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試運転します

 曹昂が虎戦車を作ろうと思い立ち出来栄えを見て改良する事にしてから、あっという間に月日が経った。

 八月某日。

 その日、曹操は王允から勅命を伝えられていた。

「では、私は皇甫将軍と合流し冀州に向かえと」

「うむ。冀州を担当していた董卓が戦果が上げられていないので、免職する事になった。後任で皇甫将軍の名が挙がった。孟徳殿もその指揮下に入る様にとの事だ」

「分かりました。直ぐに出立の準備に掛かります」

「御武運を」

 曹操が一礼すると、王允も返礼する。

 曹操が部屋を出て行こうとすると、部屋の前で誰かが声を掛けて来た。

『失礼します。此処に曹孟徳殿はおられますか?』

「いるが、其方は誰だ?」

『失礼しました。私は曹孟徳の親族の夏侯淵と申します。孟徳殿に話があって参りました』

「妙才か?」

 曹操は部屋の外に居る者が親族の夏侯淵だと分かったが、どうして此処に来るのか分からなかった。

 何か急用なのかと思い部屋に通して良いのかどうかの確認の為に王允を見る曹操。

「どうぞ、構わないので通しなされ」

「かたじけない。入って良いぞ」

『失礼します』

 夏侯淵が部屋に入ると、曹操達に一礼する。

「お話し中の所に来て申し訳ありません」

「なに、話はもう済んだので問題無い。ところで、何用か?」

 この部屋は王允が仕事に使っている部屋であるので仕事の報告に来る者以外は来ない。

「はい。王子師殿にも言っておいた方が良いと思い罷り越しました」

「ほぅ、どのような事か」

「孟徳の息子である曹昂が新兵器を開発したのです。これからそのお披露目をするので少々騒がしくなると思い、その事に関して先にお詫びに参りました」

「ほぅ、あやつ。とうとう作ったのか」

 少し前から何か作ろうとしている事は知っていた曹操。

 人伝に聞いた話では、塞門刀車の一種で虎車を改良した物だと聞いていた。

 しかし、曹昂はその出来栄えが気に入らないのか改良すると言い出して、連日職人の所に行って話をしているとも。

 最初に作った試作型の虎戦車(仮)を見た時は、もうこれで充分だろうと曹操は思った。

 張りぼての虎の口から火を吹くという時点で、もう十分な兵器と言っても良かった。

 しかし、曹昂は気に入らない様で作り直していた。

 凝った奴だなと思いつつも、何が出来るのか楽しみにしている曹操。

「孟徳殿の御子息が兵器を作る?」

 夏侯淵の口から出た言葉を聞いて、目を見開きながら王允は曹操を見る。

「孟徳殿の御子息は今年で幾つになられるのか?」

「今年で九つになります」

「は、はぁ⁉」

 若干九歳の子供が兵器を作ると聞いて耳を疑う王允。

「まぁ、驚くのも無理はありません。ですが、この城に設置されている防衛兵器は息子が設計して設置させたのです」

「ほぅ、あの夜叉檑や狼牙拍という物達をですか」

 王允はこの城に初めて来た時、設置されている兵器を見たが、誰が作ったのかは聞いていなかったので、制作者の名前を知って驚きを禁じ得なかった。

「あの様な兵器を作るのですから、どのような物を作るのか見てみたいですな」

 王允はさり気なく自分も同行して良いかと訊ねる。

「ええ、構いませんよ」

 曹操は夏侯淵がこうして訪ねて来て話すという事は、誰に見られても良いと言う事だろうと判断して王允を連れて行く事にした。


 県城を出た曹操達は馬を歩ませながら、道案内の夏侯淵の後を付いていった。

「しかし、御子息は兵器を作る事が出来るとは孟徳殿も鼻が高いですな」

「いえいえ、妻の教育が良いだけです」

 王允の世辞を曹操は謙遜する。

 曹操からしたら、あの頭の中はどうなっているのか不思議に思っていた。

