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疑念

 徐州彭城国彭城県。


 其処は徐州を得た呂布が本拠地にしている県であった。

 劉備から徐州を奪った呂布は徐州各地の名士や有力者などを取り込み従えていった。

 時間が掛かってはいるが、徐州の領内にある殆どの土地を支配する事が出来た。

 その城の一室で呂布は軍議を開いていた。

「残るは琅邪国のみか」

 徐州の地図を見た呂布は呟いた。

「はい。太守となった臧覇は我等に従うつもりは無いようです」

「そうか。配下の方はどうだ?」

 臧覇がそうでも部下はそうではないと思い陳宮に寝返らせる様に命じた。

「申し訳ありません。手紙で投降し服従するとの返事を貰ったのですが、臧覇に察知されてしまったようです。その者が守っている城が攻められました」

「その者は死んだのか?」

「はい。郎党も皆降伏するか討ち取られるか逃げるかでした」

 陳宮の報告を聞いた呂布は舌打ちをした。

「こうなれば仕方がない。私が兵を率いて、臧覇を討ち取り琅邪国を手中に治めようぞ」

 呂布がそう言うと家臣達は喜ぶ中で高順だけは渋い顔をしていた。

 長年の付き合いなのか、高順が喜んでいない事が分かったのか呂布は気になって訊ねた。

「高順。何か言いたいのか?」

「……今は戦うよりも、手紙を送り服従させるべきです」

 高順の言葉が気に入らないのか、内心ムッとする呂布。

 顔を引き攣らせながら訊ねる呂布。

「何故、戦うべきではないのだ?」

「負ければ、折角ここまで築いた名声に傷が付きます」

 高順の一言に呂布は我慢していた激情が燃え上がった。

「私が、臧覇如きに負けると言うのかっ!」

 怒鳴り声を挙げる呂布。

 劉備と紀霊との和睦を成功させ、劉備を撃退した事で自信が増した呂布。

 今の自分には負ける事が無いと思い込んでいた。

「…………相手は陶謙、劉備にも従わなかった強者。軽々しく攻めるのは控えた方が」

「陶謙や劉備など所詮は弱者にすぎん。私をあの二人と並べるなど、烏滸がましいわっ」

 呂布は怒鳴っても気分が収まらないのか、高順を睨みつけた。

 今にも切り掛かりそうな雰囲気であった。

 軍議に参加している者達は内心で戦々恐々としていた。

「ふ~、ふ~、……そこまで戦いたくないと言うのであれば、お前は今回の戦に参加しなくてもよいっ」

「……はっ」

 呂布から戦に参加しなくても良いと言われても高順は頭を下げるだけであった。

 その後、呂布はどのぐらいの兵、どれ程の将を連れて行くか話し合った。

 

 十数日後。

 呂布は一万の兵を率いて琅邪郡へ侵攻した。

 高順は留守居役として彭城県に残された。

 残された高順は言われた命令に忠実に従い留守役を担った。

 

