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もう、付いて行けないと皆は思った。

 数日後。


 寒い冬の日に雨が降り始めた。

 そんな日に見張りとして城壁に立つ兵士ほど可哀そうと思える者は居ない。

 雨の中、暖を取る為の外套を纏っていても、水で濡れてしまい一向に身体が温まらなかった。

 篝火は絶やさない様に薪を放り込まれているので、何とか耐える事が出来た。

「さむい……」

「はやく、いくさがおわらないかな?」

 呂布軍の兵士達も長く対陣している事で、戦意が衰えていた。

 誰も口にしないが、もうどっちが勝っても良いから早く戦を終えて欲しいと皆思っていた。

 雨が降っている為、呂布軍の兵達は気付かなかった。

 自分達の城に水が迫っている事が。

 更に運が悪い事に、雨は翌日になっても続いた。

 それにより、城内が水浸しになろうと、雨の所為だと皆勘違いした。

 その翌日。

 雨はようやくあがり、風雪も無い日となった。

 だが、城内の水は引く様子が見えなかった。

 其処で初めて、自分達の城が水の中にあるのだと理解した。

 兵達は慌てて、高い所に移動した。

 同時に呂布の下に報告に向かった。

 呂布は無聊を慰める為に自室で酒を飲んでいた。

「申し上げます‼ 城内に水が流れ込んでまいりました‼」

「なにっ⁉」

 兵の報告を聞いた呂布は持っている盃を放り投げて、部屋の外に出た。

 すると、昨日あった道が水で沈んでいた。

「これはどういう事だ?」

 呂布が呟く中で陳宮が呂布の下に来た。

「ああ、殿。丁度今、報告に向かおうと思っておりました」

「陳宮。これは、どういう事だ⁉」

 呂布が陳宮に尋ねると、陳宮は自分の推察を述べた。

「恐らく、敵は泗水と沂水を堰き止めて、水の流れを変えてこの城を水浸しにしたのでしょう」

「曹操めっ」

「既に高い所に兵糧などを移しております。殿。何か対策を立てましょう」

「対策。対策か……うん?」

 陳宮に尋ねられた呂布は考えていると、水に映った自分の顔を見た。

 良く見ようと、水の中に入り腰を曲げて水に顔を近づけた。

(……何だ。この顔は?)

 水鏡に映った呂布の髪の毛は白髪が混じり、目の周りが青黒く疲れた顔をしていた。

 これが自分の顔かと思い頬に手を当てると、水鏡に映る自分の顔に手が当たった。

 水鏡に映った顔は本物だと言っている様であった。

(どうして、こんな顔になったのだ? ……そうかっ)

 今日まで自分がしていた事を思い返す呂布。

 そして、ほぼ毎日酒を飲んでいた事を思い出した。

(酒か。俺をこんな顔にしたのは酒の所為かっ)

 呂布はそう思い込むと、今自分がすべき事を考えた。

 水の中に入り込んだ呂布が何事か考えるのを見て、陳宮達は何事かと思いながら見ていた。

「……殿。水攻めの対策はどうなさいますか?」

「対策は…禁酒だ‼」

「はっ⁉」

 呂布が大声で告げるのを聞いた陳宮は意味が分からないという顔をしていた。

 もっと、他に別の対策があるだろうと思い、口を開こうとしたが、先に呂布が語りだした。

「今日より曹操が撤退する時まで禁酒とする。誰であろうと酒を飲んだ者は斬る‼」

 呂布の宣言を聞いた陳宮は頭が痛そうな顔をしていた。


 呂布の禁酒令が命じられた数日後。


 呂布配下の武将である侯成は城壁から空を見上げていた。

 雪がチラホラと降り始めていた。

「大雪がどれだけ降ろうと、風が寒くなろうと、曹操軍には全く意味をなさないとは、我等は勝てるのか?」

 周りに自分の部下しか居ないので、本音を零した侯成。

 このままでは、水攻めを受けている自分達が負けるのでは?という思いが侯成の心の中を支配した。

 振り払おうと思い、何気なく下を見た。

 すると、水の中に馬を連れた集団が目に入った。

 軍装から呂布軍の兵士だという事が分かった。その呂布軍の兵達が数十匹の馬を連れて何処かに行こうとしているのを見て分かった。

 侯成はその集団が何処に行くのか直ぐに悟った。

「貴様らっ、何処に行くつもりだ‼」

 城壁から大声を上げる侯成。

 侯成の声を聞いた兵士達は慌てて、逃げようとしたが遅かった。

「裏切者めっ‼ やれ!」

 侯成が合図を送ると、侯成の部下達は矢を番えて放った。

 放たれた矢の殆どは馬を奪おうとした兵士達に当たったが、その内の何本かは馬にも当たった。

 矢が放たれた一帯は人馬の血により赤く染まった。

「城が存亡の時に己の命欲しさに、馬を奪い曹操軍への手土産に投降するとは、何たる恥知らずな!」

 侯成は逃げようとした兵士達を侮蔑の目で見下ろしていた。

 だが、直ぐにこのままでは不味いと思った。

(何かしなければならんな……)

