故事を真似る
張飛を捕縛したという報を受けた曹昂は城の包囲を解いて陣地に後退した。
尤も包囲したといっても攻撃などはせず、遠巻きに囲んで喚声を挙げて威嚇するだけであった。
劉備も威嚇してくるだけなので、矢を射かける事もしなかったので、特に被害らしい被害も無かった。
陣地に戻り天幕の中にある上座に座りながら、曹昂は呂布達が来るのを待っていた。
早く来いと思いつつ、目を瞑り黙っている曹昂。
空気が張り詰めている所為か、天幕の中に居る他の者達は声を出すのも躊躇っていた。
唾が飲み込む音さえ聞こえそうな程に静かな空間であった。
そんな天幕の中に兵が駆け込んで来た。
「申し上げます。呂将軍、趙将軍が捕虜を連れて戻って参りました」
「此処に通せ」
「はっ」
兵に端的に命じる曹昂。
命じられた兵は一礼し天幕から出て行った。
少しすると、呂布と趙雲が兵と共にやって来た。
その後ろには縄で雁字搦めにされた張飛が兵達と共に入って来た。
兵達が縄を持っているので、張飛がどれだけ暴れても拘束が解かれる事は無かった。
「ご命令通りに張飛を捕縛いたしました」
呂布が跪き一礼し報告する。
呂布が跪くと、趙雲もその動きに倣うように跪いた。
だが、張飛は跪こうとしないので、兵が張飛の足を蹴り無理矢理座らせた。
「ご苦労。よく捕まえて来てくれた」
呂布達を労うと、拘束されている張飛を見る曹昂。
「やぁ、張飛殿。久しぶりですな。この様な形でお会いするとは少々残念ではあるが」
曹昂が張飛に声を掛けるが、張飛は睨むだけで何も言わなかった。
曹昂が話している間に、呂布達は家臣の列に並んでいた。
「……さて、貴殿の武勇は正に万夫不当と相応しい。我が軍に降伏すると言うのであれば、父に頼んで相応の地位に就く様にするが、如何か?」
「はっ、誰が曹操の手下になるかっ」
張飛は鼻で笑いつつ、降伏しないと断言した。
「やれやれ、状況は分かっているのかな? 貴殿は最早、俎板の上の魚も同然。どうしようか、私の心次第なのだが」
「おうっ、やれるものならやってみろっ。だがな、何があっても、俺は兄者達を裏切る事はしないからな!」
張飛は死ぬ覚悟は出来ているのか、毅然とした態度で叫んだ。
その態度を見た曹昂はこれはどれだけ好条件を出しても、降る事は無いなと判断した。
「殿。此処は本人の希望通り、処刑するのが良いと思います」
劉巴が冷淡に張飛を処刑すべきと進言して来た。
その言葉を聞いて、張飛よりも趙雲が反応した。
戦友である張飛を処刑されると聞いて、心穏やかでいられなかった様だ。
「う~ん。しかしな、呂布とも戦う事が出来る武勇を持った張飛を殺すのは勿体ないと思うんだがな」
「武勇は凄いですが。それを使いこなせない知恵を持たぬ匹夫など殺したところで問題無いでしょう。その処刑を城から見える所で行えば、劉備の戦意は下がるでしょう」
曹昂が処刑を躊躇っている様に言うと、劉巴が処刑する理由を述べた。
匹夫と言われた張飛は劉巴を睨んだ。
「お前っ、俺が誰か分かっているのか⁉」
「殿の策に嵌まり捕まった張飛と言う名の猪であろう? ああ、貴様は肉屋だったから、御似合いか」
劉巴が張飛を馬鹿にしたように言うと、張飛は頭に血を上らせていた。
ちょっと言い過ぎではと思いつつ、曹昂は当初から考えていた事をする事にした。
「では、仕方がない。此処は故事を真似るか」
「故事ですか? どの様な事ですか?」
「楚漢戦争の時、広武山の戦いで項羽がした事を行おうか」
「項羽がした事ですか。それは確か……」
広武山の戦いの時で項羽がした事を思い出す劉巴は顔を引き攣らせた。
それを聞いて他の家臣達も顔を引き攣らせていた。
張飛は何をするのか分かったのか、青い顔をしていた。
「では、早速行おうか。張飛を外に連れ出せ」
「「はっ」」
曹昂に命じられ、縄を持っていた兵達は張飛を引っ張りながら外に出て行った。
翌日。
劉備が居る城から見える所に大釜が置かれた。
釜の中には油が注がれていった。
大釜に並々と注がれると、火が焚かれだした。
薪が次から次へと投入されて、火勢を上げて行く。
その火勢に合わせて、油が煮えたぎっていた。
その大釜の側には縄で縛られ座らされている張飛の姿があった。
そして、劉備が居る城に矢文が放たれた。
その文には「汝の義弟を釜茹でにされたくなければ、潔く降伏せよ」と書かれていた。
文を読んだ劉備はどうするべきか苦悶した。