 それから数日後。

 呂布軍が莒城県にて臧覇と戦ったが敗退。

 和睦を結び停戦となったという報が高順の下に齎された。

 暫くすると、呂布は敗残兵を纏めて彭城に戻って来たが、帰って来た兵は五千を切っていた。

 城に戻った呂布は出迎えた高順に詫びる事もしなかった。

 諫言を聞かなかった事を呂布の自尊心が認めたくなかったからだ。

 その代わりとばかりに、呂布は陳宮に戦の際の不手際などを責めた。

 陳宮は頭を下げ許しを乞うだけであった。

 怒鳴り散らして気分が晴れた呂布は陳宮に下がる様に命じた。

 この一件で呂布は陳宮の才能に疑念を抱く様になった。

 その疑念に付け込むように、陳珪・陳登父子が言葉巧みに呂布に取り入った。


 臧覇に敗れた事が呂布の自尊心を痛く傷つけたのか、暫くの間、政務は全て陳珪・陳登親子に任せ酒浸りの生活を送っていた。

 陳親子の信任の篤さには、呂布に古くから仕えている家臣達は驚きを隠せなかった。

 これも、臧覇との戦で碌な策を立てなかった陳宮が呂布の信任を失ったからだと、皆が噂し合った。

 話の種にされている陳宮は何とも思っていない顔をしていたが、内心では不満が渦巻いていた。


 数日後。


 まだ、酒浸りであった呂布の下に一通の書状が届けられた。

 送り主は曹豹であった。

 手紙の内容は、宴を開くので出席するかどうかの確認であった。

 城の中で酒を飲むことに飽きたのか、宴に行く事を決めた呂布。

 それを陳珪と陳登の二人は止めた。

「将軍はこの徐州を手に入れたばかりです。何処に刺客が潜んでいるか分かりません。暫く遠出は控えた方が」

「父上の言う通りです。袁術も軍備を拡大していると密偵から報告が来ております」

 陳親子が行くなと言うので、呂布もどうしたものかと考えた。

 其処に陳宮が口を挟んだ。

「偶には城を出て、気分転換をするのも良いと思います。なに、袁術が兵を集めたとしても、直ぐに攻め込んで来る事はありません」

 陳宮が自信ありげに断言した。

 それを聞いた呂布は陳宮の言葉に従い、護衛を連れて曹豹が居る下邳県へと向かった。


 彭城を出てから数日。

 明日には下邳県に着くという所まで来た呂布一行。

 天気も良いので、呂布は敗戦で沈んでいた気持ちが明るくなっていくのを感じていた。

 良い気分であったが、其処に近くの茂みから矢が放たれた。

 呂布を狙ったのかどうか分からないが、放たれた矢は呂布ではなく側に居る護衛の胸を貫いた。

 矢が当たった護衛は短い悲鳴を上げながら落馬していった。

「敵襲っ⁈」

 同僚が倒れたのを見た護衛は声を上げて、護衛達は得物を抜く。

 呂布も剣を抜いた。

 すると、隠れていた者達が喚声を挙げた。

「呂布の首を取れっ!」

「呂布を討ち取れば、恩賞は思いのままだっ‼」

 茂みに隠れていた者達は覆面で顔を隠しているが、用意していたのか、槍や弓矢等で武装していた。

「刺客かっ⁉」

「将軍。此処はお逃げをっ!」

 護衛の一人がそう言うのも仕方が無かった。何せ、刺客の数は呂布が連れて来た護衛よりも多かったからだ。

「止むを得ん。逃げるぞっ‼」

 呂布もその忠言に従い、戦わず逃げる事を決めた。

 逃げる呂布に、護衛達もその後に続いた。

「逃がすなっ!!」

 刺客の一人が声を上げると、予め用意していたのか、馬に跨り呂布達を追い駆けた。

 名馬赤兎に乗る呂布を刺客達は猛然と追いかけて行った。

 

 下邳国良成県近くにある野営地。

 其処には高順が新兵の調練を行う為に駐屯していた。

 新兵の調練を黙って見ている高順。

「申し上げますっ!」

 其処に見張りの兵が駆け込んで来た。

 高順は訊ねないで、駆け込んで来た兵に目を向けるだけであった。

 その鋭い視線に兵士は言葉を詰まらせた。

「何事だっ。早く話さぬかっ」

 高順の側近が怒鳴ると、兵士は慌てて報告した。

「申し上げます。所属不明の騎馬の一団がこちらに近付いておりますっ!」

「何だとっ。如何なさいますか。殿」

 側近が訊ねると、高順は目を瞑り少し考えた。

「……迎撃」

「はっ。調練中止っ。これより、所属不明の一団を迎撃するっ! 新兵は下がっていろっ!」

 側近の号令に従い、兵達は直ぐに行動を開始した。

 高順が率いて来た兵達は柵の側に立ち、矢を番え所属不明の騎馬の一団に備えた。 

 遠くに居た騎馬の一団は徐々に野営地に近付いて来た。

 距離が縮まる分、兵達の緊張は増していった。

 やがて、顔が見える距離まで近付くと、その所属不明の騎馬の一団がどんな集団なのか分かった。

 呂布と護衛の一団であった。

 着飾った服は砂塵に塗れ、髪を纏めている留め具も外れてざんばらとなっていた。

「門を開けよ。私は呂奉先だっ」

 柵の門の前で叫ぶ呂布。

 その声を聞いた高順は直ぐに門を開けて、呂布達を中に入れた。

「殿。どうしたのです?」

「……刺客に襲撃された。命からがら逃げ出して来たのだっ」

 息を整えた呂布は自分の身に起きた事を話した。

 それを聞いた高順達は衝撃を受けた。 

 だが、呂布と共に行動していた護衛達の身体の何処かに矢が刺さってた。

「後はお任せを」

 高順はそう言って、側近に合図を送った。

 側近が馬を連れて来ると、高順は馬に跨ると兵を五百ほど連れて、陣営の外に出た。

 高順が兵を引き連れて進むと、前方から騎馬の一団が見えた。

 旗も持たず、覆面だけした一団なので、直ぐに呂布を襲った刺客達だと察した高順。

 だが、不思議な事にその一団同士が争っていたのだ。

「射よ」

 不思議な光景だが、敵であると判じた高順は号令を出した。その号令に従い兵達は矢を番えて一斉に放った。

 放たれた矢は弧を描きながら、刺客の一団に突き刺さった。

「突撃っ」

「「「おおおおおおぉぉぉぉぉ‼」」」

 高順の命令に従い、兵達は覆面の一団に突撃した。

 矢の一斉射で負傷者を多数出しているところに突撃を喰らい、集団として瓦解する覆面の一団。

 

