下邳完全包囲
数日後。
曹操は率いて来た軍勢と共に下邳県へと進軍した。
その進軍中、曹操は劉備と話をしていた。
「劉備殿。呂布を此処まで追い詰める事が出来た。後はあやつをどう捕まえるかだけだな」
「そうですね。しかし、相手は呂布です。御油断しない方が良いと思います」
曹操が慢心している様に見えたので、劉備が諫めた。
だが、曹操は問題無いとばかりに手を振る。
「城を包囲してじっくりと攻めれば、如何に呂布と言えど敗れる筈がない」
「しかし、季節はこれから冬となります。我等も真冬の風に身を晒す事となります」
劉備としては冬が明けてから攻め込んでも良いのでは?と思い、軍議の場で発言したが、曹操と共に従軍してきた郭嘉と荀攸が反対した。
それだけ時間を置けば、呂布は兵を立て直す事と袁術と連絡を取り同盟を結ぶかもしれないと二人が言うと、曹操もその通りだと思い、兵を暫し休ませた後、こうして進軍する事と相成った。
「そうだな。出来るだけ早く済ませるとしよう」
曹操は其処は同意した。
そして、曹操は暫く軍を進行させると、下邳県近くになると、軍の一部を下邳県に通じる道の全てに送り封鎖させた。
その内の一つは劉備が率いる軍にも宛がわせた。
これは、劉備軍に城の攻撃に参加できる程の兵力が無い為であった。
張飛は不満そうであったが、劉備も関羽も自分達の現状が分かっている為か、特に不満無くその命令に従った。
そして、曹操軍が城を完全に包囲した。
獣どころか鼠一匹逃げ出す事が出来ない包囲を城郭から見た呂布は空を見上げた。
「冬よ早く来い。雪を降らし、山と野を埋め尽くせ。さすれば曹操軍も撤退するだろう」
そうなれば、袁術か袁紹と連絡を取り、曹操を打ち倒そうと考える呂布。
「殿。何時降るか分からない雪に頼るよりも確実な方法があります」
「それは何だ。陳宮」
「敵はこの城に着いたばかりです。今頃、陣屋作りをしているでしょう。ですので、今攻めれば曹操軍を瓦解させる事が出来るでしょう」
陳宮の進言を聞いた呂布は少し考えた。
「っ⁉ 誰か来ますっ⁉」
曹操軍を見ていた兵が軍勢から数騎出て来るのを見るなり、呂布達に大声で告げた。
その声を聞いた呂布は身を乗り出して、やって来る者達を見た。
「むっ、あれは!」
そのやって来る者達の顔を見た呂布は目を細めた。
まるで、其処に居る事が可笑しい者がいるようであった。
そしてやって来た騎兵達が城の周りにある堀まで来ると、その集団から一騎が前に出て来た。
「曹操っ、大将自ら直々のお出ましとは何用か⁉」
呂布がその一騎に声を掛けた。
呂布が言う通り、その騎兵は曹操であった。
どう見ても攻撃する様には見えないので、陳宮は城壁に居る兵達に攻撃しない様に指示した。
「呂布よ。久しぶりだな。こうして、顔を合わせるのは、濮陽で戦った時以来だな!」
城郭に居る者達に聞こえる様に大声を上げる曹操。
「そうなるな。それで、何用か⁉」
「お主に良い話を持って来たのだ。正直に言おう、お主の武勇は恐ろしい。敵に回したくない。だが、お主は状況次第で敵にも味方にもなる。そのような、何を考えているか分からない者を何時までも、そのままにしてはおけん」
呂布は曹操の話に耳を傾けていた。
内心、あの曹操が敵に回したくないと言うのを聞いて喜んでいた。
「其処でだ。お主と盟約を結びたい。今までの事を水に流し、共に手を取り天下を取ろうではないか」
「……何の理由も無く攻め込んで来た者が何を言う!」
いい話だなと思ったが、此処まで追い詰められたのは目の前の曹操の所為だと思い出し、呂布は其処を問い詰めた。
「それを言うのであればお主は、何の仇でもない私の領地に攻め込んできたではないか」
曹操の指摘に呂布は顔を顰めた。
