兵力は互角。ならば
南下する曹昂軍二万。
長閑とは言わないが、最低限の警戒だけはして進んでいく。
(そろそろ、呂県が見えるな。張飛辺りが夜襲を仕掛けるとか言いだしそうだから。夜だけは警戒を強くする様に言うか)
短気な張飛の事だから有り得ると思う曹昂。
ちなみに、張飛が夜襲を提案したのだが、劉備が夜襲が成功するか分からない上に、こちらの被害が出る事も考えて却下していた。
「殿。お聞きしたい事があります」
考え事をしている曹昂に趙雲は馬を寄せて来るなり尋ねて来た。
「何か?」
「……劉備に与した兵は降伏しなければ皆殺しという文を送りました。このまま攻めて、もし勝つ事が出来たら、兵達だけではなく家族も皆殺しにするのですか?」
趙雲は心配そうに訊ねて来るが、聞かれた曹昂は目を丸くしていた。
「まさか、本当に信じたの?」
曹昂がそう言うのので、訊いた趙雲が驚いていた。
「えっ⁉ しないのですか?」
「する必要も無いし。仮にしたとしても、何の意味がある?」
曹昂がそう訊ねると、趙雲は少し考えると心に思う事を述べた。
「……特に何の意味もありません。むしろ、その様な事をされたら、民の信望を失います」
「そうだろうね。元々、あの矢文に書かれている事なんて、するつもりは無かったからね。兵は詭道なりさ」
「御見それしました」
趙雲としては本当に実行するのか分からなかったが、本当にするのであればやめる様に諫言するつもりであったが、内心安堵していた。
「まぁ、それよりも問題は呂県の攻略なんだよな。兵力は互角な以上、城から出て来る様にしないと駄目だよな」
曹昂としては、どうするべきか困っていた。
逃亡した兵も合流する気配が無いので、兵が増える事は無い。
兵力が互角の状態で城攻めなど、攻略は難しいと言えた。
「問題は、どうやって劉備軍を城から出すかだよな」
曹昂は何か無いかなと思い呟いていたが、話を聞いていた趙雲が何か思い出したような顔をした。
「そう言えば、劉備殿と一緒に居る張飛殿は呂布殿の事を殊の外嫌っていましたね。何度か酒を飲んだ事があるのですが、虎牢関の戦いの時に話をしていたのですが、張飛殿が酔いながら、呂布殿に対してあらんかぎりの罵倒を口にしていました」
「へぇ、そうなんだ」
趙雲の話を聞きながら、その時から嫌いなのかとしか思えない曹昂。
(……うん? 待てよ)
其処まで嫌っているのであれば、これは使えるのではと思った曹昂。
(上手くいけば、城を落とす事が出来るかも知れないな)
丁度良く誘き出す事が出来る者が配下に居るので、曹昂はこの策で行こうと決めた。
(…………でも、これで本当に上手くいったら、私は悪党だよな……)
曹昂は其処だけは良心が痛むなと思うが、他に良い策が無いのでその策を実行する事に決めた。
数日後。
曹昂軍は呂県城に到着し、そのまま城を包囲した。
攻撃する事なく兵達は喚声を挙げていた。
その喊声を城郭で聞く劉備。
「敵軍の数は?」
劉備が曹昂軍を見ながら、側にいる麋竺に訊ねた。
「調べましたところ、二万程度だそうです」
「二万。我が軍と同じ数か」
兵数が同じと聞いた劉備は、このまま守りを固めるか、それとも攻め込むかどうか考えた。
「兄者。俺に兵をくれ。この手で曹昂軍を蹴散らしてやるっ!」
考え事をしている劉備に張飛は気勢を込めて頼み込んで来た。
「張飛。落ち着け。敵は我が軍と同数だ。敵は城を攻撃するにしても数が足りない。その内、兵糧が尽きて撤退するだろう。その時に追撃すれば勝ちは間違いない」
劉備は張飛に血気に逸らない様に、今は攻撃するなと暗に言い含める。
「その間、敵が此処に居るんだろうっ。兵糧なんて、近くの村を略奪すれば手に入るだろうっ。このままずるずる居座らせていたら、こっちの士気が下がるぜっ」
張飛が今すぐにでも出撃したいという思いを込めて劉備に願った。
「駄目だ。今は攻撃すべきではない」
劉備は張飛の願いを却下した。
出撃するなと言われ、張飛は不満そうな顔をしていた。
機嫌悪そうな顔をする張飛。そんな義弟を見て溜め息をつく劉備。
そんな時に、城を包囲している曹昂軍から一騎前に出て来た。
「あいつはっ」
「呂布⁉」
劉備達は曹昂軍から出て来た騎兵を一目見るなり呂布だと分かり、驚きの声を上げた。
驚く劉備達を見ていないのか、呂布は愛用の武器である方天画戟の穂先を城郭に向けた。
「其処に居るな。張飛! 出て来い‼ 今日こそ、決着をつけてやる‼」
呂布が張飛を名指しで一騎打ちを申し出て来た。
「あの野郎っ。いい度胸だっ」
張飛は呂布が名指しで指名してきたので、一騎打ちに応じようとしたが劉備が止めた。
「待てっ。張飛。挑発に乗るなっ」
「でもよ。兄者っ」
劉備が止めるが、張飛は出撃を許可して欲しいという顔をしていた。
「どうした‼ 出てこないのか⁉ 臆病者めっ。男ならば出て来い‼」
出てこない張飛に呂布は罵倒しだした。
その罵倒を聞いて怒りで顔を赤くする張飛。
「出て来い‼ 命を助けた恩義を忘れ、私が買った馬を奪った馬泥棒めっ。私の事を三つの家の奴隷と言うならば、お前は薄汚い卑怯者だ!」
呂布の罵倒は痛烈になってくると、張飛は拳を握り歯を食いしばり耐えた。
終日、呂布の罵倒が続いたが、張飛は出て来る事は無かった。