どの口が言う
劉備が曹操軍に合流した頃。
呂布は郯県を攻め落としていた。
陳宮の策で、一度包囲を解き劉備が城を出て来た所を叩き、その勢いのまま城を攻め落とすという策は見事に成功した。
多数の死傷者を出したが城は落とした。だが、城を守っていた簡雍は劉備の一族と城を守っていた家臣達と共に城を無事脱出していた。
呂布も劉備の家族が捕らえられると思っていなかったので、城を落とせただけで満足する事にした。
城を落とした事に満足しているところに、兵が引きつった顔で報告した。
「申し上げます! 曹操軍が州境を越えて、こちらに進軍しております。その数十万‼」
「なにっ⁉」
兵の報告を聞いた呂布は驚愕していた。
「もう、本隊が来たのか⁉」
「馬鹿な、早すぎる‼」
「あと数日は掛かると思ったのだがっ」
「我が軍は負傷者合わせても七万。城攻めをしたばかりで、疲労が溜まっている」
「どうするべきか?」
報告を聞いた家臣達は動揺しつつどうするか話していた。
「ぬぅ、曹操め」
予想以上に曹操の軍勢が早く徐州に来た事に呂布は唸った。
「殿。此処は彭城に撤退しましょう。そして、籠城し敵の疲労が極致に達したところで戦を仕掛けましょう」
陳宮が進言すると、呂布もそれしかないかと思った。
「では、私が先に城に戻り、城を守っている父に籠城の準備をする様に伝えてきます」
呂布の顔色から撤退するのだと分かった陳登はそう申し出た。
「おおっ、そうだな。よくぞ気付いた。陳登」
陳登の申し出を聞いた呂布は、陳登の細やかなところに気付いた事を称えた。
「良し。では、直ぐに城に戻り、曹操軍が襲来してきた事を告げるのだっ」
「承知しました」
呂布が彭城に行く許可を与えると、陳登は一礼しその場を離れた。
馬に跨る陳登は駆けさせた。
向かうは彭城。
陳登は馬を駆けさせながら、これからの事を考えた。
(城に戻って、父上に曹操軍が来た事を告げに行かねば。問題はその後だな)
彭城には呂布の家族と従う兵達も居た。
その者達を言葉巧みに追い出したとして、その後、呂布が城に来た際、城を奪われた事が分かるだろう。
それで激怒した呂布が城に攻撃を命じるだろうと予想する陳登。
曹操軍が来るまでの間に、城を守れるかどうか不安であった。
しかし、どれだけ考えても兵と将が足りないので、他に打つ手が無かった。
陳登は何とか出来ないかと思っていたところに、茂みから武装した者達が姿を見せた。
「何者かっ⁉」
陳登はその集団に大声で問い掛けた。
数日後。
呂布軍は彭城へと帰っている途中であった。
「殿。ご覧下さい。彭城です」
呂布の側に居る部下が城を指差しながら告げた。
城は曹操軍に包囲される事も無く、防備を固めているのが見えた。
「おお、無事であったか。曹操の事だから、別動隊を使って城を攻め落とすかと思ったが違ったか」
自分の予想が外れた事に安堵する呂布。
「殿。曹操軍が迫っております。早く城へ」
「ああ、そうだな」
陳宮に促され呂布は気を引き締めて城へと向かった。
呂布の軍勢は城の前まで来たが、城門は開かれる様子は無かった。
呂布は近くに居る兵に手で行くように促した。
その兵は駆けながら城の近くまで来た。
「開門‼ 開門‼ 呂州牧のお帰りだ‼」
その兵がそう叫ぶと城壁に兵が姿を見せた。
同時に弓弦を引き絞り矢を放った。
「ぐああっ⁈」
多数の矢が全身に突き刺さり兵は馬から落ちてそのまま事切れた。
放たれた矢は呂布軍の兵にも襲い掛かった。
突然の事であったので、守る事も出来ず兵達が大地に倒れた。
「こ、これは、何事か⁉」
襲い来る矢を叩き落としながら呂布は城に向かって叫んだ。
矢が放ち終えると、兵達の中から一人の男性が姿を見せた。
それは陳圭であった。
「おおっ、陳珪。これはどういう事だ⁉」
「ふふふ、簡単な事だ。この城は亡き陶謙殿が頼み込んだある方の物であったのを、お主が奪っただけの事。儂はその御方に返すだけの事よ」
「何だと⁉ その者は誰だ!」
「劉備玄徳様だ!」
呂布が大声で訊ねると、陳珪も負けない声で答えた。
「徐州の元々の主は劉備玄徳様じゃ。お前など、何処へでも行くが良いっ‼」
「ぬううっ、この腹黒い爺めっ。仕えた主を見捨てるのかっ。重く用いてやったと言うのに、この恩知らずめっ」
呂布はそう叫ぶが、周りの者からしたらそれは自分の事だろうと思った。
義父の丁原を殺し、二人目の義父で主君の董卓を殺し、曹操に敗れた自分を温かく迎えてくれた劉備の領地を奪ったという事をしているのだから。
「ええいっ‼ 全軍、城を攻めろ! あの爺の首を斬り落とせ!」
呂布が攻撃の号令を下すと兵達はどうしたものかと考える。
休めると思っていた所で、城が敵に寝返ったのだ。
呂布軍の士気が落ちていた。
「何をしているっ⁉ 早く攻撃しろ‼」
呂布は方天画戟を振るい攻撃を命じた。
そんな呂布を見ながら陳宮は駆け寄る。
「殿。今、城を攻めれば、我が軍は甚大な被害を出します。此処は退いて態勢の立て直しをしましょう」
「黙れ! この悔しさを晴らさねば気が済まんわっ」
陳宮の諫言を聞いても、呂布は攻撃をする気であった。
「掛かれええええ⁉」
「今こそ、呂布の首を取らん!」
其処に何処かに隠れていた軍勢が姿を見せて、右から呂布軍に襲い掛かった。
「何処の軍だ⁈」
「あれは、劉備軍の旗です!」
攻撃された呂布軍は混乱しつつ、何処の軍が攻撃したのか確認すると、『劉』の字が書かれた旗を掲げた軍勢が襲い掛かっているのが見えた。
「劉備軍の生き残りかっ。数は少数だ。迎え撃て!」
呂布は生き残りなのでそれほど数は多くないと思い迎撃を命じた。
「こちらも、掛かれ!」
それを見計らうように左から軍勢が姿を見せて呂布軍に攻撃した。
その軍勢は『陳』の字が書かれた旗を掲げていた。
「陳? という事は、陳登の軍かっ」
「呂布の首を取れ! 討ち取った者は重い恩賞をやろうぞっ」
呂布は攻め込んで来た軍勢が陳登が率いて来た事が分かると、怒りで目を見開かせていた。
「殿。此処は一度退きましょうぞっ」
「ぬうう、退け!」
陳宮の言葉を聞いた呂布は戦場から逃げ出した。
兵達もその後を追って行った。
劉備軍の生き残りを指揮していた関羽と張飛はその後を追い駆けようとしたが、呂布の愛馬赤兎の足に付いて行く事が出来なかった。
「流石にあの馬の足には追い付けんな」
「っち、あの野郎の首を取れると思っていたのによ」
呂布の首を取る事が出来ず、悔しそうな顔をする二人。
その後は曹操軍が来るまで彭城に戻り守りを固めた。