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徐州侵略

 時を少し遡る。

 曹操が弱小勢力である張繍に痛手を被ったという報は、瞬く間に全土に広まった。

 袁紹、孫策、劉虞、劉表、馬騰と言った各地の有力者達の耳に届けられた。

 無論、曹昂の岳父である袁術の耳にも。


 揚州九江郡寿春城内にある一室。

 其処で袁術は評議の場で文武百官達と共に、曹操が敗れたという報告を聞いた。

「ははは、朝廷を思いのままにしていた曹操が、張繍如きに一杯喰わされるとは」

 曹操が敗れたという報告を聞くなり、袁術は笑い出した。

 部下達も釣られる様に笑った。

「それで、婿殿はどうしているのかな?」

「はっ。討たれたという情報が流れましたが、調べた所、誤報だった様です。許昌に居る密偵から、生存の報告を聞いております」

「そうか。それは良かった」

 報告する兵の話を聞いた袁術は曹昂が生きていた事は嬉しそうであった。

 可愛い娘が出戻りにならなくて良かったという気持ちが顔に出ていた。

「報告ご苦労。下がって良いぞ」

 報告した兵をを労い、下がらせると、袁術は鼻で笑った。

「曹操は暫くの間、軍事行動が出来ぬな。これは好機だ」

「好機ですか?」

 袁術の言葉の意味が分からず、側近の閻象は訊ねた。

「そうだ。今こそ、徐州を手に入れる好機だ。攻め込んで呂布と劉備めの首を取り、徐州を手に入れてくれるっ」

 袁術が徐州に兵を出すという発言に、文官達よりも武官達が喜んだ。

「今こそ、三つの家の奴隷の息の根を止めましょうぞっ」

「漢王室の末裔と僭称する大耳の賊も、この機に討ち取りましょうぞっ」

 張勲、紀霊といった武官達は意気込みを述べた。

 ちなみに、三つの家の奴隷とは呂布の事で、大耳の賊とは劉備の事だ。

 漢王室の末裔と自称している為か、世間では劉備の事をそう蔑称する者達が居た。

「うむ、そうだな。では皆の者、戦の準備に取り掛かれっ」

 袁術が戦の支度に取り掛かるように命じると、文武百官達は返事をして部屋を出て行った。

 閻象も準備に取り掛かろうとしたが、袁術に呼び止められた。

 他の者達が部屋を出て行く中、閻象は一人残った。

「閻象よ。以前仕掛けた謀略の効果は出ておるか?」

「はい。それはもう」

 閻象は笑いながら答えた。

「呂布と陳宮との仲はかなり険悪の様です。今では陳宮の言葉も碌に訊かないそうです。代わりに、陳珪、陳登親子が呂布の信任を得ている様です」

「ほぅ、そうか。それは良い」

 閻象の報告を聞いた袁術も計略通りにいく事が出来て、嬉しいのか笑っていた。

「殿。聞いても宜しいですか?」

「何だ?」

「今の我等には徐州に攻め込む名分がありません。名分が無き戦は朝廷も黙っておりませんぞ」

 大義名分が無い戦で徐州を手に入れても、周りの諸侯と朝廷が黙っていないと思い述べる閻象。

 下手をしたら、勝手に戦を仕掛けた賊として討伐される事も考えられた。

 曹操が徐州に攻め込む事が出来たのも、一族を殺された恨みを雪ぐと言う名分があったからだ。  

 劉備が一時期とは言え、徐州の州牧に成れたのは陶謙の遺言で州牧に任命されたという名分があったから、誰も口を出す事が出来なかったのだ。

「ふっ、心配ない。其処は考えている」

 袁術は聞かれたくないのか、閻象を手招きした。

 閻象は近付いたが、余程聞かれたくないのか、袁術はもっと近付けと手招きした。

 後数歩で袁術の身体に触れるという所まで来ると、袁術は顔を近付けて囁いた。

「……それはっ」

「悪くないであろう。徐州を手に入れる事が出来るのだぞ」

「…………人選は如何なさいます?」

「お主が決めろ」

「……承知しました」

 そう答えた閻象は一礼し部屋を出て行った。

 数日後。

 袁術は戦の準備をしつつ、韓胤を呂布の下に送らせた。

 韓胤には、自分の息子と呂布の娘と婚姻を結ぶ為と言った。

 閻象以外の者達には、呂布を油断させる為だと述べた。

 韓胤はその命令に従い、呂布の下に向かった。


 韓胤が徐州へ送られてから、少しすると、袁術の下に驚くべき報告が齎された。

「なにっ、私が送った韓胤が捕縛されて、許昌へ送られただとっ‼」

「はっ。婚姻を結ぶ話を聞いた時は、呂布も受け入れようとしたのですが、陳珪が反対した為、話は御破算になりました。それだけではなく、曹操への贈り物にすると言って捕まえて、許昌へと……」

 韓胤に付いて来た者が、見たままの事を袁術に報告した。

「おのれ、呂布。わしの使者にそのような無体を働くとはっ!」

 袁術は肘置きを何度も叩いて、怒りを露わにした。

「わしの面目を潰した呂布に目にものを見せてくれる。張勲!」

「はっ」

 張勲が家臣の列から一歩前に出ると、袁術に一礼する。

「お主に二十万の兵を与える。即刻、徐州に攻め込み、呂布の首を私の前に持って来るのだっ」

「はっ。承知いたしました」

 袁術の命令に従い、張勲は部屋を出て行き、既に準備を整えた二十万の兵と共に徐州へと駆けて行った。

 

 張勲が出征したのを見送った袁術は一人自室に居た。

 椅子に座り、機嫌よ良さそうに酒を飲んでいた。

「……ふ、ふふふ、ふはははははははっ」

 酒を美味しそうに味わっていた袁術が突然笑い出した。

 部屋には一人しか居ないので、笑っている袁術を見る者はいなかった。

「はははは、まんまと上手くいきおったわっ。韓胤を送り込んで、婚姻を破談させた事で、私の面目を潰したという名目があれば、誰も文句をつける事はせんだろう」

 袁術は韓胤が捕まる事も想定していた。

 一応、婚姻が成立する事も考えていたが、成功はかなり低いと見ていた袁術。

 誤算だったのは、殺されず許昌へ送られた事であった。

 それはそれで良いという事にした袁術。

 重要なのは、徐州に攻め込める名分が立ったという事だ。些か強引だが、名分である事には変わりなかった。

「ふむ。呂布の性格だと殺すと思っていたが、まあ良い。どちらにしろ、攻め込める名分が出来たのだ」

 袁術は手の中で盃を遊ばせながら笑った。

「家臣一人の命と引き換えに、徐州を手に入れる。ははは、安い物だ」

 袁術はもう既に徐州を手に入れた気分になっていた。

 その十数日後。

 許昌へ送られた韓胤は斬首されたという報告が袁術の下に齎されたが、袁術は怒る事も悲しむ事もせず「そうか」と呟くだけであった。

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