母上が許すと言うのであれば
曹昂は厨房に頼んだ物が入っている箱を見た。
「結構送って来たな」
目の前にある箱の中には太い茎の砂糖黍が幾つも入っていた。
これだけあれば十分だと思いつつ、曹昂は使用人が持ってきてくれた二つの壺を見る。
それらの壺は蓋が閉じられていた。その蓋を取ると、一つ中に入っていたのは少し白っぽい灰色の粉が入っていた。
もう一つは黒い灰色の粉が入っていた。
「前々からやってみようと思っていたから、やってみよう」
曹昂は袖をまくり、落ちない様に紐で通して結んだ。
曹昂がしようとしている事、それは白砂糖の製造であった。
細かく刻んだ砂糖黍の搾り汁を出し、その汁を石灰と一緒に煮て、不純物を取り除いた上澄み液を煮詰めて固めると黒砂糖が出来る。
そして、その固める前の物を原料糖と言うが、その原料糖を遠心分離器にかけて糖蜜と結晶に分ける。
出来た結晶を温水で溶かし、濾過を繰り返して不純物を徹底的に除き、出来た汁を煮詰め結晶を作る。
そして、結晶が出来た汁をまた遠心分離器にかけて糖蜜と結晶に分けて、其処で出来た結晶を乾燥させ冷却させると、白砂糖が出来る。
ちなみに、遠心分離機で出来た糖蜜を煮詰めると三温糖となる。
何故、曹昂が白砂糖を作ろうと決めたのは、薬になるのもあるのだが、単に好奇心であった。
(元のフビライ皇帝が中東の技術者を招いて白い砂糖を製造したという話があるからな。本当に出来るのかどうか、やってみよう)
曹昂はワクワクしながら作業を開始した。
翌日。
諸々の作業を終え、糖蜜を分離させた結晶を乾燥させて氷室に入れて冷却させた。
そして、その冷却させた物を氷室から出した。
「おお、本当に白いな」
冷却した事で固まっていたが、使用人に命じて崩すとサラサラで真っ白な砂糖が出来た。
匙で掬い、落としながら前世で見た白砂糖みたいだなと思う曹昂。
味はどうかと思いながら匙で掬い食べると、黒砂糖に比べるとくどくなくすっきりした甘みを感じさせた。
「うん。美味しいな」
曹昂は白砂糖を食べて、その味に問題ないと思い頷いた。
その内、製造法を天子に上奏するのも良いかもなと思う曹昂。
そう思っていると、使用人が曹昂の下にやって来た。
「申し上げます。丞相様がお会いしたいと参りました」
「父上が? 何かあったのかな?」
曹操が訪ねて来たと聞いた曹昂は首を傾げつつ、通すように命じた。
少しすると、使用人が曹操を連れてやって来たので、曹昂は椅子から立ち上がる。
使用人が一礼し下がると、部屋には曹昂と曹操だけとなった。
「どうしたのです。父上。突然、訪ねて来て?」
曹昂がそう訊ねたが、曹操は答えなかった。
曹操は卓の上にある白い物に目を奪われていた。
曹操の視線から、何を見ているのか察した曹昂は何なのか言った方がいいなと思い述べた。
「何だ。それは?」
雪の様に白く、それでいて砂の様にサラサラとしている物を見た曹操は気になり訊ねた。
「砂糖ですよ」
「砂糖だと⁉ 砂糖と言うのは、もっと黒い物じゃなかったか?」
「普通はそうですね。特別な製法で作ったのです」
「特別な製法だと・・・・・・あっ、本当に砂糖だな」
曹操は気になり、匙を受け取り掬って口の中に入れた。
すると、直ぐに甘い味が口の中に広がった。
「普段食べている砂糖に比べると、くどくないな。これは良いな」
「そうでしょう」
作るのに手間が掛かったから当然だと思う曹昂。
曹操は白砂糖を珍しそうに見ていた。
「それで、今日は何の用で来たのです?」
「ああ、実はなお前に義弟が出来る事を教えようと思ってな」
「おとうと?」
また、子供を作ったのかと思う曹昂。
「妾の誰かが懐妊したのですか?」
「いや、そうではない。呂布討伐の折り、下邳を攻略した際に捕虜にした者の中で美女が居てな。そやつを妾にしたのだが、そやつには子がおってな」
「子持ちですか?」
「そうだ。まぁ、それを差し引いても、娶っても良い美人でな」
曹操がそう話すのを聞きながら、曹昂は何か聞いた覚えがあるなと思いつつ話を聞いていた。
「名を杜月と言ってな。滅多にお目に掛かれない美人でな、そやつは人妻であったのだが、その夫は呂布が袁術と同盟を組む際に送り出した許汜・王楷に同行したのだが、帰り道に劉備軍に襲われて張飛に討ち取られた様だ。九歳と五歳になった子がいると言うのに、夫が死んでは生活が大変だと思い側室に迎えたのだ」
「…………ちなみに、その夫の名は?」
「秦誼と言ってな。字は宜禄というのだ」
夫の名前を聞いて曹昂はようやく杜月がどんな人物なのか分かった。