「そうですか。しかし、私はまだ会った事は無いのですが九歳の子供がその様な物を作る事が出来るとは、どのようなお子なのですかな?」

「まぁ、私よりも妻に似た子供としか言えませんよ」

「そうですか。それは会うのは楽しみですな」

 王允は顎髭を撫でながら言う。

 そうして話していると、目的地に着いた。

 其処はだだっ広い平野で障害物になる物など何も無かった。

 その平野の一箇所に曹昂達の姿があった。

 曹昂は足がまだ短いので夏候惇の馬に乗せてもらっている。

 曹操達は曹昂達が居る所に行く。

「お呼び立てして済みません。父上……っと、誰ですか?」

 父である曹操の傍に見慣れない男性が居るので、思わず訊ねる曹昂。

「こちらは豫洲刺史の王子師殿だ。挨拶せよ」

「あっ、これは失礼いたしました」

 曹操の紹介を聞いた曹昂は慌てて非礼を謝る。

 王允は気にしていないのかニコニコと笑いながら手を振る。

「ほう、中々利発そうな子ですな。先が楽しみですな」

「そう言ってもらうと助かります。それで、昂。見せたい物とはどんな物なのだ?」

 曹操は周りを見てもそれらしい物が影も形も無いので訊ねた。

「今見せますから。お願いします」

 曹操の気が逸っているのを見た曹昂は傍に居る太鼓を持っている人に声を掛けた。

 その者達は傍にある太鼓を叩きだした。

 撥が太鼓を叩く度に、激しい音が地面だけではなく大気を震わせる。

 その激しさに鼓膜が破れそうであった。

 馬達は太鼓の音を聞いて落ち着きがなくなっていた。

 太鼓を叩くのが止むと、今度は地面が揺れ出した。

 今度は馬達も嘶き怯えだした。

 馬を宥めながら何事かと身構える曹操達。

 すると、向こう側から数十頭の馬が曳いて動く物体があった。

 どうやら、その物体が揺れを生み出している様であった。

「あれが見せたい物か」

 曹操はその物体達を観察した。

 一つは幾つもの車輪が付いている台車の上に虎の張りぼてが乗っていた。

 よく見ると、その張りぼてには鉄板が張られていた。

 もう一つの方は虎の方とはあまり違いは無かったが、張りぼてが龍になっていた。

 角は鹿。頭は駱駝。耳は牛。眼は兎。胴体は蛇。背中の鱗は魚。爪は鷹という伝承に伝わる龍の張りぼてが台車の上に乗っていた。

「おお、どんな物が出て来るのかと思ったら、まさかこの様な物まで出て来るとは」

 張りぼての虎も龍も細部にまでこだわった作りで、作り物とは言えその作りは本物を十分に連想させる出来栄えであった。

 王允は想像の遥か上を行く物が出て来て驚嘆してしまった。

 その二つの台車が有る程度馬に引っ張られると、馬に乗っていた者達が馬の曳いていた綱を切る。

 そして、その場から離れて行った。

 馬に乗った者達が十分に離れるのを見た曹昂は手で太鼓を叩く様に指示した。

 音の激しさは同じだが、先程と比べると些かリズムが違っていた。

 恐らく、何かの指示を出しているのだろう。

 太鼓が叩かれている中、虎と龍の口から火が吹かれた。

「何とっ⁉」

 王允は驚きの声を上げる。

 作り物が火を吹くのを見て驚きの声を上げるのは当然であった。

 まだ距離はかなりあるのだが、火の熱気は感じた。

「「「ヒヒーン‼」」」

 火の熱気と得体の知れない物の恐怖により、馬が暴れ出した。

 元来、馬は臆病な性質を持つ生き物なのでどれだけ訓練されてもその臆病さが消える事は無い。

 暴れる馬達を曹操達は手綱を操りながら何とか宥める。

「どぅ、どぅ……うむぅ、虎だけではなく龍まで作るとは。曹昂よ。お前が気に入らなかったのは、虎だけでは不足だと思ったからか?」

 天と地を司る神獣たちを模した張りぼてが火を吹いているのを見て壮観な気持ちでそう尋ねる曹操。龍と虎。古来より対なす存在と言われている獣達。

