制圧は順調
劉備達が陳登達と袂を分かち、彭城を後にしてから数日後。
曹昂率いる六万の姿が見えた。
陳登と陳珪は既に降伏する事を決めていたので、軍の姿を見るなり直ぐに白旗を掲げ城門を開いた。
白旗を掲げるのを見た曹昂は劉備と袂を分かったと判断し、警戒する事なく城内へと入って行った。
城内に入り、そのまま内城にある大広間へと家臣の者達と向かう曹昂。
ちなみに、趙雲も曹昂の護衛をする兵としてその場に居た。
上座に座り少しすると、陳登と陳珪親子が姿を見せた。
二人はそのまま歩き、曹昂の前まで来ると膝をついた。
「降伏を受け入れて下さり感謝いたします」
陳登が頭を下げながら礼を述べる。
「ふん。今まで劉備に何かと力になっていたというのに、此処に来て裏切るとは面の皮が厚い事だな。陳登よ」
降伏する陳登を見るなり、侮蔑する呂布。
呂布としては信頼し重用していたのに裏切られたので、思った事を口にした様だ。
陳登としても何も言う事が出来なかった。
「おい、陳珪よ。状況次第でコロコロと主を変えるとは、お前は私よりも卑劣漢のようだな。その血を引いている息子も同様なのは仕方が無いな。はははははっ」
呂布は二人を嘲笑するが、陳親子は何も言い返す事は無かった。
他の者達も侮蔑とまではいかないが、流石に軽蔑した眼差しで陳親子を見ていた。
あまり、虐めては可哀そうだと思い曹昂は口を開いた。
「陳登。陳珪。二人は何か言う事はあるか?」
「いえ、ありません」
「此処に至っては、我らの命で城内に居る者達の命を助けてほしいと願うばかりにございます」
陳親子としては首を斬られる覚悟は出来ていると分かり曹昂は頷いた。
(陳家は徐州でも名家と聞いているからな。此処で殺せば、無用な混乱を生むかもな)
そう思い曹昂は近くに居る劉巴を見て手招きする。
劉巴は曹昂の下まで来ると、顔を近付けた。
「陳親子の処分はどうするべきだと思う?」
「降伏したのです。此処は処刑せず、徐州の治安回復に手を貸して貰いましょう。その後で陳登を徐州内の何処かの郡の太守にすれば良いかと。陳珪も一緒に付いて行くでしょう」
「それも一つの手か。だが、私としては太守にするよりも、徐州の刺史か州牧にしても良いと思うが。どうだ?」
「ふむ。確かに良い手です。陳家は徐州でも有名な名家です。徐州の州治も問題無く行えるでしょう。しかし、劉備と親しくしていますので、劉備からの連絡で反乱を起こす事も考えられます」
「それは言えてるな。だが、其処まで心配しなくても良いと思うぞ」
「と言いますと?」
「劉備を城内に迎えていない以上、最早劉備と袂を分かったと見るべきだ。だから、劉備の連絡を受けても反乱を起こす事は無いだろう」
「成程。しかし、殿の権限で刺史か州牧にするのは無理です。一度、許昌に使者を送り丞相の許可を貰ってからが宜しいかと存じます」
「そうだな。では、それで」
曹昂は劉巴との話が終わると、陳親子を見る。
「陳登並びに陳珪よ。貴殿等の行いは処刑してもおかしくない罪ではあるが、降伏した事でその罪を免じてやろう。都に使者を送るので、屋敷に戻り沙汰を待つ様に」
「「はっ」」
曹昂が屋敷で謹慎する様に命じると、陳登達はその命令に従った。
そのまま部屋を出て行こうとしたが、曹昂は聞きたい事があったので呼び止めた。
「ああ、そうだ。劉備は何処に向かったのか知ってるか?」
「それでしたら、袁紹の下に向かうと言っておりました」
「冀州か。まぁ、無事に逃げられると良いがな」
聞きたい事は聞けたので、曹昂は手で下がる様に命じると陳登達は一礼し部屋を出て行った。
「さて、城内に居る兵を我が軍に再編成する。劉巴、どのくらい時間が掛かる?」
「はっ。再編成を終えた後に下邳攻略に向かう事を考えますと、兵糧の準備も致しますので数日は掛かると思います」
「出来るだけ急がせろ。全ての準備が終わり次第、我等は下邳に向かう」
曹昂がこれからの行動を述べると、家臣達は頭を下げた。
そのまま各々の準備に取り掛かると思われたが、其処に兵がやって来た。
「申し上げます。都より使者が参りました」
「使者が? 通せ」
何があったのかと思いつつ、曹昂は兵に使者を通すように命じた。
命じられた兵は一礼し離れると、使者を連れて戻って来た。
「ご使者殿。遠い所から良く来られた。して、何用か?」
「はっ。丞相より文を届ける様に命じられましたので参りました」
使者が膝をつき両手で文を前に突きだすと、趙雲がその文を受け取り曹昂の下まで行った。
趙雲の手から文を受け取った曹昂は直ぐに中を改めた。
「…………援軍を送るので、その軍と合流せよ。援軍など頼んではいないが、父上は何か言っていたか?」
「いえ、特に何も」
使者は知らないのか首を振るだけであった。
「……まぁ良い。軍の再編成で時間が掛かるのだ。援軍が来るまでの間は、この城で待つ事にしよう」
考えても分からない以上、考えても無駄だと思い曹昂は援軍の将に聞く事にした。
同じ頃。劉備達はと言うと。
馬を全速力で駆けさせていた。その理由はと言うと。
「居たぞ! 劉備達だ⁉」
「捕まえろ! 無理なら殺しても構わん!」
「劉備一党の誰かの首を取った者には良い恩賞が与えられるぞ!」
曹昂の命で劉備達を探していた朱霊達は兵を分散して捜索していた。
その捜索していた部隊の一つが劉備達を発見し追撃していた。
追撃部隊を振り切る為に馬を全速力で駆けさせていたのだ。
「ええいっ、しつこい奴らだなっ」
「張飛っ。振り返るな! 今は逃げる事だけを考えろ!」
張飛が後ろから猛追してくる騎兵部隊に悪態をついていると、劉備が叱った。
それから、暫く劉備達と騎兵部隊の鼬ごっこが続いた。
「殿。このままではいずれ追い付かれます。此処は散開し青州と徐州の州境で合流致しましょう‼」
馬蹄の大地を蹴る音に負けない様に麋竺が大声で言うと、劉備もそれしかないと思い頷いた。
「散れ!」
劉備が大声でそう言うと、皆それぞれの方向に逃げて行った。
騎兵達も分かれて劉備達を追い駆けた。
やがて、劉備が州境に到達した。少し待っても誰も来る様子が無かった。
それでも待っていると、簡雍がやって来た。
二人は再会できた事を喜んだが、これ以上待っていれば敵の兵に追いつかれると簡雍が述べた。
その進言を聞いた劉備は仕方が無いと思い、簡雍と共に冀州に向かった。
それから、暫くして冀州の袁紹の下に劉備達は辿り着いた。
劉備がやって来たと聞いた袁紹は疫病神が来たと言いたげな顔をした。
既に徐州の殆どが曹操の手に落ちたという報告を聞いていたからだ。
同盟を結んだと言うのに徐州を奪われた上に兵など連れて居ないので、何の役にも立たないと思いはしたが、此処で無下に扱えば自分の名に傷が付くので、無下に扱う事が出来なかった。
仕方がないので食客として扱う事にした袁紹。劉備は肩身が狭い思いをしつつ、袁紹の温情にただ頭を下げるだけであった。