良い所だったのに
劉備達が脱走している頃。
曹昂は城の中にある寝室に居た。
「劉備の処遇ですが、本当に義父君の承諾を得ずに処刑するのですか?」
寝台に腰掛ける曹昂に程丹がそう訊ねて来た。
「程丹としては問題があるのかな?」
「はい」
曹昂の言葉に程丹はその通りと言うように頷いた。
「劉備達を処刑するにしても、義父君の承諾を得てからでも良いと思います。勝手に処刑すれば、義父君の不快を買うと思います」
「許昌に処刑の承諾を得る使者を送っても、父上の事だ。処刑は認めず許昌に送れと言うに決まっている」
そして劉備を何処かに幽閉し、関羽達を扱き使いつつ、自分の配下になる様にあの手この手を使って勧誘すると予想する曹昂。
それでは、劉備を取り除いた事にならない。
そう思い曹昂は劉備達を捕まえた時は、絶対に処刑すると決めていた。
「そうであっても、義父君の御不快を買うよりも良いと思います。それに、別に許昌に送るのは何時でも良いのでしょう。であれば、良い策がございます」
「ほぅ、何か考えがあるのかな?」
「徐州を完全に掌握した後、我等と共に劉備達三兄弟を許昌に護送するのです。その際に逃亡しようとしたのでという理由で処刑すれば良いのです。さすれば、義父君の不快を買う事なく劉備達を処刑する事が出来ます」
「……成程。そういう方法もあったか。だが、父上が勝手に処刑したと疑うかも知れないな」
「疑ったところで、勝手に処刑したという証拠を知られなければ良いのです。そうすれば、義父君も疑いはしても問い詰める事が出来ません。ですので、大丈夫でしょう」
「確かに、良い策だ」
曹昂は名案とばかりに頷き、程丹の腰に手を回し自分の方に引き寄せた。
「流石は程昱の娘だ。父親に優るとも劣らない智謀だな」
「ふふふ、父にはお前が男であればと散々言われ続けましたが、旦那様は褒めてくれますので嬉しく思います」
「男だったら困るな。こうして、妻に迎える事は出来なかったのだから」
「まぁ」
曹昂の歯が浮く言葉に程丹は顔を綻ばせた。
そして、二人は顔を近付けて口づけを交わすという瞬間、
「失礼します! お休みのところで申し訳ありません! 急を要する事がありましたので参りました!」
衝立の向こうから兵の声が聞こえて来たので、二人は舌打ちした。
だが、直ぐに気を切り替え、曹昂は兵に訊ねた。
「何事だ?」
「はっ。先程、騎兵数騎が殿の命令と言って、城外に出立いたしましたので、その報告に参りました」
「はぁ? 私はそんな命令を出してないぞ?」
曹昂は首を傾げるが、側にいた程丹は直ぐに何かを悟った顔をした。
「旦那様。もしや、劉備達が逃げ出したのでは?」
「なにっ⁉」
程丹の進言を聞いた曹昂は直ぐに城内に居る部将達を大広間に集める様に命令を下した。
曹昂は服を着替えると、大広間へ向かった。
曹昂が大広間に入り、室内を見回すと家臣達の列の間に趙雲だけ完全武装した状態で跪いていた。
自分の前には槍と剣が鞘に収まった状態で置かれていた。
趙雲が跪いているのを見て、他の者達は何事なのか分からなかったが、曹昂だけは直ぐに察した。
だが、そう断じるのはまだ早いと思い、深く呼吸して気を静めて上座へと向かった。
曹昂が上座に座ると家臣達が一礼した。
「……趙雲。何をしている?」
上座に座った曹昂が趙雲に訊ねた。
「……罪を犯しました。ですので、どうか処罰を」
趙雲がそう言うと、曹昂はその言葉の意味を直ぐに察したが、家臣達は首を傾げていた。
皆はどういう事なのか分からずにいたが、其処に兵が駆け込んで来た。
「申し上げます! 牢に入っていた劉備達の姿がありません! 牢には見張りをしていた兵が入っておりました!」
兵の報告を聞いて、他の家臣達はようやく趙雲の言葉の意味が分かった。
驚愕と怒りがその場を支配した。
「何と言う事をっ。貴殿は何をしたのか分かっているのか⁉」
劉巴が怒声を挙げた。
「無論。ですが、劉備殿には袁紹との戦いの折りに、命を助けられた恩義があります。その恩義をお返ししたのです」
「恩義を返すのであれば、助命を嘆願すれば良いではないかっ。それを脱走させるとは、貴殿の罪は重いぞ!」
「覚悟は出来ております」
趙雲がそう述べると劉巴は曹昂を見た。
「殿。趙雲の罪は明らか。此処は趙雲の首を刎ねて、軍規を正すのが良いと思います!」
劉巴がそう言うと、他の家臣達は何も言わなかった。
趙雲が犯した罪がそれだけ大きいからだ。
曹昂も罪の大きさは分かっているが、折角手に入れた家臣を処刑するのは避けたかった。
(折角手に入れた家臣を処刑するのは避けたいな)
さて、どうしたものかと考える曹昂。