最後の御奉公
袁術は自分が率いる軍と共に廬江郡の晥県に入ると、部将達を集めた。
集まった部将達は張勲、劉勲、紀霊の三人しかいなかった。
「…………あれだけいた部将達が、今は三人しかしないとは」
袁術は集まった部将達を見て嘆息していた。
今の自分の勢力の凋落ぶりを信じられない様であった。
「陛下……」
そんな袁術に閻象は慰めの言葉を掛ける事が出来ず、気まずそうな顔をしていた。
ちなみに、袁術に帝位を就く様に強く勧めた張炯は袁術の凋落ぶりを見て、姿を消してしまった。
「陛下。嘆く気持ちは分かります。今はどうすべきか考えるのが先決です」
紀霊は袁術を慰める様に声を掛けた。
「分かっておる。朕はこれより、徐州に向かう」
袁術がそう宣言すると、紀霊達は異論無い様子であった。
袁術が廬江郡まで来た理由は、生き残る為であった。
寿春が陥落した後、逃亡先で袁術は贅沢な暮らしをしていた。
逃亡した先は九江郡に比べると貧しかった。
その為、贅沢な暮らしをする為に重税を掛けても、期待した程の税収が見込めなかった。
加えて、暮らしている者達が逃亡する始末であった。
それにより税収が落ちる上に、反乱が勃発した。
袁術はこのままでは我が身の破滅だと理解していた。
袁術は昨今の情勢を見て、曹操と袁紹が衝突する事が予想出来た。
そして、勢力的に袁紹の方が勝ると見た袁術。
犬猿の仲とは言え、袁紹が勝つというのであれば、その勝ち馬に乗るのも一つだと思い、袁術は袁紹に手紙を送った。
自分を助けてくれるのであれば、帝位を譲るという内容であった。
文を読んだ袁紹は異母弟が其処まで弱っているのであれば助ける事にした。
また世間の者達が親族を助けない冷酷な者と言われるのは避けたいという思いがあった為、長年の確執を水に流し、袁術自らが自分の下まで来れば、臣下という身分だが生活に困らない様にしてやる、と文を送った。
文を読んだ袁術は最初、怒りで顔を赤くしたが、自分の立場を考えると、それが妥当だと思い堪えた。
(だが、袁紹。お前に帝位を譲っても、必ず取り返してやるぞ)
袁術はそう心に誓いながら袁紹の支配下である冀州へと向かう準備を整えた。
兵力は二十万と謳っているが、実数は十五万程であった。
残りの五万は都を建造する時に作った後宮を維持する為に集めた女官や宦官や奴婢の他に後宮に美女達やその一族の者達が馬車に乗るか、驢馬に乗って付いて来ていた。
「朕は徐州を経由して、青州へ向かう。其処まで行けば、袁紹の勢力下じゃ。安心できるだろう」
「それは分かります。しかし、九江郡に居る曹操軍はどうなさるのです。徐州を通るにしても、九江郡を通らなければ、青州に行く事も出来ません」
劉勲が疑問を口にすると、袁術は深く息を吐いた。
「其処じゃ、其処で朕は考えた。張勲、劉勲」
「「はっ」」
袁術は二人の返事を聞くと、二人の目をジッと見た。
「朕が率いる十五万の軍は九江郡を経由して徐州に向かう。其処でお主らは残りの五万の兵で殿を務めよ。曹操軍が攻撃を仕掛けて来た時は、お主等が防ぐのだ」
袁術は二人に捨て駒になれと言う冷酷な命令を下した。
宣言を聞いた張勲と劉勲は額から汗を流していた。
どう聞いても、死んでも袁術を守れと言っている様な物だからだ。
長年仕えた忠誠の対価にそれは無いだろうという思いが心の中にあった。
「紀霊。お主は朕に付いて来るのじゃ。良いな」
「承知しました」
紀霊の返事を聞いた袁術は張勲達を見た。
その目は嫌とは言うまいな?という目をしていた。
「……承知しました」
劉勲が承諾すると言うので、張勲も従う事しか出来なかった。
袁術は軍を進発させた。
その動きに合わせて、九江郡に駐屯している曹操軍は袁術軍に攻撃を仕掛けた。
殿を命じられた張勲と劉勲の二人はその攻撃を懸命に防いだ。
相手の足を止める為に、その場に留まる張勲と劉勲。
二人の奮戦により、袁術は九江郡を通り抜ける事に成功した。
しかし、張勲と劉勲の二人は袁術に追い付く事が出来ぬほどに離れたが、これ幸いとばかりに袁術から独立する事にした。
長年仕えた忠誠の果てに捨て駒となれと言われたので、二人は袁術に対する未練も無くなった。
廬江郡の晥県に入り、その地を本拠地に定めた二人は勢力を拡大させていった。