曹昂の提案
曹操は劉備の件をどうするか悩んでいたが、答えが出なかった。
(荀彧の言う通り、後顧の憂いを取り除くか。それとも、恩を売り配下に組み入れるか。それとも、用いるだけ用いて、要らなくなれば殺すか)
曹操はどうすべきか考えていると、部屋の外に居る兵が入って来た。
「申し上げます。曹昂様が参りました」
「曹昂が。良し、通せ」
頭が切れる愛息子が来たので、ついでに相談しようと思い部屋に入れる事にした曹操。
兵が下がると、程なく曹昂が部屋に入って来た。
「父上、参りました」
「良く来た。丁度相談したい事が出来たのでな、話を聞いてくれるか」
曹操がそう訊ねると、曹昂はその前にとばかりに懐に入れていた紙を取り出した。
「その前に、劉備が呂布から攻撃を受けた詳しい経緯が書かれております」
曹昂はそう言って、曹操に手紙を渡した。
渡された手紙を広げ中身を読む曹操。
「…………ほっ、張飛にも困ったものだな」
手紙を読み終えた曹操は苦笑いしていた。
「まぁ、土地を奪った者の下につくのは、大抵の人は嫌になるでしょうね」
そこで我慢できないのが張飛の張飛らしいところだなと思う曹昂。
「確かにその通りだろう。まぁ、私は同じ立場になったら、行動を起こす時まで従うがな」
「父上ならそう答えると思いました」
父親の性格から、そう答えるだろうなと思っていた曹昂。
「それでだ。お前は、この劉備の件はどうしたら良いと思う?」
曹操がそう訊ねて来たので、曹昂は自分の考えを答えた。
「ふむ、和睦をさせるか」
話を聞き終えた曹操は感心していた。
自分の頭では思いつかない方法であったからだ。
「都造りはもう少し掛かります。ですので、今は呂布を刺激するよりも和睦させるのが良いと思います」
「劉備は私を頼っている時点で、私の言う事に逆らえん。呂布も徐州を治める為に州牧の地位が欲しい。ふふふ、この和睦で私の名を上げる事が出来るな」
「その通りにございます。父上」
曹昂は曹操の推察に頭を下げた。
「ふむ。だが、もし呂布が己の武勇を頼みにして、袁紹辺りと同盟を結んで、和睦の話を蹴るかもしれんぞ。その時はどうするのだ?」
曹操の疑問に、曹昂はその答えを待っていた様に笑みを浮かべた。
「当然、そういう事も考えられますね。そういう場合も既に考えております」
「ほぅっ、どんな手を使うのだ」
曹操はどんな策なのか興味が湧いたのか訊ねた。
「呂布がこの話を蹴った場合は、その時は琅邪国の臧覇殿と寿春の義父の袁術に、共に徐州を攻めようと話を持ち掛けるのです」
「なにっ⁉」
曹操は思いの外、大きな話に声を上げて驚いていた。
「徐州を得る為に、袁術にも声を掛けるのか?」
曹操の中では臧覇に声を掛けるのは分かるが、袁術にまで声を掛けるとは思わなかった様だ。
「もし、声を掛けなれば、呂布と手を結んで僕達の敵に回る事が考えられます」
「……袁術であれば考えられるな」
長年の友人である袁術の性格を知っている曹操は、曹昂の可能性の話を聞いて有り得るなと思った。
「ふむ。であれば、袁術に声を掛けるのは分かる。勝利した暁には郡の一つをやると言えば良いだろう。だが、我等がその徐州を攻め込む名分は何だ?」
「劉備は朝廷が任じた正当な徐州州牧です。その州牧の地位を朝廷に相談なく奪った呂布を討ち、劉備を州牧に復帰させるという名分はどうでしょうか?」
「ふ~む。名分としては使えなくはないな」
曹昂の案に、曹操は内心、名分としては弱いかも知れないなと思いながら答えた。
「その後、呂布を討ち、劉備を州牧に就かせるのです」
「……其処は本当に就かせるのか?」
曹操がそう訊ねたのは、劉備を州牧にしても、実際は自分が治めるという事にしたいという気持ちがあるからだ。
「義父に一郡与えますので、義父は其処を足掛かりに攻め込んで来ると思います。なので、劉備と戦わせて共倒れを狙うのが良いとお思います」
「う~む。確かにな」
曹昂の推察に曹操もそれが良いかと思った。
「こちらは徐州を得ず、兵を出した見返りに、毎年兵糧十万石を提供させましょう。それの方が旨みが多いです」
「そうだな。そっちの方が良いな」
毎年兵糧を十万石提供して貰った方が良いと思う曹操。
「まぁ、今までの話はあくまでも、呂布がこの話を断った場合の前提ですけどね」
「そうだな。呂布がこの話を断らぬかも知れんな」
曹操は話が膨らんだが、まだ呂布は話を断らないかもしれないと思った。
向こうには陳宮が居るので、今の話に出た事も予想するかもしれないと思う曹操。
「ちなみに、劉備が和睦の話を断ったらどうする?」
曹操がそう訊ねて来たので、曹昂は無言で首を斬る仕草をした。
それを見た曹操は頷いた。
「それも悪くないな」
曹操がそう呟くと、曹昂に下がるように手で指示した。
曹昂は一礼し部屋を出て行った。
翌日。
曹操は許昌へ劉備を招いた。