劉袁激突
下邳城を出陣した劉備軍は数日程南下すると、袁術軍の軍列を発見した。
「十万は居るようだな」
「しかし、兄者。陣列を良く見て下さい。兵の他に武器を持ってい居ない女子供も居ますぞ」
関羽がそう言うのを聞いた劉備は目を凝らし、ジッと袁術軍の陣列を見た。
関羽の言う通り、袁術軍の中には武器を持っていない者達も多く居た。
「兄貴。何で、袁術は武器を持っていない奴等を自軍の陣列に加えているんだ?」
「分からん。反乱が多発している地であったので逃げ出した者達と行動を共にしているのか、はたまた何かの目的があっての事か」
張飛の問いにさしもの関羽も分からないという顔をしていた。
「……考えても仕方がない。此処は勅命に従おうぞ。あと武器を持っていない者達は出来るだけ傷つけない様にするのだぞ」
劉備が関羽達を見ると、関羽達は頷いて劉備の下から離れて行った。
義弟達を見送ると、劉備は周りに居る兵に声を掛けた。
「右翼の朱霊、左翼の路招に伝令。合図と共に袁術軍を攻撃せよっ。また、武器を持っていない者への攻撃は控える様に伝えよ」
「「はっ」」
劉備の命令を伝える為、兵は駆け出した。
少しすると、先鋒の張飛が準備完了したという伝令を送って来たので、劉備は頷くと傍に居る太鼓の近くに居る兵を見た。
「合図を」
劉備がそう言うと同時に、兵は太鼓を叩きだした。
轟音を辺りに響かせると、劉備軍は前進を始めた。
喊声を上げて駈け出す劉備軍。
劉備軍が駆けて来るのを見た袁術は、慌てて陣形を整えようとしたが遅かった。
劉備軍の先鋒が袁術軍に攻撃を仕掛けていた。
虚を突かれた袁術軍は混乱状態となった。
張飛は新郎への贈り物として貰った蛇矛を振るっていた。
「おらおら、掛かって来い‼」
張飛が蛇矛を振るう度に、袁術軍の兵達は血を噴き出して大地に倒れていた。
張飛の剛勇に袁術軍の兵達は腰が引けていた。
そんな兵達を掻き分ける様に進む者が居た。
「張飛。私が相手だ‼」
その者は今や袁術軍に唯一の勇将と言っても良い紀霊であった。
「おお、紀霊か。丁度良い」
血が付いた蛇矛を振るい、血を振り落とし構える張飛。
紀霊も自分が持っている得物を構えた。
「此処で今までの因縁を終わりにしてやるっ」
「それは、こちらの言葉だ。その首、貰い受ける!」
言葉のやり取りを終えた二人は互いの得物をぶつけ合った。
喊声を上げて相手を倒そうと気合を込めて鍔迫り合う二人。
十合ほど交えたが、張飛が放った一撃が紀霊の得物の棒を切り裂き、紀霊の身体を袈裟切りにした。
蛇矛の切れ味があまりに鋭かったのか、張飛が持つ凄まじい剛力なのか、紀霊の身体が二つに斬り分かれた。
紀霊の身体が地面に落ちると、張飛は蛇矛を掲げた。
「敵将紀霊はこの張飛が討ち取ったっっっ‼」
張飛が大音声で周りに聞こえる様に叫んだ。
「ひっ、紀霊様が」
「ば、化け物だっ」
紀霊が討たれたのを見て袁術軍の兵達は更に士気が低下した。
中軍で指揮を取っていた袁術の下に、紀霊が討たれたという報告が齎された。
その報告を聞いた時は最初袁術は驚いたが、直ぐに気を取り戻した。
「後詰の兵を出せっ。数で圧倒するのだ!」
紀霊を討たれたとは言え、兵の数で言えば袁術軍の方が多かった。
袁術は数で押し切ろうと考えた。
だが、その命令が下る前に後詰の方に砂埃が立ち始めた。
と同時に怒号と悲鳴が聞こえて来た。
「申し上げます。後詰が襲撃を受けています!」
「襲撃だと⁉ 何処の軍だ?」
「はっ。襲っている者達は『雷』と『陳』の字の旗を掲げておりました」
「なにっ、『雷』と『陳』の字の旗をじゃとっ⁉」
報告を聞いた袁術はその集団を率いているのが誰なのか直ぐに分かった。
嘗て、自分に仕えて一軍の将に任じていた雷薄と陳蘭の二人だと。
二人は袁術の下から離れた後、山賊をしていると噂で聞いていたが、まさか自分に襲い掛かって来るとは、さしもの袁術も想像すらしなかった。
雷薄達も最初は袁術が自分達の拠点にしている山の近くを通ると知り、夜に襲撃し金品などを奪うつもりであった。
十分に距離を取り、袁術軍を監視していたのだが、劉備軍が袁術軍に攻撃を仕掛けるのを見て、両軍が争っている隙のどさくさに紛れて金品などを奪う事にした様だ。
「おのれ、嘗ての主に刃を向けるとは、不義不忠の賊共め‼」
袁術は歯噛みしたが、其処に兵が駆け込んで来た。
「申し上げます! 前軍を突破した劉備軍が此方に向かっております‼ 陛下、急ぎお逃げをっ」
「な、なんだとっ⁉」
兵の報告を聞いた袁術はこのままでは不味いと判断し撤退する様に命じた。
袁術が我先に逃げ出しているところに、少し遅れて全軍に撤退が通達された。
劉備軍は逃げる袁術軍に容赦なく追撃を掛けていった。
雷薄と陳蘭は劉備軍が袁術軍を追撃していくのを見て、これ幸いとばかりに戦利品の略奪をしていった。
大量の金品と女性と馬や食糧等を手に入れた雷薄達は笑いながら、部下の山賊達と共に拠点にしている山へと凱旋していった。