表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

315/1009

教えを乞う

 数日後。


 宴が執り行われた。

 上座に座る曹操は上機嫌に酒を飲みながら、踊っている妓女達に目を奪われていた。

 上座から少し下がった席に座っている曹昂は、そんな曹操を見て、手を出す女性を物色しているのか?と思い溜め息を吐いた。

(言っても無駄だから言わない方が良いな。それよりも)

 曹昂は宴に招かれた出席者を見た。

 献帝を招いた宴とは違い、今回の宴はあくまでも自分の司空府を開いた記念という事でか、袁紹を始めとした有力者達が派遣した使者は誰も参加しなかった。

 その代わりとばかりに、各地から名士富豪と言った者達が集められていた。

 その中の人達に見栄えしない老人を見つけた。

 年齢までは分からないが、髪も顎髭も口髭も総白髪だが、何故か顔が艶々していた。

 座る席は決まっているので、何処に誰が座っているのか曹昂には分かっていた。

(あれが左慈元放か。う~ん。何か方士と言うよりも、着飾ったお爺ちゃんにしか見えないな)

 左慈を一目見た曹昂は失礼だがそう思ってしまった。

 方士と言うので、てっきり全身からよく分からない気の様な物を出していると思っていた。

 だが、今曹昂の目に映っているのは、着飾った衣装を纏った老人にしか見えなかった。

(う~ん。仙術を見る事が出来ると思っていたけど、無理かな?)

 そう思っていると、曹操が盃を置いた。

「皆の者。宴に参加してくれた事に感謝するぞ。非才の身で、司空という官職に就く事が出来たのは、これも天子様のお蔭である。皆もこれから漢王朝に忠誠を尽くしてくれる事を、この曹操、平にお願いする」

 そう言った後、曹操は軽く頭を下げた。

「「「曹司空様のお言葉に従います」」」

 宴に参加している者達が頭を下げて答えた。

(ふっ、忠義者として振る舞う事で、自分の権力を増す心算だな。流石は父上)