 少しすると、高順は連れて来た兵と縄で縛られた覆面の一団を連れて野営地に戻って来た。

 高順が連れて来た兵達は負傷者を出したが、皆軽傷であった。

 高順が跨ってる馬の鞍には男性の首が括りつけられていた。

 野営地に残っていた兵達は高順達が戻って来た事に歓声を上げた。

「おお、高順。よく無事に戻って来た」

「はっ」

 呂布も笑顔で出迎えると、高順は馬から降りると、その場で跪いた。

「無事に戻って来て何よりだ。それで、私を襲った者は誰なのか分かったか?」

「……この者です」

 呂布の問い掛けに高順は鞍に括り付けている首を手に取り見せた。

「なっ、こいつは郝萌ではないかっ⁉」

 呂布は自分を襲ったのが重臣である郝萌だという事に愕然とする。

「これは一体、どういう事だっ‼」

「それについては、この者に」

 呂布は郝萌がどうして自分を襲ったのか訊ねた。

 高順が手で合図すると、部下が捕縛した覆面の一団の一人を連れて来た。

 その者は覆面を剥がされ顔を晒した。

「うん? お前は曹性ではないか⁉」

 捕縛されている者も重臣の曹性だという事に、呂布は言葉を無くしていた。

「どういう事か話せ。さもなくば」

 呂布は柄に手を掛けながら訊ねた。

 言わねば斬ると言っている様であった。

「は、はい」

 曹性も死にたくないのか、自分が知っている事を話した。

 郝萌とは日頃から親しくしていた縁で、郝萌が呂布に対して反乱を起こそうとしている事を話してきた。

 近々、偽手紙で呼び出して暗殺するつもりだとも教えてくれた。

 それを聞いた曹性は止めたが、聞き入れてくれなかった。

 なので、いよいよの時が来たら、実力行使で止めるつもりで付いて行く事にした。

 予想通り計画は失敗に終わったので、曹性は郝萌に刃を向けた。

 そうして、戦っている時に高順が来て協力して郝萌を討ったと告げた。

 話を聞いた呂布は驚いたが、郝萌がどうしてそんな大それた事をしでかす気になったのか訊ねる。

「袁術から、呂布を討てば重く用いてくれると聞きました。それと、陳宮も計画に加わってくれるのでまず失敗しないと」

「なにっ、陳宮だと⁉」

 呂布はその名前を訊くなり、顔を怒りで赤くした。

「おのれ、陳宮。あれだけ重く用いているというのに‼」

 呂布は曹性の忠義を称えて、今回の暗殺に参加していない郝萌の部隊の指揮権を委ねる事にした。

 そして、呂布は高順と曹性と共に彭城に帰還した。

 すぐさま陳宮を呼び出して、郝萌と組んで自分の暗殺を計画していただろうと尋ねた。

 陳宮はそれを聞いた瞬間、そんな事はしていないと言うが、共に戻って来た曹性が死んだ郝萌より袁術から手紙が届けられたと聞いていると言うと、陳宮は顔を赤くするだけであった。

 陳宮の下に袁術から手紙は届いたのは確かだが、陳宮はその手紙を読むなり直ぐに破り捨てた。

 袁術に寝返るつもりが無かったからだ。

 だが、この場で手紙が届いていないという事を告げても信じて貰えない。

 手紙を見せたくても破り捨ててしまったので見せる事も出来なかった。

 なので、陳宮は沈黙するしかなかった。

 呂布は陳宮のその反応を見て対応に困っていた。

 これで、手紙を受け取っていないとシラを切れば裏切り者と断じる事が出来た。

 手紙を見せてくれれば、袁術に寝返ってもおらず、郝萌と組んでもいないという証拠になった。

 その、どちらもしないので、呂布は対応に困っていた。

 其処に陳珪と陳登が呂布に告げた。

「袁術の手紙が無いのでは、本当に手紙が届いたかどうか分かりません。郝萌が嘘をついたのかも知れません」

「息子の言う通りです。陳宮殿は将軍に従い、今日まで支えてくれた御方。証拠も無いのに処刑などすれば、敵を喜ばせるだけです」

 二人にそう言われ、呂布はその通りだと思い、陳宮を不問にする事にした。

 この一件で呂布は陳親子を益々信頼する様になった。

 そして、この一件で高順は陳宮の事を疑うようになった。

 陳宮もまたこの件により、高順が自分を貶めるつもりで、曹性と組んで謀ったのではと思い込みだした。

 両者はこの件で修復不可能な程の不仲となるのであった。

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