新郎の贈り物はこれで良いか
張燕を家来に出来たことで曹昂が喜んでいるところに、兵が部屋へ入って来た。
「申し上げます。劉皇叔様が丞相に先日の宴のお礼に参りました」
「なに、劉備が来たと?」
それを聞いた曹操は直ぐにもてなしの準備をする様に命じた。
「では、私はこれで」
「別に良かろう。お前も付き合え」
曹操が同席しろと言うので、曹昂は暫し考えた。
(この後、特にする事無いから良いか)
そう思い同席する事にした曹昂。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。張燕はどうする?」
「私も同席させて頂きたい」
参加しないのは流石に家来として問題だと判断した張燕はその席に参加する事にした。
曹操は曹昂達を宴の席に居る様に命じて、曹操自ら劉備を出迎えに向かった。
皇叔である劉備を表向きは敬っての事か、それともただの気まぐれなのかは分からなかった。
少しすると、曹操が劉備と共に宴席に来た。
劉備はその席に座っている者達を一瞥した後、席に着いた。
宴席が続く中で、使用人が河北を調べていた満寵が戻って来た事を報告した。
「戻って来たか。丁度良い。通せ」
「はっ」
使用人が一礼しその場を離れると、満寵を連れて戻って来た。
使用人が一礼し離れていくと、曹操は満寵に訊ねた。
「視察ご苦労であった。河北の情勢は如何であった?」
「はっ。これはもう暫く勝敗が着くのは時間が掛かると思われます」
そう言った満寵はその理由を語りだした。
満寵曰く、長く続いた劉虞と袁紹の戦いは、烏桓族の蹋頓が袁紹に寝返った事で戦況は日増しに悪化した。
劉虞も援軍が望めない中でも諦めず抗戦した。
そして、幽州のある易田(土地が痩せていて、1年おきにしか耕作できなかった田地)に塹壕を十重にして敷いて、高さ十丈の京を築いた。
その京の上に楼を立てた。そうして建てた城を劉虞は易京と名付けた。
其処に大量の兵糧と多くの兵と一族と共に籠もった劉虞。
流石の袁紹もこの城を攻め落とすのに手を焼いた。
加えて、劉虞は亡き公孫瓚の子の公孫続に公孫瓚が作り上げ袁紹との戦いで生き残った白馬義従を与え、城の外で戦わせた。
袁紹軍が公孫続を攻めれば、劉虞が城から出撃し攻撃する。
袁紹軍が城を攻撃すれば、公孫続が袁紹軍の背後を突くという掎角の勢を持って戦っていた。
易京攻略でも手を焼いている時に、掎角の勢で攻撃されている為、袁紹はその対応で後手に回っていると話した。
「この様に劉虞は袁紹相手に善戦しております。勝敗が着くとしたら、まだ時間が掛ると思います」
話を聞いた劉備は恩人の無事を確認できて安堵し、曹操は来年の春まで保ってくれると嬉しいなと思い、曹昂は思っていたよりも劉虞の才は凄い様だと評価を上げていた。
「恩人の無事が確認できたの。嬉しき事よ。今日は大いに飲もうぞ」
「はい」
曹操がそう言って、劉備は盃を掲げて酒を飲んでいった。
同席している曹昂達も酒を飲んでいった。
翌日。
曹操はまた曹昂を呼び出した。
「父上。お呼びとの事で参りました」
「うむ。昨日、劉備の扱いについて話していたな」
「はい。それで、どうなさるおつもりで?」
「それはだな。劉備を我が親族に迎えるのだ」
「はい?」
曹操が名案とばかりに告げた案に、曹昂は目を見開いて驚いていた。
「父上。劉備を親族に迎えるとは、些かどうかと思います」
曹昂は反対とまでは言わないが無理ではと思い曹操に述べた。
「そうか? 劉備も私の親族になれば、逆らうという気も無くなるだろう」
「第一にして、劉備がその話を受けるかどうか分かりません」
「其処だ」
曹操は曹昂の今の言葉が重要だと言わんばかりに指差した。
「もし、劉備がこの話を断れば、私に敵対するつもりだと分かるだろう。もし了承すれば、劉備は私の敵にならないという事になるぞ」
「う~ん。そう上手くいくでしょうか? それに劉備には妻妾が居る筈ですよ」
曹昂は親族に迎えるという以前の話だと言うと、曹操は笑った。
「ふふふ、お前もまだまだだな。そんな直接的に親族に迎えると言っても、劉備の事だ、適当な理由をつけて断るだろう」
「妻妾居る時点でそうだと思いますが?」
「ならば、あやつの義兄弟はどうだ? 関羽も張飛も妻帯しておらんぞ」
「……そう言えばそうですね」
曹操に言われてみると、その通りだなと思う曹昂。
(関羽が養子を取るのもまだ先の事だし、張飛に至っては何時子供が出来たのか分からないしな)
関羽と張飛の二人ならば問題無いかと思い頷く曹昂。
「良いと思います。それで、どちらに縁組を申し込むのです?」
「うむ。個人的には関羽が良いのだが、しかし、関羽だと時と場合によっては離縁や切り捨てる事も考えられる。此処は粗暴だが、性根が真っ直ぐな張飛に縁組をするのが良いと思う」
「賛成です」
曹操が張飛に縁組をすると言うと曹昂も異論は無いのか賛成した。
「ところで、縁組をするにしても嫁がせる娘は居るのですか?」
張飛という事で、曹昂は前世の記憶で張飛の妻は確か夏侯淵の親戚が嫁いだという話を読んだ事があった。
なので、その夏侯淵の親戚が嫁ぐのだろうと予想する曹昂。
「うむ。夏侯淵の親戚にちと若いが、娘が居る。その者を嫁がせる事にした。既に夏侯淵には話は通してある」
「成程。……若い? その子は幾つなのですか?」
「確か、今年で十一だったな」
「…………」
その嫁ぐ娘の年齢を聞いた曹昂は顔を引き攣らせた。
(張飛ってもう三十半ばだよな? 其処に年が二回りも離れている妻が嫁ぐって事になるのか。政略結婚ってのは分かっているけど、かなり問題があるような気がする)
良いのかなと思ってしまう曹昂。
「近々、劉備に文を送る。張飛に縁組の申し出だ。もし、受ければ良し。受けなければ、お前の配下の『三毒』に劉備を監視させろ」
「分かりました。ところで、もし縁組が纏まれば新郎に贈り物が必要ですよね。私が用意しましょうか?」
「ふむ。そうだな。張飛が喜びそうな物を手配せよ」
「承知しました」
曹操から許可を得た曹昂は一礼しその場を離れた。
廊下を歩きつつ、曹昂は張飛には何が送るのが良いか考えていた。
(張飛と言えば酒というイメージが強いけど、多分父上が引き出物に入れるかも知れないから。被るかもしれないな。だとしたら、別の物が良いか)
張飛と言えば、他に何があるかと考えていると、一つある物を思い出した。
「ああ、そうだ。あれがあったな。張飛と言えば、これと酒好きという印象があるな」
そうと決めたら、曹昂は直ぐに鍛冶場に向かう事にした。
本作に出て来る易京の名づけの由来は、作者の想像ですので事実かどうかは分かりません。
なので、信じないでください。