夫婦というより親子
暫くすると、劉備達が居住している館に宴が設けられた。
上座に座るのは、劉備では無く張飛であった。
「しかし、あの張飛に嫁が出来るとはな」
関羽は心底意外だなという顔をしていた。
「兄貴。流石に失礼だぜ」
関羽の言葉を聞いても張飛は嬉しそうな顔をしていた。
嫁を貰えたことが余程嬉しいのか、気持ち悪い位に笑っていた。
余程嬉しいのだなと思う関羽。
だが、気になる事があったので、自分の隣に座る劉備に訊ねる。
「兄者。良かったのですか?」
「何がだ?」
「張飛の相手です。相手は夏侯一族の者です。これは曹操が我等を取り込む為の謀略では?」
「関羽。それは考え過ぎだ。もし、その様な謀略をするのであれば、私に妻を娶る様に勧める筈だ」
劉備は曹操から張飛に縁談を持ち込まれた時、直ぐに何かあるなと察した。
だが、曹操の申し出を断れば、敵対する意思があるのでは?と思われる可能性があった。
劉備としてはそれは避けたかった。
既に董承から天子の血書を読み、血判状に名を書いていた。
今はまだ曹操に疑惑を抱かせる事はしたくなかった。
その為、劉備は今回の縁談の話を了承した。
だが、縁談の話を受け入れた経緯については、関羽にも張飛にも話さなかった。
二人に話しては、余計に警戒させるだけだと思ったからだ。
「しかし、あの曹操ですから、何かしらの策謀を考えているやもしれませんぞ」
「そうであろうな。だがな」
劉備は張飛を見た。
有頂天の表情を浮かべる張飛。
そんな、張飛に劉備は今回の縁談は謀略絡みだという事を告げる気が引けていた。
「……張飛があんなに喜んでいるのだ。此処は素直に喜ぼう」
「ふむ。ですな」
劉備がそう言うのを聞いて関羽も告げるのを止めた。
そして、二人は純粋に宴を楽しむ事にした。
宴もたけなわというところに差し掛かっていた。
そろそろ、張飛が妻に迎える女性が居る部屋に向かっても良い頃合いであった。
新婦側の親戚として参加した夏侯淵が張飛に声を掛けた。
「翼徳殿。我が殿から、貴殿に贈り物がある」
「あん? おくりもの?」
少し酔いが回った張飛は曹操が贈り物をと聞いて、何なのか気になった顔をしていた。
夏侯淵が手を叩くと、使用人が数人がかりで何かを持って来た。
それは、布で包まれているので何なのか分からなかった。
夏侯淵が立ち上がり、使用人達の下に向かう。
そして、布を掴み取り払った。
布が取り払われた事で、使用人達が持っている物の正体が分かった。
それは矛の様であった。
長い柄で、先の刃の部分が蛇のようにくねくねと曲がっているという形状であった。
切っ先が口をあけた蛇の頭のように二又であった。
「こ、これは……?」
「殿が翼徳殿に相応しい武器として用意した物だ。有り難く頂戴する様に」
「おおお、丞相は素晴らしい物を用意してくれた様だ。して、この武器は何と言うんだ?」
「蛇の様な形をした矛だから蛇矛と言うそうだ」
夏侯淵から武器の名前を聞いた張飛は席を立ち、武器を持った。
刃を含めて一丈八尺程の矛を難無く持ち上げた。
そして、何度も振り、使い心地を確かめた。
「……こいつは良いな。丞相には張飛が感謝していたと伝えておいてくれ」
「承知した」
張飛はその贈り物の蛇矛を持ちながらその部屋を後にした。
部屋を出た張飛は花嫁が居る部屋に向かう前に、貰った武器を自分の部屋に置きに向かった。
武器を持って花嫁に会うなど流石の張飛もしなかった。
蛇矛を部屋に置いた張飛は、花嫁が居る部屋へと歩き出した。
(どんな子なのだろうな?)
実は張飛は縁談の話が来てから、一度もその花嫁に会った事が無かった。
知っているのは年齢ぐらいであった。
どんな子が来るのか楽しみだと思いながら歩く張飛。
廊下を暫く歩いた先に、花嫁の部屋に辿り着いた。
張飛は生唾を飲み込んだ後、部屋に入っていった。
部屋に入ると、寝台には面紗を被った赤い衣装を纏う女性が座っていた。
張飛はその女性に近付き、面紗に手を掛けた。
面紗を取ると、女性の顔が見えた。
年齢は十歳ぐらいであった。
まだ、あどけなさが残り、綺麗というよりも愛らしい顔立ちをしていた。
身長も張飛に比べると低く、身体も成長途中と言わんばかりに、胸も尻も腰も未発達と言えた。
面紗を取られた女性は張飛を見るなり笑みを浮かべた。
「お初にお目に掛かります。わたくしは夏侯淑姫と申します。幾久しく、よろしくお願いします」
「あ、ああ……よろしく」
張飛はそれだけしか言えなかった。
そして、二人は一夜を共にした。
宴が終わると、夏侯淵は曹操に報告する為、屋敷に向かった。
「そうか、張飛は喜んでいたか」
「ええ、それはとても喜んでいました」
張飛の喜びようを見たままに報告する夏侯淵。
話を聞いた曹操は満足そうに頷いていた。
「しかし、二人の年齢を考えると、夫婦というよりも親子と言うのがしっくりきますな」
「言うでない。まぁ、縁談を勧めた私が言うのも何だが、確かにその通りだな」
曹操はもう少し年齢が近い子がいればなと思いつつも、今はこれで良しとする事にした。
本作に出て来る夏侯淑姫は生年は187年とし、夏侯淵の姪という設定にします。