 確かに虎だけよりも龍が一緒に居る事で余計に迫力を増していた。

 これでもしどちらか片方だけであれば、此程の壮観な気持ちも迫力も無かったであろう。

「いえ、違いますよ」

 曹昂は手を振りながら曹操の考えている事が的外れだと言う。

「なにっ? では、何を」

 曹操が訊ねていると、地面の揺れが激しくなった。

 何事だと思い顔を上げると、驚きのあまり言葉を失う曹操。

「なんと…………」

「こ、これは……」

「ま、(まじな)いか⁉」

 曹昂以外の者達は今、自分が見ている物を見てそれしか言えなかった。

 何故なら、先程火を吹いていた龍虎の張りぼてが乗っている台車が突然前進を始めたからである。

 先程まで馬で曳いていた物が自然に動き出したのだ。

 平野なので斜面と言える所は無かった。それなのに動いているのだ。

 皆、驚きを通り越して放心していた。

 ちなみに、地面の揺れはその台車が動いた事により生み出されていた。

「「「ヒヒヒーン‼‼‼」」」

 異様な物体が動き出したのを見て馬がまた暴れ出した。

 曹操達は何とか堪えたが、文官職であった王允は放心状態が抜けず落馬してしまった。

「あったたた、痛い。これは夢ではないようだ……」

 幸い尻から落ちたので大した傷は無かった。

 だが、その痛みで今、自分が目にしている物は夢でも何でもないという事を知った。

 少し進むと、その台車達は方向転換して右へと曲がった。

「良し。ステアリングはちゃんと動作している」

 曹昂は台車がちゃんと曲がったのを見て喜びの声を挙げながら拳を握った。

 聞き慣れない言葉を発した曹昂であったが、曹操達の耳には届かなかった。

 台車が右に曲がった事で台車の後ろ部分を見る事が出来た。

 そして、それを見て衝撃を受けた。

 何と、その台車を押す者が居なかったのだ。

 曹操達も最初は驚きはしたが、直ぐに後ろから誰かが押しているのだろうと思っていたのに誰も居ないので、皆全身に稲妻のようなものが走った。

「「「………………」」」

「良し。もう停止して良いよ」

 曹昂が停止する様に指示すると、太鼓が叩かれた。

 太鼓の音が止むと、台車達は徐々に動きが遅くなり完全に止まった。

「う~ん。やっぱりパワーアシストが無いからあまりスピードが出ないか。後はブレーキをどうやってつけようかな……」

 大体予想通りに出来たので曹昂は喜んでいた。後は改善するだけだなと思いながら呟く。

 どう改善するか考えていると、周りがあまりに静かな事に気付いた曹昂。

「父上? どうしたのです? それに皆さんも」

 先程から誰も一言も話さないので不思議に思う曹昂。

「……息子よ」

「はい」

「お前、何時の間に呪いが使える様になったのだ?」

「はい?」

 何を言っているのこの人みたいな顔をする曹昂。

「あの台車は馬も曳いていない上に人も押していないのにどうして動くのだ? 呪いでなければまず動く事はなかろう」

 衝撃が抜けないのか目を見開かせたまま訊ねる曹操。

 そして、曹昂の肩を掴んで揺さぶりだす。

 曹昂は肩を激しく揺さぶられながら答える。

「べ、別に、何も、変な事はしてませんよ。ただ、台車の中に人が入っていて動かしているだけですから」

「動かす? どうやってっ」

「そこら辺は今、説明するの……うっ」

 曹操があまりに激しく揺らすので気持ち悪くなった曹昂。

 吐き気がこみあげてきたが、何とか堪えた。


 それから少しして、曹昂の吐き気が治まったので、説明を始める。

「口で説明するよりも実物を見た方が良いと思うので、建造途中の物を持って来させます」

 曹昂がそう言うと、太鼓を叩いていた者達に手で合図をした。

 すると、その者達は撥を太鼓の上に置くと近くにある林の中に入って行った。