「私はお主が張邈の要請で攻め込んで来た事を水に流す。お主も私が攻め込んで来た事を水に流すのだ。さすれば、何の蟠りも無く盟約を結ぶ事が出来る。そして共に大業を成そう。悪い話ではなかろう? どうだ?」
曹操は全て水に流して盟約を結ぼうと言うのを聞いた呂布はそれも悪くないかという思いが頭に浮かんだ。
「今、盟約を結ぶのであれば、お主の領地は保証しよう。だが、この城を攻め落とされた後では遅いぞ。返答は如何に?」
曹操が返答を求めて来たので、呂布はこれは少し考えた方が良いなと思った。
「……曹操殿。その様な大事は家臣の者達と話し合ってから決める故、暫し時間を」
「曹操! 私を覚えているか⁉」
呂布が話している最中、被せる様に陳宮が大声を上げた。
「うん? ……ああ、陳宮か。久しぶりだな。あの時以来だな。盟約を結んだ後、一緒に酒を飲みながら、あの時の話しの続きをしようではないかっ」
「何を言うか。貴様の様な舌先三寸で人を騙してきた者の言葉など聞けるかっ。これでも喰らえ‼」
陳宮は近くに居る兵が持っている弓矢を強引に奪い取ると、矢を番えて放った。
放たれた矢は曹操の兜に当たった。
しかし、距離が遠いので兜を貫く事は出来ず、甲高い音を立てて弾かれた。
とは言え当たった曹操からしたら、頭に物をぶつけられた衝撃が襲って痛みが走っていた。
その衝撃は曹操の愛馬絶影にも伝わり驚き、嘶き暴れ出した。
「どう、どう……呂布よっ。今のが返答と見た。良かろう。城に居る者達全て皆殺しにしてくれる!」
絶影を宥め落ち着かせた。絶影が落ち着くと曹操は今の矢が返答の代わりだと思いその場を離れた。
曹操と共に付いて来た騎兵達もその後に続いた。
呂布は離れる曹操に声を掛けようとしたが、声を上げる前に曹操が離れて行った。
曹操が見えなくなると、呂布は怒りの眼差しを陳宮に向ける。
「陳宮! 勝手な事をするなっ!」
「殿。これが曹操の罠だと分からないのですか!」
「黙れ! 出過ぎた真似をしおってっ」
呂布は腰に佩いている剣の柄に手を掛けた。
今にも陳宮を斬り殺しそうであったので、家臣達は呂布を宥めた。
それでも怒りが収まらない呂布。
通常であれば高順が宥めるのだが、陳宮と仲が悪い高順は呂布を宥める事をせず傍観していた。
家臣達が必死に宥めるので呂布もどうにか怒りを抑えた。
呂布と陳宮が揉めている頃。
曹操は自軍の陣地に戻っていた。
陣地に入ると、馬から降り作戦会議を行う天幕へと向かう。
大股で歩き足音を立てながら進み、幕を手で退けて天幕の中に入った曹操。
天幕の中では曹昂、郭嘉、荀攸の三人が話し合っていた。
幕が動く音を聞いて三人は入り口の方を見ると曹操の姿があったので一礼した。
曹操はそのまま歩き続け、誰も座っていない床几に座った。
「っち、陳宮の奴め。あやつが口を出さなければ、呂布を城から誘き出して捕まえる事が出来たものを」
惜しい事をしたと思う曹操。
「何事もそうそう上手くいきませんよ。父上」
憤っている曹操に曹昂は宥める様に声を掛けた。
「ふん。そうだな。しかし、あの城を見たが、攻め落とすには時間が掛かりそうだな」
「じっくり攻めれば良いでしょう。今の呂布殿は罠に掛かり逃げる事が出来ない虎も同然ですから」
「それもそうだが、これから冬になるからな。雪が降れば難儀な事になるぞ」
曹操は雪が降る前に片付けたいという思いがあった。
雪が降れば兵馬の動きが思うように取れなくなる上に、寒さで兵が死ぬ事もあるからだ。
敵を倒す為に兵糧攻めをしようとしたが、吹雪により軍が全滅するという事となれば目も当てられなかった。
「其処はお任せ下さい。既に対策も考えております」
「ほぅ、其処まで考えていたか。流石だな」
「お褒め頂き恐縮です」
「雪が降れば、その対策とやらも見れるか。さて、どの様な事をするか楽しみにしておこう」
「ご期待に添えると思います」
曹操が笑うと、曹昂はただ頭を下げた。