行動する者しない者の差
陳宮の献策に従い、呂布は外で戦う準備をしていた。
その準備をしている部屋に兵士が入って来た。
「申し上げます。雪が降り始めました」
「なに?」
兵の報告を聞いた呂布は部屋を出て、外を見た。
深々と降りだす雪。
まだ積もる程ではないが、外で戦うのであれば、風雪による寒さの対策も必要かと思う呂布。
そこで毛皮で作られた外套も必要だと思い、報告に来た兵に毛皮の外套を持ってくる様に命じた。
兵がその命に従い、部屋を出ると入れ替わりに呂布の妻である厳凛が部屋に入って来た。
「貴方。何処かにお出かけになるつもりですか?」
「うむ。陳宮の策でな。これから外に布陣している曹操軍を叩きに行く」
呂布がそう告げると、厳凛は驚いた顔をした。
「ああ、旦那様。私をお見捨てになるおつもりでっ」
厳凛は袖で顔を覆い泣き出した。
「な、何を言っている? この危機から逃れる為に私は外に行くのだぞ。決してお前を見捨てるつもりなど」
突然泣き出す妻に呂布は優しく声を掛ける。
「ですが、貴方がこの城に居るからこそ、この城は守る事が出来るのですよっ。もし、貴方が城を出れば、残った者達が貴方を絶対に裏切らないと言えるのですか?」
「むっ・・・・・・」
妻の疑問に呂布は言葉を詰まらせた。
「貴方が信頼していた陳親子は裏切りました。他の者もそうでは無いと言えますか?」
「それはそうだが。しかし、此処まで私に付き従ってくれた者達なのだから裏切る事など」
「そうかもしれませんがっ。私は心配です。それにその策を献策した陳宮は貴方の幼馴染であられる高順様と不仲ではないですか。そんな御二人を城内に残したら、何が起こるか分かりませんっ⁉」
妻の指摘に呂布は唸った。
軍事に関して疎い妻の厳凛でさえ、参謀の陳宮と家臣の高順が不仲だと知っている。
それはつまり、曹操も知っている可能性があった。
(曹操の事だから、その情報を使って何かするかもしれんな)
呂布が城外に出ている事で、陳宮達の仲を更に悪くするという事も考えられた。
そう考えた呂布は頭を悩ませた。
「どうか、どうか、御考え直しを……ぉぉぉぉぉぉ」
泣き出す厳凛を見て呂布は暫し逡巡した。
「わ、分かった。考え直す」
泣き出す厳凛を慰めつつ呂布はこう考える事にした。
(そうだ。今残っている者達も絶対に裏切らないと言えるかどうか分からん。この策を成功させる為には、城外と城内との連携出来る事で成功するのだ。城内に裏切り者が出れば失敗する。その様な策に私達の命運をかける事はない)
そう考える事で呂布は陳宮の策を止める事にした。
呂布が城外に打って出るのを止めている頃。
曹操軍の陣地では降り始めた雪を掻き集めていた。
雪よりも土砂の方が多かったが、そんな事も構わず集められていた。
集められた雪交じりの土砂はやがて壁の形となっていく。
土を押し固めているだけであったので作業中に崩れない様に木材で補強していた。
やがて、土砂の壁は曹操軍の陣地を覆うように作られて行く。
ある程度形になると、作業をしている部隊を指揮する部隊長が声を上げた。
「良し。次は水を掛けろ!」
部隊長にそう命じられたが、作業をしている兵達は首を傾げた。
「水を掛けたら崩れないか?」
「でもよ。木材で補強しているから大丈夫じゃないか?」
兵達は如何なのだろうと思うが、取り敢えず命令に従い桶の中に入っている水を土砂の壁に掛けていった。
やがて、用意された水を全て掛け終わると、その日の作業は終わりとなった。
翌日も雪が降り続けた。
更に強い風が吹き曝し、視界が遮られた。
その風雪により、下邳城から曹操軍の陣地を見る事が出来なかった。
翌日。
ようやく、雪も風も止んだ。
城郭に居る見張りの兵士達は久しぶりに見る陽光に、気持ち良さそうに身体を伸ばした。
「んん~、……んんんっ⁉」
「おいっ、あれって⁉」
兵士達はその目に映る物を見て目を疑った。
そして、慌てて報告に走った。
同じ頃。
陳宮は呂布が居る部屋へと向かった。
(殿は何時になれば出陣するのだ?)
陳宮の頭の中には、呂布が出陣を取りやめたという考えなど一片も無かった。
もうこれ以外の策が無い以上、出陣するしかないと頭から思い込んでいた。
やがて、呂布が居る部屋に入ったが、肝心の呂布は出陣する様子が見えなかった。
「殿!」
「おお、来たか。陳宮。丁度呼ぼうとしていたのだ」
「今日であれば、雪も降らず風も吹いておりません。出陣するのであれば、今日が良いかと思います」
「ああ、それなのだが……」
呂布は少しだけ申し訳なさそうに口籠もる。
陳宮の策は止めにする事にしたと言おうとしたところで、兵が部屋に駆け込んで来た。
「も、申し上げます! そ、そとのそうそうぐんのじんちにっ」
「曹操軍がどうかしたのか?」
まさか、雪が降り始めたので撤退したのかと思う陳宮。
だが、その予想を大きく外れる事が報告された。
「そ、曹操軍の陣地に、城が建っております!」
兵の報告を聞いた呂布達は驚いていた。
呂布などは驚きのあまり、椅子から立ち上がった。
「な、何を馬鹿な⁉」
「見間違いであろう。寝ぼけていたのではないのかっ⁉」
「で、ですが。あれは確かに城でした!」
「ええいっ、私が直接確認するっ‼」
兵の報告を聞いても、訳が分からないので呂布は城郭へと向かった。
部屋に居た陳宮達もその後に続いた。
駆け出した呂布達。
既に城壁には多くの兵達がおり、其処から城の外を見て話していた。
呂布達はその兵達を掻き分けながら前に出た。
そして、その目に映った物に目を見開かせていた。
「な、なんだと……」
兵の報告からは聞いていたが、呂布はその目に映る物を見て改めて吃驚していた。
呂布の目に映るのは、城であった。
呂布達が居る下邳城に比べると、脆そうであったが城壁も城郭も備えた城と言っても良い建物であった。
城の建材には土砂を使っている様だが、それなのに、陽光に当たると光っていた。
「馬鹿な、敵はどうやって城を作ったのだ?」
「見た所、土を使った様だぞ」
「だが、昨日は強い風雪だったのだぞ。土だけであれば、簡単に崩れるだろう!」
「それは分からんが、どちらにしても城は建っているぞっ」
「有り得ん。敵は妖術でも使ったのか⁉」
呂布と共に付いて来た家臣達はどうして城があるのか分からず話をしていた。
そんな中で、呂布は陳宮を見た。
「陳宮。あの城はお前の策で落とせるか?」
呂布の問い掛けに陳宮は首を振った。
「陣地であれば可能ですが。城攻めとなれば、騎兵だけでは無理です」
陳宮は自分の策が潰されたと分かり悔しそうな顔をしていた。
「ぬううっ、おのれ曹操めっ‼」
呂布は冬の訪れで敵の士気が落ちるかと思われたが、城の出現でそれが難しくなったと分かり、怒りで拳を握りしめた。