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一言相談して欲しかった

 曹操が許昌へ帰還した翌日。


 曹操は劉備を伴ない、外廷へと向かう。

 此度の戦で活躍により朝廷から恩賞を渡すという名目を果たす為だ。

 劉備は昨日来たばかりで天子に拝謁できるとは思わず、慌てて礼服の準備をした。

 そして、二人は宮中へと一緒に入って行く。

 曹操は宮中に入り、進む中、劉備は曹操から離れて階下で拝伏していた。

 これは、曹操は天子に拝謁出来る官職を持っているが、劉備には拝謁出来る程の官職を持っていなかった為だ。徐州牧の地位に就いてはいたが、呂布に徐州を奪われた後、朝廷が呂布を徐州牧に任じてしまったので、最早州牧ではなかった。

 顔を上げないのも官職を持たない為だ。

 劉備が離れた事を気にせず、曹操は進む。

 既に居並んでいる朝臣達に見られながら進み、献帝が座る玉座から数歩離れた所で止まる曹操。

 曹操は献帝に拝礼した。

「臣曹操。陛下に拝謁致します」

「うむ。面を上げよ」

 献帝に促され、曹操は顔を上げた。

 そして、曹操は献帝の側に居る朝臣に目を向ける。

 朝臣は曹操と献帝に一礼すると、手に持っている竹簡を広げた。

「臣曹司空。詔を受け、徐州に侵攻し朝廷に逆らう呂布は陛下の威徳により降伏し、徐州の全ての郡を朝廷に帰服させる事が出来ました事を報告す」

 朝臣は報告する事を終えると、竹簡を丸めて一礼する。

「そちの大きな手柄に、朕は嬉しく思う。その功績により、そちが前々から上奏していた三公の廃止を認める。同時に丞相と御史大夫の職を復置させ、其方を丞相に任ずる」

「臣曹操、厚恩に深く感謝いたします」

 この瞬間、曹操は君主を補佐する最高位の官吏に就いたという事になった。

 報告すべき事が終わったのか曹操は自分の席に座った。

 その後は朝議に入るかと思われたが、曹操が咳払いをしだした。

「陛下。あそこにおられる者は御存じで?」

 曹操は知らないだろうなと思いつつも、献帝に敢えてそう訊ねる。

「……いや、知らぬが」

「あそこに居るのは、劉備玄徳と言う者です」

「ふむ。劉備よ。近う寄れ」

 献帝が劉備に近付く様に命じると、劉備はその命に従うように立ち上がり、軽く身嗜みを整えた後、歩き出した。

 そして、献帝の前まで来ると、劉備は拝伏した。

「臣劉備。陛下に拝謁致します」

「劉備。そちは劉姓だが、如何なる家系か?」

「はっ……臣は中山靖王の末裔にございます」

「何とっ」

 劉備の口から、まさか現皇帝の親戚と聞かされて驚く献帝。

 それは居並ぶ朝臣達も同じであった。

 そんな中で曹操だけは、動揺する事も驚く事もなかった。

「驚いた。朕の親戚と申すのか?」

「はっ。孝景帝の玄孫であった劉雄の孫であった劉弘の子にございます」

 劉備はまたハッキリと自分の家系を述べた。

 それにより、ざわつく朝臣達。

 劉備の言う言葉が本当か嘘なのか分からないので、どう反応すれば良いのか分からないという雰囲気であった。

「静まれ!」

 曹操の一喝により、朝臣達はピタリと静かになった。

 そして、曹操は献帝に一礼した。

「恐れながら、陛下。勝手とは思いましたが、この曹操が劉備の家系を調べておきました」

「おお、そうであったか。では、早速、教えてくれ」

 献帝が聞きたいと言い出すと、曹操が手で合図を送った。

 予め言われていたのか、朝臣の中で宗正の職に就いている者が脇に置いていた巻物を取り立ち上がる。

 この宗正という役職は皇室親族を管轄し、諸宗室の遠近の親戚、郡国の存続年を宗室の名籍に計上する役職であった。

「孝景帝の皇子は十四子。第七子が中山靖王の劉勝です。そのお子が劉貞にございます。そのお子が昂。そのお子は……」

 宗正が劉備の先祖の名前を告げていく。

 劉備は黙って聞いている中で、曹操は事前に曹昂から劉備は宗室の資格を失った属尽であると聞いていたが、気になって調べた所、こうして家系が分かったのであった。

(まぁ、自称するだけはあるか。これで、劉備は皇族の一員として認められたという事になるな)

