ようやくの到着
「この恩知らずがっ、さっさと投降しろ‼」
「隠れていないで出て来い⁉」
「腰抜けがっ、それでも男か‼」
郯県を包囲している呂布軍の将兵達は城に籠もる劉備に罵倒をぶつけていた。
劉備と関羽はどれだけ罵倒されても涼しい顔をしていたが、張飛がそんな言葉を聞く度に歯を食いしばっていた。
この罵倒は何時まで続くのかと思っている所に、罵倒する部将の下に兵が駆け寄るのが見えた。
兵が何事か囁くと、その部将は心得たとばかりに頷き兵達の罵倒を止めさせた。
そして、兵達に包囲を解き後退を命じた。
劉備軍に備えながら後退を始める呂布軍。
「何事だ?」
「敵の策やも知れません」
劉備は後退する呂布軍を見るなり呟くと、関羽が自分達を城に出させる為の策かもしれないと言い出した。
やがて、呂布軍は城から見えなくなった。
「兄者っ。追撃すべきだっ」
張飛は今まで罵倒された鬱憤を晴らす時とばかりに追撃する様に申し出た。
「いや、これは陳宮の策かも知れん。まずは、斥候を出し呂布軍が近くに隠れていないかどうかを確認した後で攻め込むべきです」
「そうだな。まずは、斥候を出すべきだな」
劉備は斥候を出す事にした。
四方に斥候を出し、暫くすると斥候達は戻って来た。
皆、何処にも呂布軍の姿が無いと告げた。
その報告を聞いた劉備は暫し考えた後、呂布軍が姿を消した理由が分かり手を叩いた。
「そうかっ。曹操軍の援軍がようやく来たのか。それで、呂布はその対応の為に城を包囲し続ける事が出来ず退いたのか!」
そうでなければ、包囲を解いて姿を消す筈は無いと思う劉備。
「おおっ、成程っ」
「そうとなれば、呂布軍の背後を攻撃すべきだぜっ」
関羽が納得すると、張飛は追撃に出るべきだと言い出した。
「そうだな。此処は曹操殿に義理を果たすとしようか。簡雍っ」
「此処に」
劉備が居並ぶ家臣の中で一人の名を上げると、家臣達の中から一人前に出た。
年齢は三十代後半の男性で、口髭と頬髭と顎髭が繋がっている様に生えていた。
額、眉、眼、鼻も口も顎といった顔の部分の何処を見ても平凡としか言えず、何処にも特徴と言える所を持っていなかった。
この簡雍と言う男は、字を憲和と言い、劉備が黄巾党討伐の義勇軍を旗揚げした時から付き従っている古参の家臣であった。
と言いつつも、劉備が黄巾党討伐の恩賞で県尉になった際、そのおこぼれで役人になったのだが、督郵の行いに張飛が怒り縛りあげて杖で叩くという事件を起こした際、劉備は関羽、張飛と共に逃亡した際は同行せず、そのまま役人をしていた。
劉備が涿郡の太守になると、劉備は簡雍を呼び寄せて家臣に迎えた。
その後は劉備と共に各地を転々としていた。
「お主に城を任せる。私が居ない間はこの城を守るのだぞっ!」
「はい。承知しました」
簡雍の返事を聞くなり、劉備は城内の居る兵の殆どを連れて関羽、張飛を伴ない城から出陣した。
城を出陣した劉備軍は東へと駆けて行った。
劉備は、曹操軍が迎撃に出たので恐らく東にいるだろうと思い駆けていた。
暫く駆けていると、前方から砂煙が上がっていた。
砂煙が上がっているので、何処かの軍の様だが旗が砂煙に隠れてしまい確認できなかった。
劉備は軍の足を止めさせて確認しようと目を凝らした。
その瞬間、風向きが変わった。
それにより、砂煙が晴れて、何処の軍か分かった。
「呂の字の旗‼ 呂布軍か‼」
「馬鹿なっ、呂布軍は曹操軍の迎撃をしている筈っ、こんなに早くっ、反転できるはず筈がない!」
向かって来る呂布軍に衝撃を受ける劉備達。
その所為で、対応が遅れた。
「玄徳が出て来たぞっ。今こそ、奴の首を挙げろ‼」
呂布は駆け出した勢いのまま、劉備軍に突撃する。
足を止めた劉備軍は陣形を整える暇もなく、呂布軍の突撃を受けた。
呂布を先頭にして突撃する呂布軍は深く切り込んでいった。
劉備軍はその攻撃で軍としての機能も果たせず、分断される始末であった。
「退けっ、退け!」
劉備は直ぐに撤退を命じると城へと駆け出した。
劉備軍の兵達もその後に続き、殿は関羽と張飛が務めた。
「逃がすな‼ 矢の雨を振らせよ‼ 劉備の首が取れるまで足を止めるな‼」
呂布が追撃を命じると、呂布軍は喊声を上げて劉備軍に襲い掛かった。
その勢いの激しさにより、関羽と張飛は兵の指揮を取る事が出来ず逃亡する事になった。
殿が壊滅した事を知らぬ劉備は、ただ城へと逃げていた。
だが、呂布軍の追撃は少しも緩まる事は無かった。
追撃により多くの兵が逃げてしまい、劉備の周りには僅かな部下しか居なかった。
「殿。このまま城に向かっても、勢いに乗った敵が城を攻めれば、城は保ちませんっ」
劉備の側に居る部下が注進した。
「では、どうする?」
「此処は城へ逃げ込まないで、道を変えましょうっ」
部下の進言を聞いた劉備は直ぐに方向を変えて、東へと逃げた。
劉備が道を変えたという事を知らない呂布は劉備が城へ逃げたと思い城へ向かい、そのまま城へ攻撃を仕掛けた。
道を変えた劉備は東へと駆けていた。
暫し駆けていたが、敵の追撃が無くなったので、劉備達は休憩を取った。
近くにある木を背にして休んでいる劉備達。
「……関羽と張飛はどうしたであろうか?」
休んでいた劉備はポツリと零した。
その呟きに部下達は誰も答える事が出来なかった。
自分達は逃げるのに精一杯であったので、生死を確認する事も出来なかったからだ。
「……分かりません。ですが、御二人であれば無事だと思います」
部下が気休めの言葉を掛けると劉備は答える事はしなかった。
「……殿。あちらをっ」
休んでいた部下が何かを見つけたのか、指差した。
その指差した先には、軍勢が見えた。
掲げている旗に書かれている字は曹であった。
「曹操軍、ようやく来たか・・・・・・」
曹操軍を見た劉備は安堵の息を漏らすと、部下達も安堵の表情を浮かべた。