反乱勃発
車冑を討ち、彭城を手中に治めた劉備はその地に居る家族を下邳県に移し勢力を拡大していた。
その彭城には劉備の嘗ての部下で、曹操に引き立てられた者達が続々と集結していた。
そんな中で糜芳の兄である麋竺が劉備に帰参した挨拶をしていた。
城の大広間にて、他の家臣と共に謁見する麋竺。
「おお、麋竺。よく来てくれた」
「殿。こうして、またお仕えする事が出来て嬉しく思います」
劉備は麋竺の手を取りながら、再び会う事が出来た幸運を喜んでいた。
「お主が来てくれると嬉しいぞ。ああ、それと陳羣は知らぬか?」
「あの者でしたら、こちらに戻って来る様子は無いと思います」
曹操に引き立てられた際、陳羣も共に仕えた。
その際、陳羣は麋竺に「劉備殿よりも丞相の方が私を尊重してくれる」と零した事があった。
劉備が曹操から独立したという話を聞いても、陳羣が来ていないので、もう劉備を見限ったのだろうと見る麋竺。
「そうか……それは惜しい事よ」
劉備は嘆息した。
自分が知っている者の中で法に詳しいので、居てくれると何かと役に立つだろうと思ったので、劉備は残念そうであった。
「兄者。来ない者の事を嘆いても仕方がない。それよりも、今はどうすべきかだ」
張飛が落ち込む劉備を励ますように声を掛けると、劉備もその通りだなと思い気持ちを切り替えた。
「それで、麋竺よ。曹操軍の動きはどうなっているか分かるか?」
「はっ。東海郡は曹操軍の支配下に収まったそうです。指揮するのは曹操の息子の曹昂だそうです」
麋竺が曹昂の名前を言うと、その場に居る者達はざわついた。
「また、あいつかっ」
「しかし、何時の間に東海郡に入ったのだ?」
張飛は忌々しそうな顔で手を叩き、関羽は不可解な顔をしながら呟いた。
「何でも、袁術討伐の後詰として参ったそうです。今は襄賁県にて駐屯しているそうです。兵の数は四万だそうです」
「四万。我が軍の半分ではないか」
「なら、早いところ討ち取るか。兄者、全軍で出陣して、曹操から独立した事を天下に示す為に曹昂を討ち取ってやろうぜ!」
兵の数を聞いた張飛が全軍で出撃し曹昂軍を撃退すべきだと言うと、陳登は前に出た。
「お待ち下さい。今、曹昂軍と戦えば、我等は朝敵となります」
「それがどうしたっ! 今の朝廷は曹操が支配しているんだ。そんな朝廷に逆賊扱いされたところで、何の支障がある⁉」
張飛が何か問題あるのかという様に言うと、陳登は大いにあるとばかりに頷いた。
「我等は徐州を完全に手中にしておりません。その様な状況では、兵を集める事も無理です」
「俺達は八万の軍勢だぞ。早々、敗れる事は無いだろうっ」
「戦えばそれなりの数の兵を失います。逆賊である我等に兵が集まるとは思いません。ですので、今は徐州の南部にあたる彭城国、広陵郡、下邳国の三郡の支配を確実にし、曹操に敵対する有力者と同盟を結び、その者等と協力して曹操と戦うのが良いと思います」
「そんな悠長な」
「いや、それでいこう」
張飛が言おうとしている言葉に被せる様に劉備が陳登の意見に賛成した。
「兄者っ⁉」
「今、曹昂軍と戦い勝利したとしても、多くの被害を被る。その損耗を立て直すとしたらかなりの時間が掛かる。だが、曹操の勢力は強大だ。それほど時間を掛けず、再び攻め込んで来るだろう。そうなれば、我等の負けは目に見えている」
劉備が張飛に言い聞かせるように話すと、張飛もその通りだなと思い黙り込んだ。
「問題は、何処の勢力と同盟を結ぶかだが、陳登よ。心当たりはあるか?」
「一人だけおります」
「それは誰だ?」
「冀州の袁紹にございます」
陳登が名前を挙げた者を聞いて、劉備は目を剥いた。
「袁紹だと⁉ あの者と同盟を結べと言うのか⁉」
「今、強大な勢力を持つ曹操に対抗できる者と言えば、四世に渡って三公を輩出した名門袁家の出にして河北一帯手中に治めた袁紹しかおりません」
陳登が断言したが、劉備は渋い顔をしていた。
袁紹に対しては、色々と遺恨があるからだ。
兄の様に慕っていた公孫瓚を破り敗死させた上に、恩人の劉虞も言い掛かりをつけて処刑したのだ。
二人の恨みを晴らしたいという思いもあるが、袁紹の異母弟である袁術は何処かの地で病死したという噂を聞いていた。
その袁術を病死するまで追い詰めたのは劉備なので、恨みを持っている可能性があった。
それらの事を考えて、劉備は袁紹と同盟を結ぶ事に二の足を踏んでいた。
其処に兵士が駆け込んで来た。
「申し上げますっ。北より騎兵約千騎が此方に参って来ておりますっ」
「なにっ? 旗は?」
「『曹』と『趙』の字の旗を掲げておりますっ」
兵士の報告を聞いて劉備達に衝撃が走った。
「遂に来たか」
「なぁ、『趙』の字の旗って、もしかして」
「分からん。だが、その可能性はあるだろう」
張飛が関羽に訊ねると、関羽は有り得るとしか言えなかった。
「……兎も角、城壁に向かうぞ」
状況の確認の為に、劉備は関羽達を連れて城壁へと向かった。
劉備達が城郭に辿り着くと、曹操軍の騎兵部隊が既に城壁の近くまで来ていた。
その騎兵部隊は馬で駆けながら矢を番えていた。
「放て!」
先頭に居る趙雲の掛け声と共に矢が放たれた。
矢は狙いをつけずに放たれたので、人に当たる事は無かった。
城壁や城郭に突き刺さるだけであった。
趙雲は騎兵部隊と共に矢を放ち続け、城を一周すると足を止めずにそのまま城から離れて行った。
「何をしに来たのだ?」
離れて行く騎兵部隊を見ながら呟く劉備。
「兄者。追撃するか?」
「いや、敵の策かも知れん。此処は様子を見よう。それよりも」
劉備は城郭に突き刺さった矢を見た。
矢の棒の部分には紙が結び付けられていた。
劉備はその矢を一本引き抜き、結び付けられている文を読んだ。
『彭城内に居る全ての者達に告げる。直ちに降伏せよ。三日以内に降伏しないのであれば、貴様等全員逆賊となり、貴様等の家族も許昌にて一人残らず首を斬られると思え』
と書かれていた。
その文を読んだ劉備は降伏勧告の文かと思った。
「使者を送らずに、文を送るとは」
「何かの策でしょうか?」
劉備と陳登は何か有りそうだなと思い呟いたが、張飛だけは笑い飛ばしていた。
「はははは。どうせ俺達の軍勢が多いから、使者を送る事に怯えたんだろう」
張飛が嘲笑しながら言うが、劉備達はそれは違うのではと思った。
とりあえず、相手の出方を見ようと思い、劉備は袁紹との同盟を暫し考えると言って保留にした。
その日の夜。
彭城内で大規模な反乱が発生した。