 やがて、劉備の祖父と父の名前が挙がった。

「陛下。この劉備は間違いなく孝景帝の玄孫にあたります」

 属尽である為家系に名前が乗るのは当然であったが、劉備は喜んでいた。

 今迄、自分が中山靖王の末裔と号しても、殆どの者達は劉姓であるから箔をつける為の自称だとか、本当は碌な家の出では無いと馬鹿にしていた。

 だが、こうして家系を読み上げられた事で正式に自分は皇族の一員だと認められたと実感する事が出来た。

「……驚いた。朕と其方は親戚であるという事か」

 献帝もまさか目の前に居る劉備が本当に親戚だと思っていなかったので、一番驚いていた。

 その後、献帝は玉座を立ち上がり劉備の手を取り、涙を流しながら漢室に忠義する親戚が居る事を喜んだ。

 劉備も献帝が涙を流す姿を見て、貰い泣きしたのか涙を流した。

 そして、劉備はその場で左将軍宣城亭侯に封じられ、劉備の家系と年齢から献帝の叔父に当たるという事で劉皇叔と呼ばれる事となった。

 

 劉備が正式に皇族の親戚に認められた事を喜ぶ者達が居る一方で、喜ばない者達も居た。

 その内の一人である程昱が、新しく作られた丞相府に足を運んだ。

 新しく作られたと言っても建物自体は司空府と変わらなかった。

 変わったのは門前に掛かっている扁額が司空から丞相という字に変わったぐらいだ。

 程昱が訪ねると、曹操は書物を読んでいるところであった。

「御寛ぎ中、失礼します」

「どうした? 何かあったのか?」

「丞相。天子は劉備を皇叔となさいました。その信任の篤さは並々なりませんぞ。いずれ、丞相の覇業の害になるやもしれません」

 程昱が劉備に注意すべしと言うが、曹操は笑った

「ふっ、皇叔がなにするものぞ。私はもう既に外戚ぞ。しかも、丞相の職に就いておる。どちらの地位が上か明らかであろう?」

 曹操は劉備の事はどうでも良いのか取り合わなかった。

 曹操の話しぶりを見て、この件はこれ以上話しても無駄だと察して、別の話を振った。

「丞相。丞相はいつまで、その地位に甘んじておられるので?」

「……何が言いたい?」

「既に丞相の威徳は天を突く程に高いです。何時までも、漢室の臣下に甘んじてはいけません」

「……私に帝位に就けと言うのか?」

「まさしく」

 程昱はその通りとばかりに頷くが、曹操は首を振った。

「まだ早い」

 曹操がそう告げると、程昱は訊ねて来た。

「何故です? 既に多くの領地を持ち、多くの兵を従えております。これ程の力をお持ちなのです。帝位に就いても宜しいと思います」

「……私よりも多くの領地を持っている者がおるであろう」

「袁紹、ですか?」

「そうだ。今だ幽州を落とす事が出来ていないと言うのに、領地は私よりも多く、兵も多い。袁紹を討たずして帝位に就くなど出来ん」

「言われてみれば、そうですね」

「それにだ。今の朝廷には誰が敵で誰が味方なのか分からんのだぞ。そんな中で帝位など就ける訳が無い」

「確かにそうですな。……では、丞相。この様な策は如何です?」

 程昱は曹操にある策を提案した。


 許昌にある曹昂の屋敷。

「二日後に許昌の近くにある田で狩りをする?」

「はっ。丞相がそう申しておりました」

 曹操が送った使者は曹昂にそう述べた。

「……分かった。子脩は参加すると伝えよ」

「承知しました」

 使者が一礼しその場を離れると、曹昂は溜め息を吐いた。

「篩に掛けたい気持ちは分かるけど、もっと相手にバレない様にする方法があるだろうに」

 曹操達が行う事があまりに露骨なので、困った様に息を吐く曹昂。

「狩りが終わった後、一言物申さないとな」

 そう決めた曹昂は曹操に報告する為に必要な物の準備に取り掛かった。

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