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何の為に設立したと思っているのかな

 二日後。


 許昌近くの休耕田には多くの者達が居た。

 弓矢を持つ集団も居れば、馬に跨っているだけで何も持っていない者達の集団も居た。

 前者は此度の巻狩に参加する者達。後者は狩りを見物する者達であった。

 献帝もその狩りに参加するのか、手には弓を持っていた。

 弓には彫りが施され、金銀で飾り立てられていた。

 その側には曹操がピタリと張り付く様に立っていた。曹操は栗毛の馬に跨っていた。

(あれが、名馬と言われる爪黄飛電か。それにしても)

 曹昂は曹操の周りを見た。

 曹操の周りには許褚、典韋と言った護衛の他に夏候惇、夏侯淵、曹仁、楽進と言った自分の直臣で周りを固め、そして親衛隊に属する兵士達がその周りを固めていた。

 顔触れと、曹操の周りに居る事から、曹操を守っているのか献帝を守っているのか分からなかった。

 その様子を曹昂は少し離れた所で見ていた。

 ちなみに、曹昂も左右には呂布、高順と言った豪傑を従え、その周りを護衛の兵で固めていた。

(……せめて、献帝を守る体を取って欲しいな)

 狩りを見物する者達の中には曹操が献帝の隣に居る事に不満そうな顔をしている者が居た。

 劉備は何処にいるかなと思い首を動かす曹昂。

 そして、劉備は献帝達から少し離れた所で義弟の張飛と関羽と共に居るのを見つけた。

 曹操に斬りかかれば斬れそうな位置に居るのは偶然か? それとも何かあるのか?と思い見る曹昂。

 やがて、狩りが始まった。

 太鼓が叩かれ、轟音を立てる。

 勢子が喚声を挙げるか、鳴り物を鳴らして獲物を追い立てる。

 勢子に追い立てられ、献帝の前に出て来たのは白い兎であった。

「皇叔よ。あれを射よ!」

 姿を見せた兎を見るなり、そう命じる献帝。

「はっ」

 命じられた劉備は馬を駆けさせた。

 馬蹄が地面を蹴る音と馬が駆けて来るのを見て、兎は劉備に背を向けて逃げ出した。

 馬を駆けさせながら、弓に矢を番える劉備。

 番えた後、呼吸を整えると矢を放った。

 ぴゅんっという音を立てて放たれた矢は、兎に突き刺さった。

 兎は地面に転がると、少しの間痙攣した後、動かなくなった。

「おおっ、見事じゃ」

 献帝が劉備の弓の腕を称えると、少し離れた所に居る狩りを見物する者達が「万歳‼」と称えた。

 劉備もその声に応える様に、弓を高らかに掲げた。

 少しすると、一頭の鹿が姿を見せた。

「今度は朕が」

 そう言って献帝は矢を番えた。

 十分に狙いを定めて矢を放ったが、矢は鹿に当たる事は無かった。

 もう一度とばかりに、献帝が矢を番えようとしたが、曹操は無言で献帝の手に持つ弓矢を奪い取る。そして、爪黄飛電を駆けさせた。

 名馬である証拠とばかりに、爪黄飛電は直ぐに鹿に追いつき併行した。

 曹操は弓に矢を番え狙いを付けた。

 ぴゅんっという音と共に放たれた矢は鹿に当たる。

 首に刺さった矢は鹿は地面に転がった。

 勢子達は倒れた鹿を見つけると、鹿に刺さった矢を見た。

 献帝の矢だと示す為に、棒の部分に漢ノ献帝と書かれていた。

「おおっ、天子の御矢だ!」

「天子が鹿を射止められたぞ!」

 勢子が大声で狩りを見物している者達に伝える。

 それを聞いた者達は「万歳‼ 万歳‼ 万歳‼」と三唱した。

「早まるな!」

 其処に曹操が大声で叫んだ。

「その鹿を射たのは、我ぞ!」

 曹操は弓を掲げて高らかに宣言した。

 それを聞いて、反応は二通りに別れた。

 顔を顰めている者達と喜んで「万歳‼」と唱える者達に。

 後者は曹操と曹操の直臣ばかりであった。前者は献帝を含めた、狩りを見物している者達だ。

 その中には荀彧と曹昂の姿があった。

 二人は偶然なのか同時に溜め息をついていた。

 劉備の側に居る関羽は、曹操の行いが臣下の取るべき行動では無いと思い剣の柄に手を掛けた。

 側に居た劉備は関羽の動きを見るなり、慌てて関羽の側に寄り柄に掛けている手に自分の手を重ねた。

 劉備は関羽の顔を見ながら首を振る。

 義兄の意図は分からなかったが、抜くなと言っているのだと察した関羽は渋々柄から手を離した。

 関羽が大人しくなったのを見た劉備は曹操の側に寄る。

「丞相の弓の腕前は神の如くですな。お見事です」

「ははは、私の腕など大した物ではない。其処に居る呂布に比べれば、児戯に等しいぞ」

 曹操は高らかに笑った後、弓で呂布を指し示した。

「……確かに、そうですな」

 劉備は笑顔でその通りだと答えた。

 その後、曹操は持っている彫弓を献帝に返そうとしたが、献帝は万座で馬鹿にされた事が気に障ったのか「鹿を射止めた褒美にそちに下賜する」と言った。