 暫し考えた侯成は何か思い付くと、直ぐに部下に命令した。


 数刻後。

 侯成の命令で城の外に出ていた部下達が戻って来た。

「侯成様。ご命令通り、猪を捕らえて参りました」

「おう、ご苦労」

 部下を労いながら、猪が置かれている所へ向かった。

 大きさはバラバラだが十数頭の猪が置かれていた。

 毛皮は付いたままだが、内臓は抜かれていた。

「美味しそうな猪ですね」

「うむ。毛皮も剥いで外套にも出来る。肉を食えば力がつく。こういう時にはピッタリな食べ物だ」

 侯成はどの様に食べるか考えつつ、酒も飲めれば最高なのだがなと思った。

(……殿に一言言って、酒を出すように進言してみるか)

 そう思った侯成は取れた猪の中で一番大きい物を選び、ついでに密かに自分で飲むように作った酒を持っていく事にした。

 禁酒令がまだ撤回されていないので、酒蔵から勝手に持ち出す事が出来なかったからだ。

「何だ。これは!」

 猪と共に酒甕を持ってきた侯成に呂布は怒声を浴びせた。

「はっ。馬を盗もうとした者を討ち取りましたので、その祝いに猪と酒を持って参りました」

 侯成の説明を聞いた呂布は怒りで歯ぎしりした。

「愚か者‼」

 呂布は怒声を上げると共に、酒甕を蹴った。

 蹴られた酒甕は簡単に割れた。割れた事で酒の匂いが辺りを漂った。

 その匂いを嗅いで呂布は怒りが更に燃え上がった。

「貴様、今城内では禁酒令を出している事を知らぬのか⁉」

「はっ。存じております。ですが、籠城中ですので何かしらの楽しみが無ければ、皆の士気が落ちます」

「自分が酒を飲みたいだけであろう‼」

 呂布はもう我慢ならないとばかりに、腰に佩いている剣を抜いた。

「私の命令に背いた者がどうなるのか見せしめにしてくれる! 其処に直れ!」

 呂布の命に侯成は悔しそうな顔をしつつその場に座り目を瞑った。

 それを見た兵が慌てて駈け出して、他の者達に声を掛け回った。

 武将達は慌てて、呂布達が居る部屋へと向かった。

 そして、呂布に哀願した。

 皆口々に「侯成を殺してはなりません」「侯成を殺せば、曹操が喜ぶだけです!」と言った。

 しまいには高順も呂布の行いを止めた。

 皆が止める様に言うので、呂布は剣を納めた。

 その代わりとばかりに、鞭打ち百回を命じた。

 皆も侯成も反対する事が出来なかった。

 そして、侯成は地下へ連れられ鞭打ちが行われた。

 鞭を打つ者達は侯成の背中に容赦なく鞭を打つ。

 肉を打つ音が辺りに響いた。鞭打たれる度に背中の皮は裂けていった。

 最初だけ呂布も見ていたが、五十回ほど打たれるのを見て「百打つまで止めるなよ」とだけ言ってその場を後にした。

 呂布が去るのを確認すると、鞭を打っていた者は突然、壁に鞭打ち始めた。

 鞭打ちの痛みで朦朧としている侯成に誰かが優しく声を掛けた。

「侯成っ、大丈夫か⁉」

「しっかりしろ‼ 今薬師を呼んで来るから」

 侯成に声を掛けたのは同僚の魏続と宋憲であった。

 二人の声を聞いた侯成は返事もせずに気を失った。

 

 少しすると、侯成はうつ伏せで寝台に寝ている事に気付いた。

「こ、ここは……?」

 侯成は周りを見ると魏続と宋憲が居た。

「お主の部屋だ」

「もう治療はしているので、大丈夫だぞ」

「お主等が此処まで運んでくれたのか?」

「ああ、そうだ」

「すまんな」

「何を言う。我らは友であろうに」

 宋憲がそう言うのを聞いて侯成はうつ伏せのまま語った。

「私は酒が飲みたくてやったのではない。皆の士気を盛り上げようとしただけなのだ……」

 痛みで顔を顰めつつ呂布にした事を魏続達に伝えた。

「おお、それは分かっている」

「しかし、呂布殿も無情な事よ」

 魏続達は呂布の行いを非難した。

「……最早、我等の運命は決まったのかもしれんな」

 侯成は涙を流しつつ、自分の末路を悟った様に呟く。

「侯成。まだ、嘆くのは早いと思うぞ」

「おお、そうだ。実は我々は前々から考えていた事がある」

「それは何だ?」

 魏続達は誰に聞かれたくないのか、顔を近付けて小声で語りだした。

「っ⁉ いや、それはっ」

「このままでいれば、我らはどうなるのか分かっていよう」

「そうだ。そうなる前に行動するだけだ」

「……分かった。では、私も共に行動しようぞ」

 侯成達は互いの手を握り合うと行動を開始した。

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[気になる点] 背中をバシバシやられたなら、うつ伏せで寝かせてあげて下さい
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