進言、聞き入られず
時を少し遡り、徐州彭城国彭城県。
その県内にある屋敷の一室にはある男が手に持つ書状を見て頭を悩ませていた。
「どうしたものか……」
男はその書状を見るなり呟いていた。
その男こと陳宮は書状の内容がとても、自分の手で握り潰すにはあまりに大きな情報なので、どうするべきか迷っている様であった。
陳宮が持つ書状は曹操が劉備に当てた密書であった。
書かれている内容は、呂布を討った暁には、貴殿に徐州を与えるので協力されたしと書かれていた。
陳宮がこの書状を手に入れたのは、偶々であった。
最近、呂布が陳珪、陳登親子を重用し、自分を蔑ろにしている事を感じていた。
陳宮からすれば、陳親子は偶々、袁術撃退に功を立てただけの口先だけの詐欺師だと思っている。
なので、陳宮は事ある毎に呂布にあの親子を重用しない様にするべきだと言うが聞き入れて貰えなかった。
鬱憤が溜まったので、気晴らしに狩りに出かけた。
成果は十分であったので、そろそろ帰ろうとした所に怪しい人物を見つけたので、陳宮は気になってその者に声を掛けた。
その者は陳宮を見るなり、何も言わず来た道を引き返して行った。
陳宮は連れて来た者達にその者を捕まえさせて、自分の屋敷に連れ帰り拷問させた。
そして、その者は自分は曹操が劉備に送った間者だと告げて、既に劉備が曹操に当てた返事は別の仲間が許昌に運んでいったと告げた。
それを聞いた陳宮はもう用済みとばかりに間者を殺した。
念の為、間者の服を調べた結果、本当に服の襟に手紙が縫い込まれていた。
陳宮がその手紙を読むと、重大な事が書かれていた。
そして、その手紙をどうするか考える陳宮。
(普通に考えれば、殿に見せるべきではあるのだが。この手紙を見た瞬間、列火の如く怒る姿が目に浮かぶ)
そうなれば、直ぐに劉備を攻撃するだろうと予想する陳宮。
だが、しかし、そうなれば面倒な事になると分かっていた。
何故ならば、もしこの文の事を糾弾する為に劉備に攻め込んだ場合、これ幸いとばかりに曹操が攻め込んで来るかも知れなかった。
寧ろ、この手紙ですら本当は偽手紙で、劉備と曹操は手すら組んでいないかも知れないと思った陳宮。
だからと言って、これほど重大な情報を手にしたままとなれば、呂布が自分の忠誠心を疑う事も考えられた。
暫し、悩んだ後、呂布が劉備を攻めると言い出した時は止めようと思いつつ、陳宮は呂布の下に向かった。
「なにっ、劉備が曹操と手を組んだだとっ」
「はっ。その証拠がこれです」
呂布は仕事を終えて一息ついている所に、陳宮が訪ねて来て、曹操が劉備と手を組んで、呂布を討つ準備をしていると報告をしてきた。
陳宮はその証拠とばかりに、間者から奪った密書を呂布に見せた。
「…………あの大耳の賊めっ。住む所を与えてやったと言うのに、恩を仇で返しおってっ」
呂布は密書をくしゃくしゃに丸めながら投げ捨てた。
「ええいっ、許せんっ。兵を出せ。郯県を落して、劉備を捕まえて来いっ。いや、私自ら兵を率いて首を取って来てやるっ」
呂布は怒りに任せて命を下した。
「お待ちを。殿」
「何だっ。陳宮っ」
怒れる呂布に陳宮は制した。
「今、攻め込めば劉備は曹操殿に援軍を送る様に連絡を取るでしょう。そうなれば、如何に我等と言えど、勝つのは難しいかと」
「……確かにそうだな」
劉備の下には関羽、張飛という豪傑がいた。
並の者であれば、瞬きする間に倒せるが、その二人は別格であった。
「此処は皆にこの事を話し、それで意見を聞いて結論を出した方が良いのでは?」
「そうだな。良し、直ぐに家臣の者達を集めよっ」
呂布が部屋にいる使用人に命ずると、陳宮と共に部屋を出た。
評議をする為の部屋に家臣が集まっていた。
呂布が上座に座ると、皆に呼び出した理由を述べた。
「という訳で、皆は劉備をどうするべきだと思う?」
呂布がそう訊ねると、陳登が一礼し答えた。
「これは明らかに、殿を討ち取り、徐州を手に入れんとする邪悪な企みです。直ぐに劉備に兵を差し向けて、討ち取るべきですっ」
「わたしも息子の意見に賛成です」
陳登の意見に親の陳珪も賛成した。
他の者は何も言わないので、呂布はその意見を聞き入れようとした。
「お待ちを」
其処に陳宮が声を上げた。
「別段、直ぐに兵を差し向けずとも、劉備を此処まで呼び、事の是非を問い質した方が良いかと」
陳宮の意見に呂布は訊ねた。
「陳宮。劉備が呼び出しても来ない場合はどうする?」
「その時は密書に書かれている事が本当という事で、兵を送り攻めるべきです」
陳宮の意見を聞いた、陳登が訊ねた。
「陳宮殿。もし、劉備を呼び寄せても来るとは限りません。寧ろ、劉備は兵が来るまでの間に守りを固める事も考えられます」
「前以て準備をしていたのであればまだしも、密書の内容を見るにまだ準備の途中だ。今更、守りを固めたところで、何の憂いがあろう」
陳登の問い掛けに陳宮は答えた。
「ならば、今攻め込めば、容易に討ち取る事ができますな」
「だが、城を攻め落とすまでに、曹操の援軍が来るかも知れんぞ」
「それならば、曹操の援軍が来る前に城を攻め落とせば良いのです」
簡単な事だと言わんばかりに言う陳登。
「そう簡単に」
「もう、やめいっ」
陳宮が話している最中に、呂布が話に割り込んで来た。
「最早、方針は決まった。曹操の援軍が来る前に劉備を討ち取るっ。これで決まりだ!」
「しかし、殿っ」
「五月蠅い。もう決まったのだ。口を出すなっ‼」
陳宮は諫めようとしたが、呂布は怒鳴って何を言わせない様にした。
「高順。先鋒として三万の兵と共に郯県に向かえっ。隙あれば攻め落としても良いが、私が大軍を率いるまで、劉備を城に釘付けにしろ」
「はっ」
「他の者も戦の準備をせよ。これを機に、劉備を討ち取ってくれるっ」
呂布の命に従い、家臣達は戦の準備に取り掛かった。
陳宮だけ難しい顔をしていた。
(関羽、張飛の二人の豪傑を従える劉備が籠もる城をそう簡単に落とせるとは思えん。それまでに、曹操が援軍を送るかもしれんな)
陳宮は援軍が来た場合も考えておこうと、一人策を練るのであった。