 曹操は弓を下賜された事を喜んでいた。

 暫く狩りは続いたが、一部の者達の中には白けた空気を漂わせていた。


 狩りが終わると、曹操は丞相府に戻った。

 丞相府には今回の巻狩りを提案した程昱の姿があった。

「程昱。此度の狩りで不満そうな顔をしていた者はどれだけいた?」

 曹操は座席に座り献帝から貰った弓を見ながら程昱に訊ねた。

「はっ。董承、伏完と言った献帝の外戚と言った者達ですね。後、関羽が剣の柄に手を掛けているのが見えました。後は」

 程昱は其処で言葉を詰まらせた。

 言って良いものか、どうか迷っている様であった。

「どうした? 他に誰が居たのだ?」

「荀彧殿と若君が、丞相の行いに溜め息をつかれているのを見たと報告が」

「何だとっ⁉」

 自分の腹心と愛息子が自分の行いに溜め息をついたと聞いた曹操は弓を投げ捨て怒声を上げた。

「あの二人は私がどれだけ信用しているのか分からぬ訳ではなかろうにっ。あれだけ、重用しているのに、私よりも朝廷に忠義を尽くすと言うのかっ‼」

「いえ、その。荀彧様は分かりませんが、若君は丞相の行いに心を痛められたのでは?」

「あやつが、そんな性格なものかっ‼」

 曹操が大声で怒鳴っていると、其処に警備の兵が部屋に入って来た。

「申し上げます。曹子脩様が丞相に面会したいと申しております」

「なにっ、子脩が⁉」

 話に出た人物が会いに来たと聞くなり、曹操は程昱の顔を見た。

 程昱も曹昂の意図が分からなかったのか首を振る。

 とりあえず、話を聞く為、曹昂を通すように命じた。

 少しすると、兵の案内で曹昂が曹操達の前に出た。

 案内した兵は曹操に一礼すると、その場を離れた。

「……何の用だ。子脩よ?」

 曹操は鼻を鳴らしながら目を細めながら訊ねて来た。

 曹昂が何を考えているのか探る様に。

 疑心に満ちた目で見て来る父の視線を感じつつ、曹昂は何も言わず歩いた。

 そして、曹操が座っている座席の前にある卓に手に持ってる巻物を置き広げた。

「現在、父上に反感を抱いている者達の目録です。どうぞ、ご見分を」

 曹昂がそう言うのを聞いた曹操は目を剥きながら巻物を見た。


 侍中伏完。

 車騎将軍董承。

 長水校尉种輯。

 昭信将軍呉子蘭。

 工部郎中王服。

 議郎呉碩。

 涼州刺史馬騰。


「今の所、父上に反感を抱いていると分かっているのは、この者達ですね」

「……おおっ、こんなにも」

「よくぞ調べたな。私とお前の仲を裂こうとしている者達か」

「そうなりますね。今日の狩りを見た所、劉備もこの中に入ると見た方が良いかと」

「そうなるか。それにしても、良く此処まで調べたな」

 董承達も秘密にしている筈であったのだが、それがこうして調べられたのだ。

 曹操はどうやって調べたのか気になった。

「父上。何の為に『三毒』を作りになったとお思いで?」

 曹昂は呆れたように言う。

「それは、敵の情報をいち早く知る為だろう」

「それだけでしたら、間者を育てれば十分ですよ。私は敵だけではなく、将来的に父上の害になる者を見つけ出す為に設立したのです」

「うぅむ。成程な。言われてみれば確かに」

「流石は若君にございます」

 程昱は曹昂の先見性に敬服していた。

「特に伏完と董承の二人の屋敷には『三毒』の者で厳重に見張らせております」

「ほぅ、流石だな」

 二人共献帝の外戚なので厳重に見張るべきなので曹操は、曹昂の判断を褒めた。

「ですので、何か動きがあれば知らせが届きます」

「そうか。しかし、そうなると荀彧はどうするべきか?」

 曹操は荀彧の反応にどうするべきか頭を悩ませた。

「父上の行いの意図を察して溜め息をついただけかも知れません。此処は何もしないで、放置するのが宜しいかと」

「うむ。そうだな。私も腹心を処罰するのは気が引けるからな」

 曹昂がそう言うのを聞いて、曹操も何もしない事にした。

「良し、この話はこれで終わりとして、子脩よ」

 曹操はニヤニヤと笑いだした。

「? 何か?」

「ようやっと、子が出来たそうだな。早く孫の顔が見たいものだ」

「おめでとうございます。丞相」

 程昱は曹昂に子が出来た事に祝った。

 少しだけ顔が引き攣るのは、自分の娘が懐妊していないからだ。

「ふっ、程昱。お主もその内、孫の顔を見る事が出来るであろう。楽しみにしておくのだぞ」

「は、はっ」

 曹操にそう言われた程昱はその通りだと思い頷いた。

 そして、曹操は丁度良い機会とばかりに、父親としての心構えなどを教える事にした。

 曹昂は父が珍しく父親らしいことをするので、真面目に話を聞こうと黙って話に耳を傾けていた。

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