今の所、策通りにいっている
曹昂が襄賁県に駐屯してから、暫くすると朱霊が護衛の兵と共に参った。
その報告を聞いた曹昂は直ぐに二人を部屋に通すように命じた。
部屋に通された二人は、家臣の列の中を通り上座に座る曹昂の傍まで行き、跪き一礼する。
「朱霊。只今参りました」
「路招。参りました」
「此処までよく来てくれた、両将軍。それで、劉備はこれから何をするのか言っていたかな?」
曹昂が二人を労いつつ訊ねると、朱霊が答えた。
「はっ。劉備は徐州と揚州の州境は不安定なので、治安の為に暫く駐屯するので、丞相にそれを伝える様にと我等に命じました」
朱霊がそう言うのを聞いて、曹昂は頷いた。
「こちらの予想通りか。まぁ、だから二人は此処に来たのだけどね」
「その通りです。子脩様はこの展開を予想していたので?」
路招がそう訊ねると、曹昂は笑みを浮かべた。
(まさか、前世の知識で知っているとは言えないからな。此処は笑うだけで誤魔化そう)
曹昂が笑みを浮かべるだけであったが、その笑みを見た他の者達はまるで当然とばかりと言っている様に見えた。
(流石は丞相の信任が厚い御方だ。其処まで状況を見据える事が出来るとは)
(何と言う慧眼だ。この親にしてこの子ありとはこのことを言うのであろうな)
朱霊と路招は驚く中、家臣の列の中に居る劉巴が前に出た。
「殿。我が軍は徐州に急行する為に五千程しかいません。この兵数では何をするにしても無理があります。此処は後続が来るの待つべきだと思います」
「後続を率いるのは高順だったな?」
「はい。高順殿が二万五千の兵を率いて来る筈です」
「臧覇殿にも援軍を頼んだ筈だけど?」
「はっ。一万の兵を送ってくれるそうです」
「良し。それらの軍と合流次第、車冑が居る彭城へ向かい、劉備に許昌へ帰還する様に促すとしよう」
「従わない場合は如何なさいます?」
「その場合は戦って捕まえるか、殺すかのどちらかになるな」
曹昂がそう言うのを聞いた家臣の列に居る趙雲は僅かに顔を顰めた。
喪がようやく明けようとしたところで、主君劉虞が亡くなってしまった。
その報を聞いた趙雲は最初悲嘆の涙を流した。
亡き主君の仇を取りたいと思うが、一人では無理だと悟る趙雲。
其処で、以前から勧誘を受けている曹昂の下に向かう事を決めた。
許昌に着くと、曹昂に御目通りし、直ぐに曹操に会う事が出来た。
曹昂が自分の家臣に迎えたいと言うと、曹操は許可したので趙雲は曹昂の家臣となり、今こうして曹昂と行動を共にしていた。
そんな趙雲が顔を顰めた事に、曹昂は気付いた様子は無く話を進めた。
「まぁ、劉備も其処まで愚かではないと思う。戦えば、朝廷の敵になると分かっているからね」
朝廷の敵になる。それはつまり逆賊に認定されると言う事だ。
劉備はまだ完全に徐州を支配していない状態であった。
そんな中で、逆賊認定されれば兵が集まらない事は誰でも予想できた。
(まぁ、それを見越して袁紹と手を結ぶだろうけど、それまでに捕まえるか捕縛すれば良いな)
曹昂は今まで策通りにいっているので、ここまでいけば大丈夫だろうと思っていた。
「しかし、殿。劉備が謀略を使い彭城を奪うかもしれません」
張燕が懸念を述べると、曹昂は手を振った。
「心配ない。車冑将軍には、劉備が袁術討伐を終えても徐州に駐屯し続けていたら、謀を用いて誘い出すようにと文を送っている」
「どの様な内容なのですか?」
「それは……」
曹昂は文に書いた内容を語った。
「成程。それは良い策ですね」
「そうして出鼻を挫けば、劉備は動けなくなるな」
「その後で我が軍で攻めれば、劉備は手も足も出ないでしょうな」
最早、曹昂の策は成功したとばかりに話す諸将。
曹昂も今のところ不安要素が無いので、大丈夫だろうと思い満足そうに笑っていた。
それで話は終わりとなり、皆部屋を出て行った。
趙雲も部屋を出ると、そのまま用意されている部屋に戻らず、城郭へと向かった。
(どうしたものか…………)
空を見上げながら趙雲は悩んでいた。
何度か戦場を共に駆け、轡を並べた劉備を討つ事に趙雲は煩悶していた。
かと言って、曹昂の家臣を辞める事も出来なかった。
兄の喪に服している際、生活に困らない様に十分な食料と金銭を与えてくれた。
それにより飢える事も無く喪に服する事が出来た。
部下に成る様に勧誘されても、喪が明けても仕えるのは劉虞様だと言って断った。
だが、その劉虞が死んでしまったので、趙雲は曹昂の下に行く事にした。
一度勧誘を断ったので、罵倒される事も覚悟の上で行ったのだが、曹昂はそんな趙雲を喜んで家臣に加えてくれた。
度量が広く仁慈ある方だと思い仕える事にした。
(このまま、劉備殿を討つ事は友誼に背く事となる。だが、長年世話になった曹昂殿への恩義に背く事も出来ぬ・・・・・・)
どうするべきか悩む趙雲。
しかし、どれだけ悩んでも答えは出なかった。