伊達に年を取っていない
袁紹が曹操と戦をする事を決め、兵の編成をしている頃。
曹操の下にも袁紹が軍備を増強しているという報告が齎された。
「袁紹め。どうやら、私と戦うつもりのようだな」
丁度、張遼に兵を与えて曹昂への援軍に出した所でその報告を聞いた曹操。
居並ぶ家臣達も袁紹が攻め込んでくると聞いてざわつきだした。
「皆に訊く。袁紹と和睦するべきか? それとも戦うべきか?」
曹操が家臣達に訊ねると、家臣の列から孔融が前に出た。
「丞相。袁紹の勢力は強大です。また、配下にも名将謀臣が多数おります。此処は和議を結び戦を避けるべきです」
孔融がそう言うと、自分の派閥の者達も追従する様に口々に「どうか、和睦を」と言い出した。
「否‼ 此処は戦うべきです‼」
孔融の反対の意見を言い出したので、皆誰なのか顔を向けた。
其処に居たのは荀彧であった。
「荀彧殿。何故、その様な事を言われるのだ? 袁紹は四世三公を出した名門の袁家の当主です。それだけ十分に脅威と言えますぞ」
「ははは、袁紹と和睦とは、貴殿は虚名に惑わされる人の様だな」
孔融の弁を聞いた荀彧が笑いながら云った。
荀彧がそう述べるのを聞いて孔融は内心でムッとしつつ訊ねて来た。
「荀彧殿。何故、その様な事を言うのです。袁紹が治める領地は冀州、并州、青州、幽州の四つ。対して、丞相が支配下に治めているのは兗州、豫洲と揚州の一部のみ。治めている領地の広さから負けております。領地が広いという事は、動員できる兵も我等よりも多いのですぞ。数の上で負けております。此処は和睦を結び、然る後に戦うのが良いと愚考します」
孔融が語るのを終えると、荀彧はやおらに語った。
「貴殿は袁紹という人物を外側しか見ていない。袁紹という男は優柔不断で度量も無い者だ。配下の者達にしても、優れた才を持つものの、何かしら問題を持っている者達ばかりだ。その様な主と臣下しか居ない軍などに和議を求めたら、一生後悔する事になりましょうぞ」
荀彧と孔融の意見を聞いた曹操は目を瞑り黙っていた。
そして、目をカッと開いた後決断した。
「決めたぞ。私は戦うぞ‼ 皆も戦の準備をせよ‼」
曹操がそう決めると、家臣達は一礼しその命令に従った。
孔融と一部の家臣達は不服そうな顔をしていたが、丞相の命令という事で従う事にした。
戦の準備をしている最中、袁紹軍十万が黎陽に到達し、先鋒の顔良率いる一万が河を渡り兗州に侵入したという報が齎された。
「思っていたよりも早いな。顔良の侵攻進路はどうなっている?」
「はっ。河を渡った顔良軍は東郡のどの県も攻撃せず南下し、済陰郡に入ると思われます」
兵の報告を聞いた曹操は兗州の地図を広げた。
そして、顔良の侵攻進路を見ていると、ある事を思い出した。
「……程昱は何処におる?」
曹昂が陳留侯になると同時に程昱も東中郎将兼済陰郡太守となった。
曹昂が徐州遠征に向かったので、留守を預かる様に済陰郡に赴いた程昱。
その頼れる謀臣が済陰郡の何処にいるのかと思い訊ねた曹操。
「ええっと、文によりますと鄄城県に居るとの事です」
荀彧が文の内容を思い返しながら伝えた。
「なっ、その県は顔良の侵攻進路上にある県ではないかっ。兵の数は?」
「およそ数百です」
兵数を聞いた曹操は直ぐに人を遣って、援軍を送るからそれまで耐えろという文を送った。
そして、曹操は二千の兵を編制し増援に送ろうとした所で、程昱からの文が届いた。
『援軍不要』
文にはその一文しか書かれていなかった。
「どういう事だ。これは⁉」
「分かりません。ですが、程昱殿にも何か考えがあるのでしょう」
曹操が文を読むなり荀彧に訊ねると、荀彧も程昱の真意が分からずそう答えるしかなかった。
「ええいっ、仕方がない。此処は程昱に任せるとしよう」
曹操としても増援の兵を鄄城県に送るよりも、袁紹軍を迎え撃つ為の兵に組み込む方が良いので、程昱の判断に任せる事にした。
数日後。
「申し上げます。顔良軍が鄄城県に到達しましたが、特に攻撃する事無くそのまま通過いたしました」
「なに? 通過した?」
「はっ。城は一切被害が出ていないそうです」
「そうか…………」
報告を聞いた曹操は背凭れに凭れながら、深く息を吐いた。
「……しかし、程昱の奴はどの様な方法で攻撃を避けたのだ?」
「私も分かりません。本人が此方に戻ってきた時に訊ねたら良いと思います」
「そうよな。しかし、程昱の度胸は凄いものだ。古の孟賁と夏育の二人すら凌ぐであろうな」
曹操は程昱の肝の太さを称賛した。
この曹操が言う孟賁と夏育とは、戦国時代の秦の武王に仕えた大力無双の勇士の名であった。
二人共怪力と勇気があることで有名であった。
その数日後に曹操は二十万の兵を集める事が出来た。
曹操は二十万の兵を率いて許昌を発った。