(ああ、あの無能なんだか勇猛なんだか人たらしなんだか良く分からない秦朗のお母さんか。そう言えば、呂布を討伐した折りに側室に迎えたという話を聞いた事があったな。それと確か秦朗に弟がいたって何かの本で読んだな)
曹昂が知っている史実の秦朗は曹操から気に入られている上に、息子の曹丕にも気に入られていた。
それを良い事に遊び惚けていたのだが、二人から咎められる事は無かった。
二人が死んだ後、曹丕の息子の曹叡にも気に入られて何度も褒美を貰い大邸宅を建てた。
特に功績を立ててもいないのにだ。
その一方で異民族が侵攻してきた際、軍を率いて撃退する事が出来たのだ。
なので、優秀なのか無能なのか曹昂には分からなかった。
曹昂としてはそんな事よりも、一つだけ気になった事があった。
「母上は何か言ってました?」
曹昂の母である丁薔からしたら、人妻を側室に迎えた事に怒っているのではと思い訊ねた。
だが、曹操は特に問題ない様に首を振る。
「いや、あいつは何も言わなかったぞ。迎えた際に月の境遇を話したからな、薔も流石に不憫だと思ったのか、側室に迎える事に反対もしなかったぞ」
「そうですか。まぁ、母上がそう言うのであれば、私は言う事はありません」
恐らく、杜月の境遇に同情したのだと思う曹昂。
「そうなると、父上は義理の息子が二人できるのですね」
「そうなるな。ははは、悪くはないな」
曹操は気分良さそうに笑った。
自分の子ではないのによく笑えるなと思う曹昂。
そして、久しぶりに曹操と碁を打つ事にした。
しかし、何度打っても負けてしまい、しまいには苦労して作った白砂糖を勝利した景品として持っていかれるのであった。
悔しいと思いつつも、また材料を送ってもらい作ろうと思い気を紛らわせる為茶を飲んでいると、今度は呂布が屋敷に訪ねて来た。
恐らく、娘に会いに来たのだろうと予想する曹昂。
部屋に通すように命じると、使用人が呂布を連れて部屋にやって来た。
「これは、呂布殿。今日は何の御用で?」
「突然来て申し訳ない。娘達が世話になっていると聞いたので、会わせてもらおうか」
予想通りだなと思いつつ、曹昂は使用人に二人を連れて来るように頼んだ。
少しすると、使用人が呂布の娘達を連れて来た。
何故か、貂蝉も居た。
「あれ? 貂蝉。どうかしたの?」
「いえ、綺羅達の御父様が来たと言うので、わたしからお願いがありまして来たのですが……?」
呂布は貂蝉を見ると、形容しがたい顔をしていた。
驚いている様な、残念がっている様な、訳が分からない様な複雑そうな顔をしていた。
そんな顔をする呂布を見て、曹昂だけでは無く娘の綺羅達もどうして、そんな顔をしているのか分からず首を傾げていた。
少しすると。
「何だ。そういう事であったのかっ!」
呂布は曹昂から話を聞いて、自分の知っている貂蝉と違う事が分かり納得した顔をしていた。
「多分、呂布殿があったその貂蝉は別の人でしょうね……」
「ぬうっ、王允め。その様な悪辣な事をしていたとはっ」
呂布は王允がした事が分かり怒っていた。
「まぁ、その肝心のちょうせん?は異民族の誰かが連れて行ったのは確かでしょうけどね」
「確かに。曹丞相の権力で探す事は出来ないだろうか?」
「功績を立てれば、父も褒美として探してくれると思いますよ……多分」
最後の所だけ小さく呟く曹昂。
「おおおおっっっ、それは良い事を聞いたぞ‼」
呂布はあからさまに嬉しそうな顔をしていた。
そんな呂布を見て、曹昂達はよっぽど好きなんだな。そのちょうせんという人の事と思った。
「ええっと、奉先様。実は、今旦那様の奥方である董白様方が懐妊されましたので、人手が欲しいのです。なので、ご息女をお借りしても良いですか?」
とりあえず、自分が部屋に訪ねた理由を述べる貂蝉。
「それは構わないが、董白か…………綺羅。玲月。二人はどうしたい?」
祖父と一族を殺した者の親族の世話を受けて董白は良い気分しないのでは?と思い、娘達に訊ねる呂布。
訊ねられた綺羅達は問題ないのか、首を振る。
「大丈夫ですっ。白姉さんは私達を無碍に扱う事はしないのでっ」
「勉強を教えてくれたり、弓矢を教えてくれたりしてくれるし、時折お菓子をくれたりするので問題ない」
娘達がそう言うのを聞いて驚く呂布。
「そうか。二人がそう言うのであれば・・・ただ、偶には母さんに顔を見せるのだぞ」
「「はいっ」」
綺羅達の元気な返事を聞いた呂布は二人の頭を撫でた。
話すべき事は終わったのか呂布は少し雑談に興じた後、屋敷を後にした。