 口上一つで其処まで考えている父の深慮には曹昂も脱帽であった。

「今日の宴は山海珍味を取り揃えたが、松江鱸魚があればな」

 曹操は残念そうに呟いた。

 この松江鱸魚と言うのは、長江が東シナ海に入る前の最後の大きな支流である黄浦江、其処にある松陵江で獲れる鱸の一種の事だ。

 この時代では高級食材として知られていた。

 曹昂は今回の宴を手伝っていなかったが、手配できなかったとは聞いていた。

 曹操は残念そうに呟いたが、そこで宴に参加している左慈が声を上げた。

「私にお任せを。直ぐに用意してご覧に入れましょう」

 その声を聞いて、宴に参加している者達はざわつきだした。

「……お主、何者だ?」

「揚州廬江郡にて方士の左慈元放と申します」

「歳は?」

「途中から数えるのを止めましたが、かれこれ三百歳になりますな」

「三百っ。それは凄いなっ」

 左慈の年齢を聞いた曹操は面白そうに笑った。

「良し、左慈とやら、生きた松江鱸魚を持ってくるのであれば、褒美をくれてやろう」

「ははぁ、では、直ぐに準備を致します」

 そう言って左慈は一礼し席を離れ、立っている侍女に声を掛けて共に部屋を出て行った。

 左慈が出て行くと、曹昂が曹操に訊ねた。

「父上。あの者の言葉、どう思いますか?」

「ふっ、面白いであろう。本当かどうか。本当であれば褒美を与えれば良い。嘘であれば、嘘を付いた罪で処罰すれば良いだけの事だ。要は見世物になれば良いのだ」

 曹操からしたら宴の席の見世物になると思い、左慈に好きにさせた様であった。

「では、先程の年齢はどう思いましたか?」

「お前は信じたのか? やれやれ、我が息子は素直過ぎるな」

 曹昂がそう訊ねて来ると、曹操は首を振った。

「好き勝手に言っているだけであろう。ああいう口先で人を騙す者達が迷信を煽り立てて民衆を惑わすのだ。よく覚えておくが良い」

 自分もその口で危機を乗り越えた事もあっただろうにと思うが、口には出さない曹昂。

 言えば怒るのが目に見えていたからだ。

「お待たせしました」

 曹昂と曹操が話している間に、左慈は竹竿を持って戻って来た。

 一緒に出た侍女が底が深い銅で出来た鼎を戻って来た。

 侍女が鼎を置くと、既に鼎の中には水が注がれていた。

「では、ご覧あれ」

 左慈はそう言って、餌を付けた釣り針を鼎の中に入れた。

 少しして左慈が竿を上げると、針には鱸が掛かっていた。

 勢いよく竿を上げた事で、鱸は針が抜けて床に落ちた。大きさは三尺(約九十センチ)ほどあった。

 生きている証拠とばかりに、元気良く跳ね上がり、水飛沫を飛ばしていた。

「「「おおおおおおおっっっ」」」

 生きている鱸を見て皆は驚きの声を上げた。

「はははは、これは凄いではないか」

 曹操は面白い物が見れたのか、上機嫌で手を叩いて笑っていた。

「中々の大きさの様だが、一つでは此処に居る者達に分けるのは足りぬな。もう一匹釣れるか?」

「お任せを」

 左慈の返事を聞いて、また部屋を出て何処からか運んでくるのかと思ったが、左慈は竿を床に置き鼎に手を翳して何度か手を上下に振った。

 それが終わると、左慈は竹竿の釣り針に餌を付けて鼎に入れた。

 先程と同じく、少しして左慈が竿を上げると針に鱸が掛かっていた。

 左慈は鱸の口から針を取ろうと掴むと、鱸は暴れ出した。

 皆は言葉を失っていた。

 どうやって、鼎から鱸を釣り上げたのか分からなかったからだ。

 曹昂もどういう原理だ?と首を傾げながら見ていた。 

「うむ。見事だ‼」

 曹操は左慈が鱸を釣り上げたのを見て大いに喜んだが、直ぐに残念そうな顔をした。

「ああ、此処に蜀の生姜があればな。これだけ素晴らしい鱸であれば、葱と生姜と一緒に蒸せば、さぞかし美味かろうに」

 曹操が残念そうに呟いた。

「承知しました。暫しお待ちを」

 左慈はそう言って一礼し立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

 片足が不自由なのか、歩くのが遅かった。

 それを見た曹操は面白い事を思いついたという顔をした。

「ああ、ついでに蜀の錦を買いに行かせた者に、あと二反を買い足すように伝えておいてくれ」

「承知しました」

 曹操の命令を左慈はすんなりと聞いた。

 それを聞いた宴の参加者が驚いた。

 許昌からどうやって蜀の生姜を手に入れるのかも分からない上に、錦を買いに行かせた者をどうやって見つけるのか分からなかったからだ。

 曹操は出任せを言っているなと思いつつも、左慈を行かせた。

 戻って来て、生姜を持っていなかったら処罰しようと思いながら酒を飲んでいると、左慈の手には出て行く時に持っていなかった袋が握られていた。

「お待たせいたしました。ご要望の生姜にございます」

 左慈はそう言って袋の口を開けて、中に手を入れる。

 そして、袋から出て来た手には生姜があった。

 宴の参加者達はざわめいた。

「…………はははは、どんな方法か分からぬが凄いな」

 曹操は単に感嘆の声を上げていた。

 そして、左慈が持って来た? 鱸と生姜は葱と共に蒸され、皆に配られ食べられた。

 曹操は左慈に興味を持ったのか「好きなだけ食べても良いぞ」と言った。

 すると、左慈は酒を五斗(約十リットル)ほど飲み、羊を丸々一頭食べても、足りないのか食べ続けていた。

 その食べっぷりを見た曹昂は大食い選手権に出れるのでは?と思っていた。

 余談だが、後日。錦を買いに行かせた者が許昌へ戻って来た。

「左慈という司空様の使いの者が来て、錦をあと二反を買い足すよう言われたので買い足しました」

 と証言したのを聞いた曹操は自分で頼んでおきながら摩訶不思議だなと思った。


 宴が終わった後、曹昂は左慈を屋敷に招いた。

「先生の術は素晴らしいですね。他にも、何かあるのですか?」

「ほほほ、特に大した事は出来ませぬ。人に教えられる事など、とてもとても」

 酒を飲みながら曹昂が訊ねると、左慈は手を振った。

「其処を何とかお願いしますっ」

 曹昂は頭を下げて頼み込んだ。

「儂はまだ修業中の身ですので……」

 左慈は理由を付けて教える事を断ろうとしたが、曹昂は必至に頼み込んだ。

 方術というのはどんな術なのか知りたいと言う気持ちであった曹昂。

 宴の時に見せた鱸にしても、どうやったのか知りたかった。

 曹昂の熱意に負けたのか、左慈は自分が知っている術を少しだけ教えるという約束してくれた。

 それを聞いた曹昂は左慈を食客に迎える事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