見込み違い
城を脱走した劉備達は彭城に向かう途中、夜となったので野営をしていた。
火を焚き暖を取る劉備達。
趙雲が用意してくれた物の中には数日分の食糧も入っていた。
劉備達は干し肉を焚火で炙り食べていた。
「……んぐんぐ、兄者。彭城に行ったらどうするんだ?」
咀嚼していた張飛は干し肉を飲み込み終えると、劉備に訊ねてきた。
張飛がそう訊ねてくるのは、今後の方針をどうするのかという意味だと思った劉備は顎を撫でつつ答えた。
「そうさな。とりあえず、彭城に居る兵を使って、曹昂の軍を攪乱する」
「攪乱ですか?」
麋竺がどんな方法を使うのか分からず訊ねてきた。
「ああ、そうだ。私達は徐州に長く暮らしてきた。だから、土地勘がある。それを生かして敵の後方を攻撃するのだ。敵は大軍だ。補給が滞れば進軍もままならなくなる。そうして時間を稼げば、袁紹が援軍を送って来るだろう」
劉備はこれから行う事を述べると、皆異論無いのか何も言わなかった。
と言うよりも、簡雍と麋竺と孫乾は文官だが戦術や戦略が考えるのが不得手であった。張飛と糜芳は戦う術は知っていても戦術を立てる程の知恵は無かった。
その為、劉備が考えるしかなかった。
「明日には彭城に着く。出来るだけ身体を休めておくのだぞ」
「「はっ」」
劉備がそう言って干し肉を食べるのを再開した。
同じ頃。
劉備達が向かっている彭城の城内の一室にて、陳登は部下の報告を聞いていた。
「間違いないのか?」
「はっ。間違いございません」
「そうか。下がれ」
陳登が部下に下がる様に命じると、部下は一礼し部屋を後にした。
一人部屋に残った陳登は椅子に座り深く凭れながら息を吐いた。
「……まさか、劉備殿がそのような愚行をするとは……」
呂県に向かわせた部下の報告を聞いた陳登は信じられないという顔をしていた。
曹昂軍が城を包囲していたというのに、突如包囲を解きだした。
同時に、城に矢文が送られた。
内容は『劉備が義弟を助ける為に降伏した。貴様等も降伏せよ』と書かれていた。
その文を読んだ陳登は最初、幾ら包囲されて情報が手に入りづらい状況とは言え、そんな虚言には騙されはしないと思っていた。
包囲が解かれたので情報の真偽を調べる為に部下を放った。
そして調べたところ、劉備が本当に張飛を助ける為に降伏したという事が分かった。
陳登は信じられず調べ続けたが、事実だと分かり言葉を失っていた。
「その顔を見るに、噂は事実であったようじゃな」
打ちひしがれている陳登に陳珪が声を掛けて来た。
「父上」
「どうやら、劉皇叔は見込み違いであったようじゃな」
「ですが」
「劉皇叔、いや劉備は我等の主に相応しい御方ではなかったという事じゃ。ならば、後は分かるな?」
「……はい。父上」
陳登が苦しそうな声で返事をするのを聞いた陳珪は頷いて部屋を後にした。
翌日。
劉備達は彭城に辿り着いた。
「何とか着く事が出来たな」
「ですな」
劉備と簡雍は城を見上げながら呟いた。
ようやく、身体を休める事が出来ると思い安堵する劉備達。
城壁には『陳』の字が書かれた旗が掛かっていた。
「どうやら、陳登がこの城を預かっている様だな」
「なら安心だな」
劉備が城壁に掛かっている旗を見ていると、張飛は城門前まで来た。
「開門、開門しろ‼ 劉皇叔様が参ったぞっ」
張飛が開門する様に大声を上げた。
だが、城壁に居る兵達は答える事は無かった。
返事の代わりとばかりに、矢を構え劉備達に向けだした。
「な、何のつもりだっ⁉」
矢を構える兵達に張飛は驚きつつ声を上げた。
「これは、どういう事だ⁉」
「私にも分かりませんっ」
劉備達も驚いていると、城壁から陳登が姿を見せた。
「皇叔。御無事で何よりです」
「陳登っ、これはどういうつもりだっ⁉」
陳登が姿を見せたので、劉備は声を上げて訊ねた。
「……皇叔。いえ劉備殿。我等は貴方を主と仰ぐ事が出来ないと思い、こうして矢を向ける事にしたのです」
「なっ⁈」
陳登が告げる言葉を聞いて、劉備は目を剥いていた。
「お前っ、そっちから州牧になってくれる様に頼んできたのに、今頃になって裏切るのか⁉」
張飛が陳登の行いを非難するが、陳登も申し訳なさそうな顔をしていた。
「張飛殿のおっしゃる通りです。ですが、現状では我等はこうするしか生き残る事が出来ないと思い、劉備殿と袂と分かつ事にしたのです」
「何故だ! 貴殿の助力で袁紹と同盟を結ぶ事が出来た。後は袁紹が援軍を送るまで耐えれば、徐州は曹操の支配から脱する事が出来るのだぞ!」
「はい。袁紹が軍を動かしている事は知っております。しかし、我等は劉備殿よりも曹操殿を主に戴く事を選びました」
「何故に⁈」
「貴方が張飛殿を助ける為に敵に降伏したと聞きました。事実ですか?」
「……そうだ。だが、こうして逃げ出す事は出来たっ」
「義弟を助ける為に敵に降伏するなど、君主としても大将としてもしてはいけない事です。その様な御方を主に戴く事は出来ません。何処なりともゆかれよ」
陳登はそう言って劉備に頭を下げた。
それは、捕まえる事無く見逃す事が最後の奉公と言っている様であった。
「お前っ」
「張飛。止めよ」
激怒しそうな張飛を落ち着かせる様に声を掛ける劉備。
そして、城壁に居る陳登を見た。
「そちらの言い分も承知した。では、私が徐州に戻って来る事があっても、助力はしてくれぬと言う事で相違ないな!」
「左様です」
「分かった。では、我等も最早この地に用は無い!」
劉備はそう言って馬首を翻した。
「冀州に向かうぞ! 袁紹の下で暫く厄介になるぞっ」
劉備はそう言って駆け出した。
その後、張飛達も続いた。
砂塵だけ舞い上がらせながら劉備達は彭城から離れて行った。
陳登は劉備達が見えなくなっても、暫くの間、その場に留まり劉備達が去った方に頭を下げ続けた。