思います。丞相に会うまで、まだ安心できないと思っているのだと思いますよ」
用心深いなと思いつつ、そういう所を見込んで父は部下にしたいと言ったのかもなと思う曹昂。
許昌の城門まで来ると、出迎えの者達が控えていた。
先触れを出していたので、特に問題無かった。
曹昂は軍の足を止めさせてから、自分と護衛の兵と共に出迎えの者達の下まで来た。
出迎えに出たのは一人は荀彧であったが、もう一人の男性は見慣れない顔であった。
年齢は四十代で柔和そうな顔立ちで、顔全体を覆うように髭を生やしていた。
身長は七尺五寸程であった。
その男性を見た曹昂は何故か親近感を感じた。
(初めて会う人だよな?)
そう思いながら、曹昂は馬から降りて荀彧達に一礼する。
「先生。ただいま戻りました」
「御無事の御帰還。嬉しく思います」
曹昂が一礼すると、荀彧も返礼した。
「劉備は取り逃がしましたが、徐州全郡は我等の支配下に戻りました」
「喜ばしい事です。丞相にも文を送りましたので、今頃お喜びでしょう」
「だと良いのですが・・・・・・」
曹昂は荀彧と話していると、横目で隣に居る男性を見た。
曹昂の視線を感じたのか、その男性は苦笑いしていた。
「子脩様にお目にかかれて嬉しく思います。私は劉馥。字を元穎と申します」
「これはご丁寧に・・・・・・えっ?」
その名前を聞いた曹昂は目を剥いていた。
(劉馥って、僕の生みの母の弟って人じゃないかっ⁉)
意外な所で親戚に会う事が出来たので曹昂は慄いてた。