技術は日々進歩する
三千の騎兵を率いて追撃する顔良。
竜騎兵団が逃げた方向に駆けて行くこと数刻。
何とか、竜騎兵団の後背を見る事が出来た。
何故見つける事ができたのかと言うと、竜騎兵団の鞍に紐が結ばれていて、その紐の先に木材が括りつけられていた。
その木材により砂塵が舞い上がっていた。
攻城の準備をしていた顔良軍を攻撃する際に舞い上がった砂塵はこの木材により舞い上がったのだと推測できた。
(襲撃した時の数を誤魔化す為であろうな。だが、それにより逃げる方向が私に知られるとは愚かな)
敵の行動の愚策を嗤う顔良。
一頻り笑った顏良は得物を掲げ叫んだ。
「見よ! 敵の騎兵部隊だ! 追い駆けよ! 我等に攻撃した報いを受けさせてやれ!」
「「「おおおおおっっっ‼‼‼」」」
顏良が先頭を駆けると騎兵達もその後を追い駆けた。
追い駆ける顔良軍の馬蹄が大地を揺るがした。
喚声と馬蹄の音が聞こえている筈なのに、竜騎兵団の者達は驚く事も慌てる事も無く駆けていた。
砂塵が舞い上がっているので、竜騎兵団が駆けている先に何が居るのか分からないが少しずつだが距離を詰めている事は分かっている顔良。
そうして、後少しで追いつく所まで来た顔良軍。
このまま追い駆ければ攻撃できるという所で、砂塵の向こう側から矢が飛んで来た。
「なにっ⁉」
突然、飛んで来た矢に驚く顔良だが手が反応して得物を叩き落とした。
顏良は叩き落とせたが、後ろに居る兵達は矢が当たり落馬するか慌てて馬を止めて矢を躱すが馬が驚いて暴れるので落ちない様に踏ん張ったりしていた。
それでも何人かの兵は落馬して踏まれていた。
矢が飛んで来た事で足を止める顔良軍。
その隙にとばかりに竜騎兵団は足を止める事無く駆けて行った。
「どう、どうどう。一体、何が・・・・・・・なあああっ⁉」
矢が飛んで来た事に驚く馬を落ち着かせる顔良。
砂塵の向こうに何が居るのか目をこらした。
そして、その眼に映ったものを見て声を挙げて驚いていた。
砂塵の先から見えたものは、動物の様な顔をしている物であった。
それがゆっくりとだが進んで来た。
ゆっくりとだが進んで来た物が砂塵から姿を見せた。
それは虎であった。
顏良はそれを見るなり、直ぐに何なのか分かった。
「なぁっ、これは『帝虎』ではないか⁉」
顏良がそう叫ぶと兵達も怯えた顔をしだした。
「で、出た⁉」
「本当に虎だ‼」
顏良が率いて来た殆どの兵が初めて『帝虎』を見た。
噂で聞いてはいたが、此処までの物だとは想像すらしなかった。
その虎の形をした物の背には弩に設置されている台座が置かれており、兵が数人いた。
更には尻尾の部分には円筒の様な者が出ており、其処から黒い煙が吐き出されていた。
砂塵から出て来た『帝虎』の数は数十台であった。
「放て‼」
虎の張りぼての背にある台座に居る兵が声を掛けると同時に台座に弩に矢を番えて放った。
放たれた矢は簡単に鎧を貫き兵達だけではなく馬も撃ち殺していた。
それだけではなく、虎の口からは火炎が放射され、人も馬も火達磨にしていった。
「ぎゃああああ‼」
「あちいいいい、熱いいい‼」
「あ、あああ」
矢と火炎攻撃により顔良軍の兵達は戦意が落ちて行った。
「っち、曹昂が徐州征伐に赴いたと聞いたから一緒に行ったかと思ったが、よもやこの様な場所に居るとは」
顏良は想定外とばかりに舌打ちする。
もう既に兵の士気が落ちていると見て取った顔良は撤退する事に決めた。
退けと命じる前に『帝虎』の後ろに隠れていた騎兵が左右に分かれて顔良軍を攻撃しだした。
「放て‼ 放て‼ この地に攻め込んで来た愚かさを思い知らせてやれ!」
呂範が乗っている『帝虎』の台座から剣を掲げて命じた。
その命令に従い左右の竜騎兵団の火槍が文字通り火を吹いた。
轟音と共に放たれる刀身が顔良軍に襲い掛かる。
三方から攻撃されている顔良軍は混乱状態となった。顔良は喉が枯れそうな程に大声を挙げるが、火槍の轟音に掻き消され、轟音により混乱している兵達は聞く耳を持たなかった。
そんな中で『帝虎』の台座に居る呂範が混乱状態となっている顔良軍の中から顔良を見つけた。
「むっ、あれはこの軍の将と見た」
鎧の見事さからそう見た呂範は台座に設置されている弩を手に取り構え、狙いをつけると引き金を引いた。
弓弦が音を立てると共に放たれた矢は狙い違わず顔良の頭に当たった。
矢は兜を貫き頭に突き刺さった。
顏良は血を流しながら落馬した。
「ああ、将軍‼」
「将軍が討たれた‼」
「逃げろ⁉」
顏良が討たれたのを見た兵達は混乱に拍車が掛かった。
後方が空いているので、其処から逃げだす顔良軍の兵達。
「良し。騎兵部隊。追撃せよ‼」
呂範は予備兵力として控えていた騎兵二千を投入した。
命を受けた騎兵部隊は逃げる顔良軍の兵の背を追い駆けて斬り倒していった。
騎兵部隊が追撃するのを見た呂範は息を吐いた。
「これで敵の先鋒に一撃を与える事が出来たな。後は大殿が来るまで、城で待つだけか」
そう思うと気が楽になる呂範。
「……しかし、凄いものだな。この『帝虎』というのは」
呂範は改めて今、自分が乗っている物を見て感心していた。
虎を模した兵器と聞いていたが、その姿を見ただけで顔良軍の士気が落ちたのが見て分かった。
「しかも、動力が人力ではないときたから驚きだ」
呂範は後ろに見える円筒の様な物を見ていた。
「まさか、熱い風の気(蒸気)でこれほど大きな物を動かす事が出来るとは」
留守を預かる際に曹昂から『帝虎』についての説明を聞いた。
その際にあの円筒の様な物は何の為についているのか訊ねた。
『あれは、熱い風の気(蒸気)の力を生み出す為に物を燃やす際に発生する黒煙を排気する為の物さ』
その後で『帝虎』には蒸気機関が付いていると色々と教えてくれたが、呂範からしたら分かった事は一つだけであった。
この『帝虎』は人力を使わないで動かす事が出来るという事だけであった。