 少しすると、林から車が出て来た。

 張りぼてが載っていない四輪の車に前後に座る複数の席には人が座っていた。

 その車も押しても曳いても居ないのに動いていた。

 林を出ると、車に乗っていた者達が車を停めて降りた。

 曹操達はその車を見た。

「むぅ、これは何だ?」

「ペダルと言います。足によって操作する機構です」

「これで動かしているのか?」

「はい。このペダルを踏む事で車輪が動くのです」

「先頭の席にあるこの丸い円のような物は?」

「これはステアリングと言って、西域風に言うかじ取り装置です」

「つまりこれは足で踏みだす事で動くと言う事か?」

「はい。このステアリングで移動する方向を選ぶ事が出来ます」

「……まずは乗ってみるか」

 曹操がそう言うと、先頭に乗ろうとしたら。

「待て。孟徳」

 夏候惇が曹操を呼び止めた。

「どうした。夏候惇?」

「お前の息子が作った物とはいえ、安全を考慮すべきだ。先頭など危ないであろう」

「ふむ。しかし、安全だと思うが?」

「いや、お前は官軍の将になったのだ。お前に何かあっては大変な事になる。故にここは、軍に所属していない俺が先頭になるべきだろう」

 夏候惇の言葉を聞いて、曹操は冷めた目で見る。

「お前、先頭に乗りたいだけだろう?」

「むっ、いや、仮にも将軍であるお前の身に危ない目に遭わない様に考えてだな」

「その言い分で言うのであれば、孟徳以外であれば私でも良いと言う事になるな」

 夏侯淵がニヤリと笑いながら話に加わる。

「待て。それを言うのであれば、俺も先頭に乗っても良いと言う事になるな」

 曹洪も人力で動いているのを見て興味が湧いたのか乗りたいと言う。

 何故四人共が先頭に乗りたいのかと言うと、単に初めて見る物という事と自分で移動する先を選ぶ事が出来ると聞いてどんな物か試したかったのだ。

 四人が互いを牽制していると。

「お、おお、これは凄いのう…………」

 王允が感激の声を上げていた。

 曹操達が牽制している間に、先頭の席に乗ってペダルで足を踏んでステアリングで方向を選びながら進んでいた。

 押すでもなく動物に曳かれるでもなく物が動いているので感激するのも道理であった。

 一人で漕いでいるので進ませるのは大変であった様で、ある程度進ませると王允は踏むのを止めて車から降りた。

「いやぁ、まさかこのような物が人の力で動くとは思いもよらなかったぞ」

 王允はそう呟くと曹昂を見る。

「素晴らしい。其方は兵器を作るのに天稟の才があるな」

「ありがとうございます。でも、この車は欠点もありますから」

「欠点? どんな」

「この車は後退が出来ないんですよ」

 自転車を応用して作ったので後退が出来ないという欠点があった。

 後はブレーキが無いという点だが、其処は追々改良して付ければ良いので問題ではあるが欠点ではなかった。

「後退が出来ないか。いや、それを差し引いても十分だと思うが?」

「そう言ってもらえると助かります」

 流石に此処らへんが限界だと思う曹昂は、その言葉だけでも十分だと思う事にした。

「しかし、馬に曳かせるでもなく人が押すのでもなく動くとはな…」

 王允は感心しながら車を見ていた。

 その間も曹操達は誰が先頭の席に座るか話し合っていた。

 結局、皆、交互に乗る事で話が纏まった。

 四人共楽しそうにペダルを漕いでいた。


 翌日。

 朝になるなり、曹操が曹昂の部屋を訪ねて来た。

「息子よ。ちょっとあの兵器を試したくないか?」

「はぁ、確かに試運転だけで実戦で試していないですけど」

「そうかっ。じゃあ、試そうではないかっ」

「はい?」

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