閑話 ??の婚姻
本作では夏侯楙の生年は179年とします。
劉備が許昌に居た頃のとある日。
曹操は曹丕を呼び出した。
「父上。お呼びとの事で参りました」
部屋に通された曹丕は曹操に一礼する。
「来たか。お前に聞いておきたい事があってな」
「何でしょうか?」
兄の曹昂ではなく、自分に話すという事に曹丕はどんな事を言われるのだろうと思いながら、曹操の言葉を待った。
「お前の姉達についてだ」
「……姉上達がどうかしたのですか?」
曹丕には腹違いの姉が二人いた。
一人は曹昂と同母妹の曹清。
もう一人は異母姉の曹安の二人であった。
「二人共、良い歳だ。そろそろ、誰かと婚姻させても良いと思うのだ」
「それは……」
曹操がそう言うのを聞いて、曹丕は何とも言えない顔をしていた。
この時代の女性の婚姻の年齢は二十代前後、早ければ十代後半で婚姻する。
曹清は今年で二十歳となったので、婚姻しても問題ない年齢と言えた。
(姉上達が婚姻か。年齢的にしてもおかしくないんだけど、……ちょっと嫌だな)
曹丕は幼い頃から曹清に可愛がってもらっていたので敬愛していた。
もう一人の姉の曹安とは実家が学者であったからか、文学についての話が合うので慕っていた。
慕っている姉達が嫁に行くと思うと、嫌だなと思ってしまう自分。
(我儘なのは分かっているけど、どうしても嫌だと思ってしまうな)
せめて、嫁ぎ先には口出したいと思う曹丕。
「それで、嫁ぎ先は見つかったのですか?」
「うむ。曹安の方は荀彧の長男の荀惲だ。歳も今年で十九歳となる。釣り合いが取れるだろう」
「ああ、荀彧様の御子息ですか。何度か会った事があります」
荀子の子孫の為か、孔融ほどではないが士人や学者達を招いて、文学について話し合う事があった。
曹丕も何度かその場に赴いた事があった。
その際に荀惲と会い、何度か話した事があった。
荀彧にも劣らぬ美形であり、深い見識を持っていた。
(あの者なら安姉上が嫁いでも問題無いな)
そう思い異議を唱える事はしなかった。
「それで、清姉上は誰に嫁ぐのですか?」
「ああ、私の親友の丁沖の息子の丁儀にしようと思う」
「えっ⁉」
曹操が上げた名前を聞いて、曹丕は嫌そうな顔をしていた。
兄の曹昂と年齢もそう変わらない従兄である丁儀。
文才に優れており、士人達の中でも名が通っており人望がある人物であった。
一応親戚なので何度も顔を合わせている。
曹丕もその文才は認めているが、容姿が斜視(片方の目は視線が正しく目標とする方向に向いているが、もう片方の目が内側や外側、或いは上や下に向いている状態)であった。
この時代では斜視は醜い容姿に分類されていた。
(そんな男に姉上を嫁にやれるかっ⁉)
曹丕はそう思い異議を唱えた。
「姉上にあの様な醜い男の妻になっては気の毒です、もっと別な男が良いと思います」
「そうか。しかし、中々優れた才を持っているそうだぞ」
「そうかも知れません。ですが、優れた才を持っている者など探せば幾らでもおります。如何に才が優れていようと、容姿が醜い者に姉上を嫁がせる事はありません!」
「ふ~む。そうか。では、誰が良いと思う?」
「そうですね。夏候惇殿の次男の夏侯楙殿は如何でしょうか? 中々に優れた才があり家柄は問題無いかと思います」
「夏候惇の次男か。ふ~む、一考しておこう」
曹操は曹丕に下がる様に命じた。
部屋を出た曹丕はその足で曹清の部屋に赴いた。
「へぇ~、私と曹安に縁談の話が来ているの」
曹丕の話を聞いた曹清は自分の事なのに、特に反応を示さなかった。
「姉上。御自分の一生の事なのですよ。どうして、そんな冷静なのです?」
むしろ、話を聞いた曹丕の方が驚いていたのだ。
「年齢的にそろそろ嫁ぐ頃だから、その内話が来ると思っていたから動じる事はないわ」
そう言って曹清は茶を飲んだ。
「ですので、弟として少々口を出してきました」
「そうなの。ご苦労な事ね」
曹丕は頑張ったと言いたげに胸を張るが、曹清は面白そうに笑った。
「でも、丁儀従兄さんか。夏侯楙か。まぁ、私はどちらかと言えば、丁儀従兄さんの方が良いわね」
「何故です?」
醜い容姿の男と容姿が立派な男ならば、普通は立派な方を取る。
だが、曹清は逆の方が良いと言うので曹丕はその意味を訊ねた。
「だって、夏侯楙は気位が高くて、生まれが名門夏候家の出と言うのをひけらかすから、私は好きになれないわ」
「むぅ・・・・・確かに」
夏侯楙と曹丕は歳が八つ離れているが、幼い頃から良く遊んだので幼馴染と言えた。
そんな関係なので、姉の婚姻相手に選んだというのもあった。
(言われてみると、ケチで気位が高いところがあったな)
思い返すとそういう場面をよく見たなと思う曹丕。
「ですが、醜い容姿の男に嫁ぐより良いと思います」
「平和な時代なら良いと思うけど、天下が乱れている時代で家柄をひけらかす男なんて、碌な男じゃないわ。そんな奴は駄目に決まっているわよ」
「はぁ、そうですか」
「まぁ、父上も丕の意見だけで嫁ぎ先を決める事はないでしょう」
曹清はそう言って曹丕を手招きした。
曹丕は曹清の側に行くと、曹清は曹丕の頭を撫でた。
「こうして、頭を撫でる事もその内出来なくなると思うと、少しだけ寂しいわ」
「はい。僕もそう思います」
頭を撫でられている曹丕も曹清の言葉に同意した。
曹丕がそう言うのを聞いて、曹清は笑みを浮かべながら曹丕の頭を撫でる手に力を込めた。
後日。
曹操は曹昂の意見を聞く為呼び出した。
呼び出された曹昂は話を聞くなり。
「まずは、二人と対面し話を聞いてから、どちらがより相応しいか選べば良いと思います」
曹昂の意見に曹操もその通りだと思い、二人を別々の日に呼んで対面し話をした。
結果、丁儀が娘婿に相応しいと判断した。
逆に夏侯楙と対面し話をし終えると、
「息子が誤らせるところを、息子が正した」
と後にそう零した。
この話で第9章は終わりです。
第10章は数日開けてから開始します。