衝撃の報告
何度も襲撃してくる張繍軍の攻撃を凌いで、ようやく北門に到着した曹昂軍。
門楼には『曹』の字が書かれたままであった。
張繍軍の襲撃は受けなかった様だと安堵する曹昂。
曹昂の姿を見ると、門楼にいた兵が姿を見せた。
「子脩様。よくぞ御無事で」
「ああ、例の準備は?」
「はっ。既に完了しております」
兵の報告を聞き終えると、同時に後方から蹄が駆ける音が聞こえて来た。
「また、来たのか。いい加減にして欲しいものだ。まぁ、そろそろ終わりにするとしよう」
曹昂は火が迫っている中でよく逃げないなと感心しながら、門楼にいる兵に声を掛けた。
「紐に点火せよっ。全軍、駆けよ!」
「はっ」
曹昂は部下にそう命じると共に同時に駆け出した。
兵達もその後に続いた。
曹昂に命じられた兵は地面から伸びている紐に松明を近付ける。
松明の火が紐に付くと、紐は火を何処かに導いて行った。
それを見届けると、兵は曹昂軍の後を追い駆けた。
曹昂軍が北門から少し離れた所まで駆けていると、張繍の命令を受けた騎馬隊が北門に到着した。
「城の外に逃げたぞ!」
「追え‼ 追え‼」
不審に思う張繍軍の兵達であったが、命令に従う為に北門を出た瞬間。
ドドーン‼
その音と共に、北門付近の土地から火が噴き上がった。
轟音と共に土と爆炎が空へと舞い上がり、
門を出た張繍軍の兵馬もそれに巻き込まれた。
爆発により舞い上がった土砂と共に、バラバラとなった人馬の臓物と血肉が雨となって、辺りに降り注いだ。
「ヒヒ~ン‼」
運良く爆発から逃れた張繍軍の兵達もいたが、突然の爆音に乗っていた馬達が怯え、嘶き声を挙げながら暴れだした。
暴れる馬達を何とか大人しくさせる兵達。
中には馬から振り落とされ、踏み殺される兵もいた。
ようやく、馬達が大人しくなり、兵達は北門付近を見た。
火が噴き上がった所は、黒く焦げ大きな穴を開けていた。
バラバラと人馬の血肉が辺りに散乱していた。
「まさか、大地が噴火したというのか……」
「そ、そんな、ばかな……」
張繍軍の兵達は目に映る光景を見て、そう思ってしまった。
何をどうしたら、こんな事が出来るのかは兵達の頭では分からなかった。
だが、この先も似たような事が出来るのではという思いが頭をよぎった。
その恐怖により、張繍軍の兵達は追撃を諦めた。
だが、その頃には城内は火に包まれていた。
張繍軍の兵達はその火に焼かれ全員焼死した。
爆発がした頃。
曹昂軍は城から、少し離れた所まで来ていた。
爆発音が聞こえると同時に、曹昂は馬の足を止めて振り返った。
すると、火柱が上がるのが見えた。
(……火薬の量が多すぎたかな?)
上がる火柱を見た曹昂はそう思った。
「あれは、いったい……」
上がる火柱を見た兵は口を開けて驚いていた。
「我が軍の新兵器だ。詳細は教えてやれないけど」
曹昂は簡単にだが、そう教えた。
火柱を上げたのは、火薬を詰めた炮烙玉を紐で繋いで地面に埋めた『地雷』であった。
使える場所は限定的だが、火薬が製造できた時点で作る事は容易であった。
北門を占領した際、敵の追撃を考えて埋めておいたのだ。
(流石に城に火を放つとは思わなかったけどね。今度作る時は、火薬の量は控えよう)
そう思いながら、曹昂は進軍を再開した。
暫し北上した所で、何処かの軍が集まっているのが見えた。
曹昂は警戒しながら、近付くと『曹』の字が書かれた旗を掲げた一団であった。
それを見て曹昂は味方だと判断し、近付いた。
すると、曹浩が出迎えてくれた。
「おお、子脩。無事だったかっ」
「安民も無事で何よりだ」
曹昂は従弟の無事に喜び、曹浩も同じように喜んだ。
「父上は?」
「ああ、無事に夏候惇殿と合流出来た」
曹浩の報告を聞いて、曹昂は安堵の息を漏らした。
「そう言えば、丕は何処に?」
初陣の弟はどうなのか気になり訊ねた曹昂。
「敵の急襲でバタバタしていたからな。多分本陣に居ると思う」
曹浩が話している途中で、何処からか矢が飛んで来た。
その矢が曹浩の胸に突き刺さった。
「ぐっ」
矢が刺さった曹浩は短い悲鳴を上げた後、落馬した。
ゆっくりと落ちる従弟を曹昂は見る事しか出来なかった。
「安民っ」
曹昂は安民に近付き、生死を確認しようとしたが、喚声が聞こえて来た。
張繍軍の部隊が喚声を挙げて攻撃を仕掛けて来た。
賈詡の命令で曹操軍の陣地を攻撃する為に進軍していたが、丁度『曹』の字の旗を掲げた部隊を見つけたので攻撃を仕掛けた様だ。
その攻撃で放たれた矢が曹浩に当たってしまった。
「っち、迎撃!」
曹昂は従弟の安否の確認よりも、敵の撃退を先にする事にした。
曹昂が率いていた部隊が向かって来る張繍軍に喚声を上げて突撃した。
両軍の兵がぶつかる事で辺りに響き渡る、金属がぶつかる甲高い音。獣の様に吼える喚声。
曹昂軍と張繍軍の兵の数の多さで言えば、曹昂軍の方が多い為、直ぐに張繍軍の兵が押され始めた。これは敵わないと思ったのか、張繍軍の部隊を指揮する部隊長が撤退を命じた。
「逃がすな! 追撃しろ‼」
曹昂が撤退する張繍軍に追撃を命じた。
背を向けて逃げる張繍軍を追い駆ける曹昂軍。
容赦なく得物を振り下ろされ、断たれる命。
張繍軍の兵達は地に倒れて行った。
曹昂が追撃を止める様に命じる頃には、張繍軍の部隊は半数になっていた。
追撃を止め、軍を纏めると同時に、曹昂は倒れた従弟の側に居た。
曹浩を見た兵士は、曹昂を見るなり首を振った。
「安民…………」
従兄の死に曹昂は涙を流した。
(済まない。直ぐに治療すれば助かったかもしれないのに……)
曹昂は心の中で謝った。
「子脩様。兵を送り、この事を殿に報告いたしましょう」
「……ああ、頼む」
兵に言われて、曹昂は伝令を送る事にした。
この時、曹昂は悲しみのあまり伝え忘れた事があった。
曹昂と曹浩は名前の読みが同じなので、曹浩だけ字で呼ばれていた。
その為、曹操達親族は曹浩の事を曹安民と認識していた。
そんな事を知らない兵は曹操の下に着くなり、こう報告した。
そうこうが敵の強襲により討死したと。
その報告を聞いた曹操は膝をついて号泣した。
そして、直ぐに曹昂の葬儀を執り行った。